ーーーーぼくの性質はなんだろう。ぼくはいったいなんだ。それは人間にきまっているが、そうではない。
ぼくはときどき、いや、一日中ヘマをやらかしている。自分を良く見せたいとするためか、自分を良い者にしたいためか、なぜかヘマをやる。
人間と人間とのつきあいはどこにでもある。したがってぼくの近くにもある。いや、ぼくは人間どうしのつきあいの中で生きているのだ。
もう13年も人間の中にいるのに、人間というものがぜんぜんわからない。わからなすぎていやになる。ーーーー(省略)
昭和52年の今日、8月10日に亡くなった、山田かまちが書いた詩の一部です。
私が山田かまちを知ったのは確か10代の頃だった。はっきりとは覚えていないが、絵や詩を見て、強烈な衝撃を覚えた。
私が生まれる以前に彼は亡くなった。
17歳。暑い夏の日。自分の部屋で、1人エレキギターの練習中に感電死した。
彼を知らない人のために、彼の生い立ちについて、簡単に書かせてもらいます。
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・昭和35年7月21日高崎生まれ。
・幼少期から絵や詩を書き始める。
・小学校の同級生に、元BOφWYの氷室京介、松井恒松がいる。
(のちに彼らとバンドを組む。ビートルズに強く影響を受ける。)
・小学校の時ピアノを始める。
・切手を収集したり、他国の人と文通をする。
・絵画で賞をもらったり、雑誌や新聞の絵やマンガに応募して入賞する。
・昭和50年祖母を癌で亡くす。
・昭和51年高崎高校の入試に失敗し、浪人。
・音楽仲間とロックについて語る。ロックミュージックを作曲し、日本の風土や習慣にとけこんだロックミュージックを作る、と盛んに主張していた。
・この頃、多くの絵が生まれた。
・昭和52年高崎高校入学。
・同年7月 誕生日にエレキギターを買ってもらう。
・同年8月10日自室でエレキギター練習中、感電死する。
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山田かまちの詩は、言葉数が多いがどこか未完成。
そんな印象です。
たくさん絵や詩を書いているけど、当たり前なのだけど、17歳までの世界の中で描いたものなので、率直で歪んでいない。
大人には到底書けない内容だと私は思う。
愛や死、夢や幸せについて書かれた詩もたくさんあって、言葉数がとても多いのだけど、イマイチ言いたい事が伝わって来ない、理解し難い。だけどそこに若さとか、青年らしさとか、何か脆くて儚さがある。
山田かまちを知らない方は、一度読んでみてください。
自分が17歳だったころのことを必ず思い出すと思います。
今日は、山田かまちを偲び、詩集をじっくり読み返してみようと思う。
追記
今回の台風で、大きな被害が出たところがあります。心配です。無事に元の生活に戻れる事を祈っています。
恐山は被害があったのかなぁ。大丈夫かなぁ。