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続・尼崎列車事故報道について

2005-05-03 09:59:58 | 社会・経済
まずはお亡くなりになった107名の方のご冥福をお祈りいたします。
そして、お怪我をされた方々の回復と精神面での立ち直り(こちらの方が後々響いてくるでしょうね)を心からお祈りする次第です。

さて、すっかり報道で悪者にされているJR西日本ですが、極端な偏向報道に感じてしまうのは私だけでしょうか。
実際に事故まで起こした高見運転士まで被害者扱いにされることには疑問を感じます。
今、最重要問題視されている「日勤教育」に関してなのですが、ミスした人間に再教育を施すことは当たり前なのではないでしょうか。それこそ人の命を預かる仕事なので、多少厳しくなることは当然だと思うのですよ。しかも、限られた報道の中では「日勤教育」が悪のようにされていて全てが全て悪いと言う論調です。
本当に「いじめ」があったとしましょう。しかし、それがずーっといじめだったのか、と言うと決してそんなことはないと思うのですよ。どうも重箱の隅を穿り返して、いじめ的な部分しか取り上げていない気がします。再教育に有益な部分をあえて切り離しているように感じるのです。
そりゃ、誰でも罰はイヤでしょう。喜んで刑務所入る人間なんていない。深く反省して二度と受けたくないと思うものこそ罰であるはずです。「ミスしても罰受けりゃそれで済むや」なんて思うことこそ問題だと思うのですよ。

「安全より利益を追求」とJR西日本も糾弾されていますけど、資本主義の世の中で利益追求は当たり前じゃないか。だからと言って安全を無視したわけではない。運転士の行動はJR西日本の想定外だったというだけのことです。実際に阪急よりJRの方に利用客が多かったのも、それが乗車客にとって便利だったからでしょう。JR西日本を攻撃することは、突き詰めると共産主義が理想と言っているようなものに感じるのです。

「1分30秒くらいで・・・」と言う言葉もよく聞きますけど、実際の世の中はどうか?テレビ番組は開始からコーナー取り、CMの時間まで秒単位で区切られていますし、タイムカードだって1秒遅れれば時給は出ません。そんな世の中でこんな言葉が出ても説得力がないのですよね。実際に電車の時間が遅れまくりだと腹がたちませんか?

JR西日本の行動や言動にも疑問を感じるところはあるのですけど、遺族がお葬式に訪れたJRの幹部を怒鳴りつける映像をエンドレスで何度も見させられていると、報道による人心操作なんて簡単に出来てしまうように思いますね。


尼崎列車事故報道について

2005-04-26 10:40:49 | 社会・経済
昨日、尼崎で発生した列車脱線事故。現時点で死者が70名を超えた未曾有の大惨事となっております。
私の実家は兵庫県の西宮市にあり、さすがに実家の両親や地元の親しい方々の安否が確認できるまでは不安な一日を過ごしておりました。今回の事故に遭われた方とそのご家族の心中は察するに余りあります。お亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

一日中、報道を見ていて思ったのですが、事故の原因究明なんて言うものは後からでいいのですよ。もしかしたら、知り合いが事故に関わっている可能性がある身としてみれば、一刻も早く被害者の姓名を確認したかったのです。もっとも、性別さえわからない死体が出てくるほどですから、身元確認も侭ならなかった事情もわかりますが、暢気にセットなんか組んでダラダラと論証している番組に多少の怒りも覚えました。事故に関係のない方々にとっては、やはり一番興味がある点は「なぜ脱線したのか」に尽きるのでしょうね。現地からの情報の進展がない以上、こういうことでお茶を濁すことはわかるのですが、どうも釈然としません。

各報道関係も次々と現地に乗り込んでおりましたが、怪我をしていたり、見るからに憔悴しきっている被害者にマイクを向けている場面などには嫌悪を覚えました。もちろん「伝えること」は報道の使命ではありますが、もう少し気遣いができないものなのかな、と。病院にもカメラが入っていましたが、あれだけの人数が病院に運ばれている中、その存在だけですごく邪魔になって支障が出ると思うのですけどね。

JR側の発言にも少々違和感がありました。「133キロ出さないと脱線する(常識に考えてそんなスピードは出さない)」「粉砕痕があり置石の可能性がある」などなど。ひねくれた見方かもしれませんが、事故の原因を一刻も早く他者に転嫁しようとしているように思えたのですよ。悪いのは置石をした人間であり、JR側も被害者だとでも言いたいように。早い段階で逃げを打っている雰囲気です。

しかし、そんな発表は後でもいい。もっと他に「今」という時間でやらなければならないことがあるのではないか。
例えば、前記の被害者へのインタビューなんてのも、JRが報道規制を敷けばそれで済むだけの話。
専用電話回線を開くなんてことは当たり前の対応なんです。ただ、お詫び文面とその電話番号だけ載せているホームページの何とも杜撰なことよ。誰が被害に遭ってどの病院に収容されているかという情報がほしいのですよ、関係者にしては。「わからなければ電話で聞け」はないでしょう。これも個人情報保護法の一環なのですかね。

テレビ報道の論調は23歳の運転士がもう犯人扱いでした。ことさらにキャリア11ヶ月を強調して過去の失敗さえ掘り下げている。もし直接原因が置石だとすると、これは完全な人権侵害ではないのでしょうか。

報道と言えばNHKであり、さすがに民放よりも多く報道に時間を割いていましたが、それでも合間にドラマやお笑い番組をやっている感覚には呆れました。日本全土から見れば、兵庫県と言う地方で起こった小さな事故でしかないのですね。確かに事態の進展しない同じような映像を延々と見せられては、事故に関係のない方々には苦痛でしかないのでしょうけど、だとすると、NHKには存在価値がない気がしますね。

