K.H 24

好きな事を綴ります

僕は何人も居る。みんなは独りなんだ。1-⑧

2019-12-23 14:06:00 | 小説
⑧益田刑事の女の勘。
 嘗て、二郎が両親を殺めたのを疑いもせず、児童養護施設へ入所する事を勧めてくれた、益田絢子刑事は、先日の二郎からの連絡をマル暴と麻取へ情報提供し、暴力団森川組と1つの麻薬密売ルートを壊滅まで漕ぎつける事が出来た。警察官として反社を撲滅出来たのは喜ばしい事であった。しかしながら、森川組、二郎の兄の蒼一郎、彼から麻薬を購入してたすっぽん仙人こと、亀井和樹、ガラガラヘビこと、尾尻晴夫達の逮捕時の異常なまでの外傷状態は、警察が見逃すはずがなく、その捜査も進められていた。しかし、亀井と尾尻の真っ黒な人間に襲われたと言う証言しかなく迷宮入りしてた。
 捜査一課で長年活躍して来た益田刑事は、二郎の事を気にしてた。もしも、小学3年生の児童が、大人の男女、自分の両親をあのように殺害してたとしたら、何らかの特殊な能力、もしくは、二郎がそのような秀でたチカラを持たずとも、何らかの秘密を隠してるのではないかと考えていた。
「定さん、12年前の不倫の2人の心中事件覚えてます?その時、2人で話しを聞いた林田二郎君、覚えてます?」
 定年退職し、警察学校の非常勤講師を務める、横井定幸と電話で話してた。
「ああ、覚えてるよ。あの子、抜け殻みたいに、無機質な感じに見えたな。保護してやらないとって思ったのを覚えてるよ。」
「その、林田二郎君の件でご意見頂きたいのですが、近い内お会い出来ませんか?」
 益田刑事は、横井に相談を持ちかけた。
「分かった、あの子か、俺がそっちに行こうか?今日はもう講義もないから時間あるぞ。」
 横井は快く引き受けた。
「お久し振りです。定さん、今日はご足労かけまして。」
 益田刑事の居る捜査一課に横井は来た。
「いやいや、俺は時間を持て余したじじぃだから。それで、あの子の事で何かあったのか?」
 横井は早速聞いて来た。
「林田君が、偶然お兄さんと再会して、狙われてるって連絡があったんです。そしたら、その子のお兄さんは、森川組の構成員で、麻取が内定捜査してたの。薬の取り引きの日時を掴めて組事務所にガサ入れしたのよ。」
 益田刑事は言った。
「森川組と密売ルートを1つ潰した話は俺も聞いてるよ。でも、あの子の兄貴が組員だったのは初耳だ。」
 横井は言った。
「そうなの、林田蒼一郎、あの子の兄は組員で薬を売ってた。ガサ入れすると組長も含めて、6人がその場に居て、全員、後遺症が残る程の外傷を受けてわ。蒼一郎に限っては植物状態なの。それも、ガサ入れする10分前に負わされたものだってことが分かったわけ。」
 益田刑事は言った。
「6人全員がぁ。誰がやったんだ?特定出来てないのか?」
 横井は驚いた。
「うん、出来てない。その6人はみんな医療刑務所に収監されてる。コミニュケーションが取れないから聴取も取れない。」
 益田刑事は言った。
「参ったな。死人に口無しとは言うけど、それと一緒みたいな状況なんだ。」
 横井は言った。
「それでね、あの心中事件の資料を見直したの。この写真、あの子の両手両腕、定さんが撮ったでしょ。よく見ると、手の甲と掌の傷、ロープで傷ついたように見えない?自殺したあの子の実の父親が使ったロープの模様に似てる気がしてね。私達、あの子に同情して、直ぐに保護したほうが良いとしか考えてなかったよね。もう1つ、私の記憶で主観的なんだけど、シャツの中覗いて身体見た時、子供にしては筋肉質だったって感じがするの。」
 益田刑事は眉間に皺を寄せて言った。
「絢ちゃんは、あの心中事件は、あの子がやったと言いたいのか?」
 横井は言った。
「不可能だとは言えないかなぁって思う。でも、任意同行も出来ないしね。」
 益田刑事は横井に強く目を合わせて、そう言った。
「そうか、そうだなぁ。会ってみるのはいい事だと思う。絢ちゃんが非番の日に一度、会ってみるか。」
 横井は言った。
「私、あの子、林田二郎に連絡とるから、定さん、ご一緒してもらってもいい?」
 益田刑事は言った。
「勿論、一緒に行こう。ほんとに非番の日がいいからな。手帳も持たずにな。」
 横井は言った。
 後日、益田刑事が非番の時、横井が退職して、その後二郎が元気にしてるか顔が見たいと言う理由で会う約束が取れた。
「いやぁ、林田君、お元気そうで。お医者さん目指してるんだね。もう何年生だい。」
 大学の最寄り駅前の喫茶店で待ち合わせして、店の中で合流すと、横井がそう話しかけて来た。
