伊達靖宗

伊達靖宗公記

現代の武士のあるべき道

2007年05月22日 | 殺意
植園貴光という名の殺すべき極悪人は、、特急電車サンダーバード内で見知らぬ女性に目をつけ、「逃げると殺す」「ストーカーして一生付きまとってやる」と脅し列車内のトイレに連れ込み乱暴し、逮捕された。この時、車内に居た乗客達の中には、不審な行動に気付いた者も居たが、『何見とんじゃ!』と威嚇され、引き下がってしまった様だ。

このような状態に出くわした時の為にも、常日頃からの鍛錬が必要である。問題を見て見ぬ振りは恐れの現れであり、臆病者の農民でしかないのだ。農民ならば集団主義の力を生かし一人の死すべき極悪人に立ち向かう事が重要であり、集団主義の基本のコミュニケーション能力が欠けている様に思われた。その様な農民になる事は負け犬の道、名を残す誇り高き侍にあってはならぬ事である。この場こそまさに名を残す戦の時である。鍛錬を積み重ね作り上げた戦う体を持ち、敵を確実にしとめる訓練を行う事で、今回の極悪人を天に代わって裁く事が出来たのである。極悪人は威嚇という手段で己の力を誇示するが強き者には威嚇など無用である。特に悪人であり、俺は何をするか分からないぞという脅しには、戦で己を力を示す事の出来ない落ち武者以下であると言っている様なものである。今回の様な人間にはその場で即攻撃程有効な手段はないのである。強烈な一撃を極悪人に対して放ち、致命傷を負わせた瞬間、その悪人の面の中に隠れた貧弱な臆病者という正体を表すであろう。【怒】【儀】【信】【殺】を持ち合わせ、被害者を助けるのではなく、悪を叩き潰す信念を持ち極悪人に死という名の印籠を突きつける事が本来あるべき男の生き方である。
出所後、犯人を発見したならば、その印籠を渡す男が居たならば、その男は本物の虎である。