拙作集

自作の物語をアップしました。つたない話ですが、よろしくお付き合い下さい。ご感想などいただければ幸いです。

ずっと一緒に(1)

2009年08月11日 23時27分37秒 | Weblog
食卓には白いプレート皿が並び、スクランブルエッグやトーストがのっていた。まだ朝早い時間なのに、南向きの部屋には新緑を目覚めさせる四月の陽光が差し込んでいた。君は松葉杖を脇にはさんで食卓の横に立ち、紙パックのジュースを僕のグラスに注いだ。
「これ、新しい野菜ジュース。割とおいしいから飲んでみて。しばらくお弁当は作れないので。外食すると野菜摂れないでしょ」
「いよいよ今日から仕事なんだね。ずいぶん休んでた気がするけど」
「新鮮な緊張感ね。こういうのも悪くない気がする」

 夕べ、君がなかなか寝付けずに繰返し寝返りをうっていたのに気付いてはいたが、そのことには触れなかった。久しぶりの職場への復帰を前に、それなりのプライドは尊重しないといけないと思ったからだ。先に一人で朝食を済ませていた君は、そのまま出かけるための身支度に入ろうとしていた。
「じゃあ、食べ終わったら食器はお願いね。あと、出る時は戸締りを忘れないで」
「優理」
「何?」
「装具はしていくの?」
 あの事故の後、リハビリでは両足を支える補助具を使っていた。足の麻痺のために痛みを感じにくいことが、かえって君のリハビリを難しくした。家の中では、以前と同じように動けるまでに回復してはいたが、外に出るとまだ不安があった。余計な視線を集めてしまうものの、金属の支柱で支える装具を付ければ歩行は安定する。君は笑顔を浮かべて言った。
「右だけね。でも心配しないで。大丈夫だから。職場の人も様子はわかってくれてるし」
 君は膝下までの白いスカートをはき、黄色のクルーネックに同系色のカーディガンを羽織っていた。右足に装具をすれば、すぐ出勤となるに違いない。僕は君の顔を見つめた。凛とした目元が意思の強さを感じさせていた。
 復帰に向けて、君は実際に勤務先の図書館まで通うシュミレーションを行なっていたし、職場の人とも会って話していた。その時、僕が気がかりだったのは、ちょっと違うことだった。
「いや、心配はしてないよ、物理的なことは。それに何かあった時は連絡してくれれば、すぐ駆けつけるし。線路に飛び降りるのだけは、もう止めてほしいけど」
 きわどい軽口だったが、君の顔にかすかな微笑みがよぎったのを見て僕は安心した。でも、やはり無粋な指摘はしないといけないようだ。
「あのね、『よし、行くぞ』って力が入ってるところに申し訳ないんだけど」
「だから何?もう行かなきゃ。早く言って」
「まずね、カーディガンが裏表反対だよ。首の後ろにロゴのラベルが見えてる」
 え、ホント?と言って、君は首を回して襟元を覗き込み、さらに袖口やボタンを確認して、ようやく間の抜けた服装に気付いた。
「それにね、優理。時間、勘違いしてない?」
「え?だって、ゆうちゃんも起きてきてたし」
「夕べ言っただろ。今日は遠くの得意先に直行するから早く出るけど、起きなくていいよって。いくら余裕をもって出かけるにしても、早過ぎるだろ?」
 君はアナログ時計で時刻を確認すると、眉をハの字にしてバツの悪そうな顔をした。普段、頭が上がらないので、たまにはこういう圧勝もいいかもしれない。でも、だからこそフォローが欠かせないのだ。
「まあまあ、そんな顔しないで。まだ時間があるから、コーヒー淹れるよ。それを飲んで落ち着いてから出かけよう」
 差し出した僕の手に、いつものように松葉杖を渡して、君は向かい合う位置に座った。ちょっと照れた笑顔が、朝の光の中で輝いて見えた。

 その日の夕方、家に戻ると、君は食卓で頬杖をついていた。
「あ、おかえり」
「ただいま。仕事、どうだった?疲れなかった?」
「うん、大丈夫。ねえ、ゆうちゃん、大したことじゃないんだけど…」
 一瞬、僕の中に緊張が走った。今まで何度、この言葉を真に受けて聞き流し、その度、「なんであんな大事なことを」と責められたかわからない。さすがの僕も学習していたので、気を引き締めて食卓に座った。


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