YANO-BEAR

テディベアの瞳に魅せられて二十数年、今もチクチク産み出しています。紅真子の部屋とテディズマンションを統合してスタートです

老いた親の行方

2005年10月30日 | 老人、介護、家族
引越して1年半余り、ずっと工房と夫の実家を往復する生活である。
90近い姑と息子が住む夫の実家は、2世帯分の家具を入れるには狭いことと、
新居を構えても、老いた母は引越しを嫌がる事は明らかであった。
それだから、引越し後の荷物置き場と工房用に中古住宅をもとめたわけである。
長男である夫の親の面倒をみるという責任感がそうさせたのだ。

実家から6キロ離れた工房は、実家よりもっと田舎にあり、町内の半分が一人暮らしの老人宅である。町並みも住人も老朽化している。
それでも、自然は豊かで四季感を味わえ、作業するには閑静で落ち着く場所である。

そんな独り暮らしのお年寄りを見ていると、「寂しくないのだろうか・・・」と時々思う。我が家の婆ちゃんは健康だし独りで生活することも出来るくらいしっかりしている。でも、独りの食事や夜は寂しいと思うから同居している。
体が不自由で痴呆症もある老人でも、独り暮らしをされている。町が老人福祉に力を入れているのは納得できるが、なんだか少し違うような気がする。

私は兄との二人兄妹で、母は兄夫婦が面倒を見てくれているので安心している。
だから私も、夫の親の面倒を見るのは私の役目と思っている。
お互いがひとりっこなら、二人で両方の親の面倒を見なくてはいけないだろう。
老いた親の面倒を見るのは子供の役目、頑固で、融通の利かない、やんちゃな子供みたいな大人、憎まれ口ばかりで感謝の一言も無い、そんな可愛げの無い親。
でも、将来の自分の姿を老人に見て、子供達に老後の期待を込めて。
現代版の姥捨て山ではなく、暖かい家族との生活をさせたいと思う。

子育て以上に、老人との生活も大変そうである。
子供が同居を望んでも、老人が拒めば話が難しくなる。
「老いては子に従え」と良く言ったものだ。
頑固さは、老人病のひとつ。プライドを傷つけないように少しづつ柔らかくしていくしかないだろう。
子供は覚えていくが、年寄りは忘れていく。
でも、大切なのは変わらない。

私が老いたら、どう暮らしたいのか考えてみる。
やはり、子や孫と家族と賑やかに暮らしたい。
そして近所に茶飲み友達がいて、健康で、小銭があって、
趣味があって・・・。
さてさて、今度親の本音を聞いてみましょうかね。






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