今日4月19日は、嵐先生の命日です。
あれから1年が経ちました。
今日、嵐先生の著作が掲載されメディカ出版さんから頂いた『呼吸器ケア』3月号とその原稿料を墓前に供えてきました。
御両親にも喜んでいただけました。
ただ御両親のことを思うと、言葉がありません。
本来であればこんな形でなく、研修を終えて「こんな立派な医者になりましたよ!」と自慢したかったです。
自分にとっては、とても長い1年間でした。
当院で研修を受けて良かったのか?
きちんと教育できていたのか?
自分はいい指導医だったのか?
常に自問自答の日々でした。
1年経てば変わるかと思っていましたが、何も変わっていません。
嵐先生は、人より何倍も苦労して医者になりました。
もっともっと医者のすばらしさを味わわせてあげたかった。
1年前にこのブログで書いた思いも、何一つ変わっていません。
嵐先生の墓標にはこう刻まれています。
「ありがとう」
あれから1年が経ちました。
今日、嵐先生の著作が掲載されメディカ出版さんから頂いた『呼吸器ケア』3月号とその原稿料を墓前に供えてきました。
御両親にも喜んでいただけました。
ただ御両親のことを思うと、言葉がありません。
本来であればこんな形でなく、研修を終えて「こんな立派な医者になりましたよ!」と自慢したかったです。
自分にとっては、とても長い1年間でした。
当院で研修を受けて良かったのか?
きちんと教育できていたのか?
自分はいい指導医だったのか?
常に自問自答の日々でした。
1年経てば変わるかと思っていましたが、何も変わっていません。
嵐先生は、人より何倍も苦労して医者になりました。
もっともっと医者のすばらしさを味わわせてあげたかった。
1年前にこのブログで書いた思いも、何一つ変わっていません。
嵐先生の墓標にはこう刻まれています。
「ありがとう」
先生は沢山の医学書を購入して、熱心に勉強に励んでいたんですね。緩和医療を目指していたのですか?若いのに素晴らしい選択だと思いました。昨年、嵐先生とは病院ですれ違っていたかもしれませんね。
嵐先生は、良い指導医や先輩後輩医師達、看護師達に囲まれて幸せだったのではないでしょうか?
人はいつか必ず死ぬけど、いつかは分かりません。神様だけが、人の寿命を知っていると思います。それまで精一杯生きるしかないと最近思い始めました。
嵐先生は、あの世で困っている沢山の人達を助けているかもしれません。
私も嵐先生に”有難う”と言いたいです。
嵐先生に聞くことは叶いません。
でも嵐先生を慕っている病院スタッフや患者さん,後輩が大勢いることに間違いはありません。
嵐先生の御両親の想いでもある『ありがとう』に甘えさせていただいて、これからも頑張っていきたいと思います。