「ありがとうございます。4回生になりました。その節は。でも、横井さんの顔とかは覚えてなくて、写真は撮られたような気がします。曖昧ですみません。お陰様で施設に入れてもらって、ここまで来れました。それと、益田さんには、先日も兄と再会してからの不安を解消して頂いて、お2人には感謝しかありません。ほんとにありがとうございます。」
 二郎は言った。
「いえいえ、私達はほんとに、あなたを守りたかっただけよ。これからもね。これでも、国民生活の安全と安心を保持する生業を担っております。だから、独身です。アハハ。」
 益田刑事は自虐ねたを入れて来て、3人で笑った。
「林田君は、何科のお医者さん目指してるの?」
 横井が聞いた。
「精神科医です。僕、あんな事があって、って言ってもあまり覚えてないけど、人との交流を自然に避けてたみたいで、大学に入って気がつきました。医学科を目指したのは、施設でお世話になった先生方に喜んで欲しかったからなんです。でも、人の身体を勉強して行くうちに、少しづつ自分の事が気づけて来て、心の病に寄り添う事が出来る医師になりたいと思いました。入学したての頃は、苦しく思う事が多かったです。周りの人達と関わる事で。なんとか出来そうです。」
 二郎は答えた。
「そうかい、頑張ってるな、苦労するな。じいさんは嬉しいよ。目標が持ててな。」
 横井は言った。
「こないだみたいに、何かあったら連絡してね。遠慮しないでよ。」
 益田刑事は言った。
 小1時間程、3人で話しをして、別れる事になった。二郎は横井の連絡先も教えてもらい、大学を卒業して、医師になれた暁には、連絡する事を約束した。
「良い子に成長したな。素直に話してくれてたと思うよ。裏の顔はなさそうだけど。」
 横井は益田刑事に言った。
「そうですね。林田君の人となりが見えましたね。一応、刑事なんで、また、彼絡みの事があったら深く見て行きますかね。良かったですね。会ってみて。あんなに心を憔悴させてた子が、順調に成長して、社会人として話せた気がしますね。」
 益田刑事が言った。
「そうだな、我々にとっては珍しく、良い意味で追って行ける存在だな。」
 横井は言った。
 その日、二郎との面会がひと段落着いたら、益田刑事は横井の奥さんに自宅へ来るよう誘われてた。3人で、奥さんの手料理を囲んで、小さな宴を楽しむ事になっていた。
 一方、二郎は、思いの外、疲れてしまった。頭の中でみんながざわついてたからだ。
 〝あの2人良い刑事さんね。でも益田刑事の目の奥が気になったけど。二郎が完全な白とは思ってない感じがした。〟
 アヤナミが言った。
 〝刑事なら当然さ。〟
 シンジ君は言った。
 〝2人の連絡先が分かったのは、収穫だよ。ネットで情報調べられるからな。何かあった場合はな。〟
 一文字さんは言った。
 〝今日みたいに、和やか雰囲気は想定外だったよ。でも、油断禁物ね。〟 
 歌音は言った。 
 そして、益田刑事は、横井の自宅で、程良い酔い加減になった。奥さんとも久し振りにあって、楽しく過ごせたのだ。しかしながら、二郎に対しては何か引っ掛かる気がしてた。横井には告げず、二郎を単独捜査するのを決意した。
 そのため、翌日から益田刑事は、上司の許可を得ないのは勿論、同僚達にも内密に二郎の身辺捜査を始めた。
 その結果、凄まじい生活スケジュールを送ってる事が分かった。特に、何種類かの格闘技を習ってる事。また、アルバイトで家庭教師をしてる事。彼女はテレビや動画サイトにも頻繁に出演した経験がある大食いアイドルと言う事。その大食いアイドルは、蒼一郎と繋がっていた亀井と尾尻が襲い、薬漬けにし、金を吸い付くそうとしてた人物であった事が分かった。
 したがって、森川組のあの6人、亀井と尾尻を襲った可能性は無いとは言い切れないと睨んだ。その裏付けのために、刺客を送る事にした。もしも、二郎が超人的スキルで、送り込む刺客から身を守れるのであれば、自分自身の協力者になって欲しいと考えた。
 後日、二郎が家庭教師のアルバイトを終えて、21時にその家を出たところを襲撃させた。
 益田刑事の刺客は、空手の有段者で、日本代表で世界大会に出場した経験もある強者だ。数年前に暴行事件に巻き込まれ、その事件後、これまでの信用を失い、空手界から追放されてしまった人物だ。今は、工事現場の作業員をして、地味に暮らしてる。3年前に益田刑事が、同僚から彼の事を聞き、協力者にした。
 二郎は、不意をつかれたが、その空手の達人の突きや蹴りを最も簡単に避け、相手を地面に押さえ付けた。
 うつ伏せで、左右の脚を交差させ、下になった右脚の膝を殿部に踵が付くまで曲げ固め、その上へ座り込んだ。右腕を左手で腰まで回し、掌を小指の方向に傾け前腕に向け、肘も曲げ固めた。顔を右に向かせ地面側の左側にあたる髪の毛を引っ張り上げ、首を右に傾け、その下に自分の右爪先を噛ませた。