以上、今回の事故に対する報道の雑感でした。


猟奇犯罪の原因について

2005-04-22 10:20:59 | 社会・経済
17歳、ハンマーで殴る 4歳男児重傷 東大阪の公園

猟奇的犯罪が増えてきております。しかも加害者側が低年齢化してきているのですよね。
このような犯罪が起こると、一斉にマスコミや学者は犯罪要因を探ります。そして浮かび上がってくるものは、決まってゲームやアニメなどの影響と言うものです。奈良の女児誘拐殺人の小林薫もそれらしいことが言われていますね。

私はこのような論調になる度に「悪いのはゲームやアニメではない、やったヤツが悪いんだ」と常に思っておりました。
しかし、最近では「やっぱりゲームやアニメが悪い」と考えが変わってきたのですよ。

私はウルトラマンや仮面ライダーなどが好きなオタクさんなのですが、20~30年前に制作されたこれらの作品を見ていると、とにかく人が死ぬのですね。怪人に液をかけられて溶けてしまったり、白骨化してしまったり、毒ガスで悶え苦しんだり。その表現は特撮のチープさを除けばとても残酷なものです。

いつしかそれらは「残酷である」「子供向けに相応しくない」と言う理由で徐々に自主規制されていきました。怪獣を殺さないウルトラマンとか出てきましたからね。
しかしその隙を突くように2次元上で人を殺しまくるゲームが幅を利かすようになってきます。そしてゲームの発展と比例するように猟奇犯罪も増えてきました。

少年犯罪に弁解の余地はありません。悪いのは犯罪を起こした人間です。しかしその根を辿れば想像力の欠如に行き当たるのですよ。人を殺せばどうなるかと言う想像を奪い取るのですね。
ゲームは間違いなく人間の想像力を奪います。その結果何が起こるかと言うと、いわゆる「刷り込み」です。ゲームは一方通行の娯楽です。つまり考える間を与えない。ボタンを押せばどんどんとお話は進んでいく。自分のペースで人を殺せるわけです。映像との差異はここにあります。
ショッキングなリアル映像を子供の目から排除したその裏で、デフォルメされたキャラクターが人を殺したり、物を壊したりするゲームの数々。それはリアルでも何でもなくただの絵です。口から吹き上げる鮮血さえも美しく見えるものです。

反論を食らうことはわかっています。しかし、それは全て人生の途中からゲームと言う文化が流入してきた大人の意見なのです。生まれた時からゲームのある環境で人殺しゲームばかりをやっていると、確実に想像力を奪われていきます。その結果として「人を殺してみたかった」と平気でリアルの世界で言える人間が生まれてしまうのだと思うのです。


ライブドアとフジテレビについて

2005-04-20 17:53:22 | 社会・経済
ライブドアとフジテレビの2ヶ月戦争は結局、手打ちに終わりました。
私はこの一件においてはフジテレビの敗北だと思っております。簡単に言いますが、ライブドア株取得の440億円なんて、想定の範囲外ですよね。ニッポン放送株の買戻しを含めると1000億強。そんなお金どこにあるんだ?と言う感じです。
これは戦略でも何でもありません。ただ単にライブドアの侵攻に対してお金を積んで許してもらった以外の何ものでもありません。いずれ日本放送を子会社化するにしても、440億は払う必要がないお金です。
こんな具合でよく社長・会長・取締役総辞職にならないものですね。

ライブドアと提携することに対するフジテレビ側にメリットなぞないでしょう。ライブドアとつるむ事によって新しいメディアが生まれるかと言うと、そこは疑問なのです。それは、これまでライブドアが何をやってきたか考えるとわかること。M&Aばかりでライブドアと言う会社そのものの魅力は感じられないのですよ。

誤解を恐れずに言えば、私にはライブドアがフジテレビを強請ったとしか思えません。ニッポン放送と言う穴を見つけて、そこに攻撃を仕掛けることにより、440億もの増資を得ることができた。近鉄バッファローズ買収劇の時にも思ったのですが、結局は売名と売り抜けが目的だったと思うのですよ。

ただ、ライブドアの仕掛けは今後の敵対的企業買収への警笛を、この資本主義社会に与えたことは間違いありません。
そして、フジテレビに「メディア融合」と言うものを考えるきっかけを与えたでしょう。しかし、フジテレビが本腰を上げて新しいメディアを考えるとすると、その隣にいるのは間違いなくソフトバンクです。

総論とすると、この戦いの勝者は労せずしてフジテレビに発言権を持ったソフトバンクです。この図式が去年のプロ野球界と全く一緒であることに、ソフトバンクのしたたかさを感じるのですけどね。後出しジャンケンですよ。

堀江社長も本気でメディア改革に応じるのならば、手打ちを受けるべきではなかった。ニッポン放送を完全に支配して、フジテレビに革命を起こせばよかったのですよ。
ソフトバンクと言うホワイトナイトの出現から、堀江社長の発言がトーンダウンしてきたことは明らか。この辺りからソフトバンクの影に怯えて、適当なところで和解(強請り)へと方針が転換していった様に思えます。

ただし、当初、堀江社長は「フジテレビとの話し合いを」と事あるごとに言っておりまして、フジテレビ日枝会長がそれを拒んでいる流れでした。そう考えると、440億も包んでもらった上に週1回話し合いできる機会を貰えた意味では、ライブドア大勝利なんですけどね。