K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-09-09 15:16:00 | 小説
第什肆話 分
 
 未来の人類はいつの日か二分化してしまうことになった。その原因は地球温暖化と核戦争、それに加えてウイルスによるパンデミックだった、と、思われた。
 
 温暖化と戦争は人類による直接的な責任で、化石燃料の奪い合いが核兵器を発動させ、全世界の人口の六分の五が火だるまとなり消えていった。しかしながら、パンデミックは予見できないことだった。
 長い世界大戦が終焉し、世界の各国が大戦前の旧体制を捨てて和平条約を結び、社会資本主義世界へ変わった。勿論、これはユビキタス機能の進化の賜物でもあって、さまざまな格差が是正され、どの国が先進国とか発展途上国といった区別をもなくし、旧国連施設の刷新や職員増員等も図られ、人類台帳を整備し、地図上、国際法規上の国境線が消えた。したがって、全人類が地球上での生活共同体というパラダイムシフトが成立し、平和な世界的経済復興の光が灯り始めていた。
 そんな生活流動が起こると、どこへでも行けることで、人流は格段に勢いを増した。その影響がパンデミックを惹起させたのだ。
 
 これまでのように、ワクチンが開発され、遅れて治療薬が開発される流れで、感染症の脅威は治るが、その潮流に新型ウイルスが加わった。つまり、病原性ウイルスが発生し、ワクチンで予防し、新薬で治療する。そして直ぐに、新たなウイルスが発生するということだ。人類とウイルスの終わらない戦いの始りだった。

 パンデミックループが始まって五年が過ぎようとしていた。
「ウシジマ教授、我々人類は、ウイルスがいない環境に移るべきではないでしょうか」
「そういった場所はこの地上に存在しないだろうスギモト君」
 ある大学で、ウイルスの感染予防を研究しているウシジマ教授とスギモト助教が、何がきっかけでそんな会話が始まったのか分からないまま唐突に時が進んでいった。
「だからですよ。地上にいる限りは感染を止められないわけですから、空か海、地下に移る必要があるのではってことです」
「なるほど、その生活空間に移る時にウイルスカットすれば、未来永劫ウイルスに出会うことはないってことかねスギモト君」
「もっと凄いことですよ。我々は身体を捨てる、身体から脱皮して僅かなエネルギーで生命維持が可能になります」
「スギモト君、どういうことだね、話が見えないぞ」
 スギモトはWi-Fiで繋がっているプロジェクターを起動させ、自分のパソコンのデータをスクリーンに映した。
「えっ、いつのまにこんな実験をしてたんだね、私の許可を取らずに」
 ウシジマ教授は唖然とした。
 
 その内容は、人間の神経系、いわゆる、脳、脊髄、眼球だけを残して、それをロボットの中に組み込み、宇宙空間にあるスペースコロニーで生活するといった研究成果だった。
「ウイルスは我々の身体に入ってくるわけですから、身体を持っていることが感染症のリスクを高めてるわけです、ですから、ロボット工学を応用して我々の外見だけを替える、いや違いますね、我々がこれまで築き上げてきた現実を作り出した神経系だけをロボットに移す、nuro transferです。」
「そこまで腹を括ったんだ君は、じゃあ私から実用実験の第一号になろうか、私の身体使えるかね」
「先生、ありがとございます、大丈夫です、恐らく、やる気が漲ってくる筈ですよ」
 
 数日後、ウシジマ教授のnuro transferが始まった。
 外観となるロボットの中に全裸になって入り、正中動脈から神経系細胞のアポトーシスを阻害する薬剤と神経系以外の細胞のアポトーシスを促す薬剤が注射された。そして、ロボットの中に白濁したLCL 溶液が満たされた。数分も経たないうちに皮膚や筋肉、骨がなくなっていった。そして、クリアイエローのLCL溶液に入れ替わると、目に当るところが光だし、眼球が浮かび上がった。
「教授、聞こえますか、私が見えますか」
「あぁ、スギモト君、動き易いぞ、快感だ」
 ウシジマ教授は両脚を肩幅より広く開き、両手を万歳しながらそういった。
「成功です」
 両腕を組んでスギモトは頷いた。

 ウシジマ教授は九〇日間のphysical monitoring を実施した。毎日、LCL溶液の検査と神経伝達速度の測定が行われた。問題はなかった。そして、スギモトは全世界に向けて、公開nuro transfer を実施した。
「皆さん、これでウイルスの脅威から逃れることができます」
 鉄の鎧に纏われたスギモトは揚々と叫んだ。
「皆さん、私とウシジマ教授は形は変われど、心は変わりません、感性も変わりません、後は、この重力場から抜け出せば、半永久的に生き長らえます。ですから、先ずは我々と共に宇宙空間でのコロニー建設へ協力して頂く一〇〇人のnuro transfer を希望される方々を募集します。性別、年齢、勿論、人種の選別は必要ありません、未来へ向かう気持ちを強くお持ちの人は最初のtransformer になって下さい、そして、人類の安息の地を築き、安寧に暮らしていきましょう。ひとコロニーで五〇〇人が生活できます。そして、同志が増えればどんどんコロニーを増産すればいいのです。」
 神々しくスギモトはいい放った。
 一ヵ月で一〇〇人の応募は埋まり、transformer が誕生した。
 
「皆さん、海底に安息の場を設けましょう。」

「皆さん、マントルが安全です、その熱はウイルスを近づけません」
 
「皆さん、地上で充分です、この防護服は如何なる病原微生物をも死滅させます、このまま地上にいられるのです」
 
 スギモトとウシジマ教授が宇宙に生活の場を移し始めると、他にも抗ウイルスを掲げる団体が名乗りを上げ、人類は宇宙と地球上とに二分された。
 また、嘘を塗り固め至福を得ようとする者、デマを振り撒き混乱される者までも現れた。
 人類はウイルスではなく、自らの欲望で朽ち果てる者達が増え、一層、世界の人口を減らし続けていった。
 
 地上は静まりかえった。
 
 終



最新の画像もっと見る

コメントを投稿