「死ぬぞ。誰だお前は?言わないと死ぬぞ。」
 代わってたシンジ君が右手を相手の後頭部に当てて、そう言った。相手は何も言わない。
「やっぱり強いのね。林田君。私がお願いしたの。その人離してあげて。益田よ。刑事の益田よ。」
 益田刑事が両腕を組んで、僕らの側に立っていた。
「益田さん、勘弁して下さいよ。ほんとに殺されると思いました。このお方、バケモノですよ。」
 益田刑事の協力者の空手家は、解き放されて、立ち上がりながらそう言った。
「何なんだいったい。俺を襲うなんて。無駄だ。僕は負けませんから。」
 シンジ君と代わりながら、益田刑事に言った。
「林田君、加藤君もごめんなさいね。職権濫用よね。加藤君、これ、今日のお駄賃。」
 益田刑事は5万円の入った茶封筒を空手家加藤に渡し、そう言った。
「3人でちょっと話ししない、向こうの公園で。3人以上ね、きっと。」
 益田刑事がそう言った。
「絢子さん、納得する説明をして下さいよ。まぁ、察しはつきますけど。この人警察の人じゃないですね。」
 一文字さんは、益田刑事に気づかれたと思い、僕と代わってそう言った。
 3人で近くの公園に向かった。販売機で飲み物を選ばされ、僕は微糖のコーヒー、加藤はコーラ、益田刑事はブラックコーヒーを選んだ。
 僕と益田刑事はベンチに座り、お互い、ひと口コーヒーを飲んだ。加藤は僕らの前に立ちコーラを飲んだ。
「加藤君、この子、強いわね。何で負けたの?」
 益田刑事は、先ず、加藤に聞き始めた。
「分かりません。動きが速くて、チカラの使い方がとても上手いです。どんな格闘技なのか、さっぱりです。敵いません素手では。」
 加藤は答えた。
「僕は、柔道、合気道、剣道、色々マスターしました。そこら辺の複合です。我流です。」
 僕は2人に向かって言った。
「天才ね。林田君。あの2人組、お兄さんと森川組も1人で。12年前も。」
 益田刑事は、迷う事なく聞いて来た。
「はい、12年前は覚えてないですが、きっと僕が。そう、俺がな。先日の件はしっかり覚えてますよ。」
 僕とシンジ君は素直に答えた。
「全く証拠がないから、林田君を逮捕とか、事件に関わってたなんて証明も出来ないから。それと、要するに、犯罪者を襲った訳よね。私、嫌いじゃないのそう言うの。警察だけでは逮捕出来ない犯罪者は沢山いるのよ。森川組壊滅は奇跡だったわ。」
 益田刑事は言い、それを聞いてた加藤は頷いた。
「林田君、相当なトレーニングしてるだろう?益田さん、彼は天才じゃないですよ。努力家ですよ。努力してバケモノになったんですよ。」
 加藤は言った。
「身を守るためか。身体は1つだもんね。でも、何人なの?」
 益田刑事は聞いた。加藤は不思議そうに聞いていた。
「明確なのは、6人です。二郎を合わせて。私、歌音と言います。幼少期にはお世話になりました。蒼一郎達を仕留めたのは私が戦略たてたの。俺が実行した。カトちゃん弱いね。すみません、口悪くて。絢ちゃん、今日の格好、普段よりイケてるぜ。」
 代わる代わる一言話した。
「げっ、やっぱりバケモンだ。」
 加藤は口が滑った。益田刑事に睨まれた。
「女性が2人に男性4人か。辛い時期もあったろうに。よくここまで安定したね。私、これまでに2人の人格解離者と遭遇したわ。窃盗、殺人未遂。1人は自殺した。もう1人は廃人。」
 益田刑事は冷静に言った。
「はい。益田刑事と横井刑事が、施設に勧めてくれなかったら私達もどうなってたか。想像すると恐ろしいですよ。」
 歌音が言った。
「あの状況なら誰だってそうしたわ。でも、そのままなら今頃、あの2人と同じような状況ね。」
 加藤は事態を理解したかのように、表情が和らいだ。
 同時に2人の人に僕の解離の事を話したのは初めてだった。益田刑事は薄々分かってたようだ。加藤も理解してくれた。正直なところ嬉しかった。そして、協力者になって欲しい事を告げられた。加藤も引き続き協力して欲しい、2人が友人同士になって欲しいとも言ってくれた。
「この世の中、私達警察だけでは、捕まえられない犯罪者、沢山いるのよ。あなた達みたいな協力者が、私は必要だと思う。勘だけどね。」
 益田刑事は真剣に言った。そして握手し、僕ら3人は、公園から去った。
 その後、加藤と僕は仲良くなり、翔子も紹介した。翔子が解離してるのは内緒にした。
「翔子ちゃん、こんなに食うのか、2人ともバケモンだ。」
 加藤も一緒に大食いチャレンジをした日、3人で笑った。

つづく


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