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台風一家

育児は育自

色々な本やえらい人の話で「育児は育自」とよく言っている。
子供を育てると言うことは、自分を育てていくことだと言うことらしい。
子は親に育てられ、親は子供を育てることによって成長のだ。
犯罪の低年齢化などで問題になるキレやすい子が多いのは、キレやすい親が増えたからだ、などと「子は鏡」であることが常にかかれているのは頷きつつも耳が痛い話だ。
子供を見れば親が判ると言われれば親は責任重大、重圧も相当のものである。

こいちゃんが1歳7ヶ月の時にいっくんが生まれた。
ほんの赤ちゃんのこいちゃんが早くもお姉ちゃんになってしまったとき、とても可哀想に思ったので、寂しい思いをさせないように必死でこいちゃんの言うことに耳を傾け、スキンシップを密にしてナイーブなこいちゃんが傷ついてしまわないように大変気を遣った。
その点、いっくんは初めこそ、しつこく泣いていたものの(今思うと諦めからか)じきにあまり泣かず、一人遊びの上手な子に成長した。
こいちゃんが少しでもスキンシップ不足になると狂ったように不安になってしまうのに比べて、いっくんはクールであまりひっつくこともなく「男の子はこんなものか」とぼんやり思っていた。

しかし、いっくんが歩けるようになり、力もついてくると1歳7ヶ月の違いなどはねのける様に乱暴な性格が頭角を現し始めた。
気に入らないことがあるとすぐこいちゃんをつねる、噛む、突き飛ばす。
言うことは聞かず、褒められることはせず、いつしか私は一日中いっくんをしかりとばし、こいちゃんをかばうようになった。
しかりとばされ、お姉ちゃんばかりかばわれたいっくんはさらに逆上して乱暴になる。
頭では「悪循環である」事が判っていても褒められることを何一つしないいっくんに頭を抱えていた。
夏休みの間も二人が目覚めてから眠るまで二人の間に入り、くたくたになって頭を抱えて落ち込む毎日が続いた。
9月1日に2学期が始まり、いっくんと二人で過ごす時間が増えたとき、これではイカンと思った。
こんな状態でいっくんを育てても悪循環は終わらないだろうし、このまま成長したのではいっくんも可哀想だ。
私がなぜいっくんをしかりとばして毎日過ごしているのかじっくり考えていた。
褒められることをしない、乱暴者だからであるが、こうなったら叱っているばかりではだめだ、一念発起で考え方を変えて「鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギス」を念頭にろくな事をしないいっくんのちょっとした所を見つけて褒めちぎってみた。

食事中ハンカチで口を拭いたら「上手に綺麗に食べるようになったねー!!」
オシッコしたら「おにいちゃんになったねー!!」
ゴミを捨ててくれたら「有難う、助かるよー!!」
朝から晩までバカみたいにいっくんの周りを飛び回り、恐ろしく褒めにくいいっくんを褒めまくった。
周りの友人には決してみられたくない「子に狂った親」の図である。
初めは少々嫌がり気味のいっくんに、無理矢理スキンシップを押しつけてほんの数日で何だかいっくんが変わってきた。
まず「お兄ちゃん」のキーワードに気をよくしたらしく、しきりに「あかちゃんじゃないよ、おにいちゃんだよ」とたどたどしく口にするようになった。
そして、本当に褒められることをし始めたのだ。
テーブルを拭いたり、お皿を洗ったり、率先して手伝いをするようになったのだ。
これではまるでこいちゃんの時と同じではないか、本当にびっくりしてしまった。
今まで嫌がっていたスキンシップは喜んで受けるようになったのに対し、こちらが辟易していた「だっこ」病が減ってきた。
これはもしかしていい感じなのでは?
味をしめてこいちゃんが幼稚園に行ってから、二人での外出を増やし、料理、掃除そっちのけでいっくんと遊んだ。
昼には2階のベランダでシートを広げて二人で時間をかけてお弁当を食べ、納得いくまでいっくんの話を聞いた。

今日、こいちゃんが幼稚園から帰宅してキッチンに立つ私に「読んで~」と持ってきた絵本を突然いっくんが取り上げ居間に放り出してしまった。
抗議しようとするこいちゃんをまずなだめてからいっくんに優しく注意すると何といっくんが絵本を拾ってキッチンにいるこいちゃんに返したのだった。
強情な態度しか取ったことのなかったいっくんからは考えられない成長に本当に本気でスペシャルに褒めた。
お風呂に入れば交代でシャワーを使い、お姉ちゃんにオモチャを譲る。
びっくりすると同時にうれしさで堪らなくなった。

そして私はやはり落ち込んだ。
いっくんを見ていてよく分かった。
この成長ぶりは逆に言えば、今までのいっくんの乱暴ぶりは私の愛情不足の現れであったのだ。
言葉もつたない、感情も上手に伝えられないいっくんの精一杯の抵抗だったのだ。
自分のしたことを認めて貰い、思い切り自分を見て貰って初めていっくんは私の子供になろうとしている。
改めて丁寧な育児をしなければいけないと痛感したのだ。
いい加減な育児を続けたまま2歳8ヶ月まで来てしまったが、まだ間に合う、純粋な優しいいっくんを葬ってしまわないように光を当ててあげる努力をしなければいけないのだ、と目から鱗の気分である。
ひとついっくんに教わった。
きっとこれから嫌と言うほど子供に色々なことを教わるのだろう。
私も一生懸命成長しなければ、こいちゃんといっくんに置いていかれてしまう。
やっぱり育児は育自だったのだ。
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