K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-09-05 08:46:00 | 小説
第什参話 衛
 
 街灯が見当たらない、道路さえ砂利道しかない。人通りは全くなさそうだか、ヒラカツは、その道を避けてそれに沿って、踝当たりまで水に浸かる心地良い流れの小川を上流に向かって歩いていた。自信があった。みつからないことに。自分の産まれ村。抜け道や獣道、隠れ家、洞穴、追跡を撒くのは簡単だと考えていた。
 
 逃走中のヒラカツには、双子の兄がいた。二卵性双生児で顔が似ていない兄が。
 兄弟仲は良く中学まではいつも一緒にいた。その川が流れる山間部の田舎の村で。
  
 当時、山間部に子供の人口が多いことは珍しいことだった。それは、余程、林業が盛んで潤っている地域でなければなし得なかった。しかしながら、ヒラカツと兄のヒラカドは、父親がおらず母親の実家があるこの村に祖父母を含めて五人で暮らしてた。他の子供達との環境の違いから虐めを受けていた。それは、林業を生業とする後から移住してきた他所者家族がこの村に恩恵を与えていると我がもの顔をしてせいだった。
 高校はその村から離れた、アスファルトで舗装された道路、街灯も一定の間隔で設置されていて、繁華街、住宅街もある都会に立地されている。そのため、その村から高校に通うには、路線バスで二時間もかかり、運賃も安いものではない。だから、身体の弱いヒラカドだけ高校に通った。一方、ヒラカツは、学費や交通費等を稼ぐために、小さな鳶の会社で働きだした。中学の卒業式の翌日から働いた。
 
 ヒラカドが二年生に進級し、桜の花がだいぶ散った頃、ヒラカツの現場はヒラカドが通う高校の近くだった。親方にお願いし、ヒラカドの下校時間が仕事終わりと近い日は、鳶の同僚達を送迎するワゴン車に乗せてもらうことにしていた。その方が、バスの運賃が節約できるし、ヒラカツがヒラカドと話しをする時間ができるからだ。
 それと、ヒラカツにとって親方や鳶の先輩達は職人気質で尊敬できる人達で、ヒラカドにとって社会勉強になるとも考えていた。
「よう、学校の勉強はどうだい、上手くいってっか」
「お疲れ様です、はい、なんとか、今日もお世話になります」
 ヒラカツの予想を反して、ヒラカドはいつも疲れた感じで、なかなか大人達に馴染めず、ヒラカツとの会話も弾まない状態だった。
「ヒラカツ、お前の兄貴は五月病かなぁ、お前と違って大人しいなぉ」
 ヒラカドをワゴン車に乗せてもらった翌日のある日、親方は心配そうに声をかけてきた。
「はい、実は三月頃から調子が悪そうなんですよ、だから、自分も話を聞く時間を増やしたいと思って兄貴の都合が良い日には一緒に帰ろうと思ってお願いさせて頂いたんですが」
「そうだったのか、お前達兄弟は山ん中で暮らしてて、こんな都会は慣れにくいのかなぁ、お前は身体動かして仕事して、わしらについてくりゃあいいけど、学生は集団生活だからなぁ、時には揉めごとがあったっておかしくないから」
 親方はヒラカドのことを気遣っていた。
「そうですね、兄貴は自分と違って小柄で運動音痴なとこがあって、勉強はできるんですが、もっと頭良い連中がいるだろうし、やっぱ馴染めないんですかね」
「人数多い学校だからな、そんなとこだろうな」
 親方にはヒラカツよりも歳上の子供が二人いて、年子の長女と長男がいる。その二人は大学を出て、既に社会人であった。そんな子育ての経験から、親方はヒラカドが虐められてる可能性を念頭にヒラカツに声をかけていた。だが、ヒラカツはそこまで気が回ってないようだった。
 
 その日の夕方、いつものようにヒラカツは正門でヒラカドを待っていると、なかなか現れないため、待ってもらってる親方や先輩達に謝りに戻り、ヒラカドと二人で帰ると告げ、再び学校へ向かった。
「ヒラカツ、やばいぞ、ヒラカドが上級生に連れてかれたぞ、裏門にいってみな」
 ヒラカツは正門の近くで中学の同級生だったモリナガに声をかけられた。そのモリナガは顔を青くして怯えていて、早口な小声でそういうと、速足で立ち去った。
 
「オラァ、田舎者の貧乏人、お前が高い点数を取ったらだめなんだよ、勉強すんな」
 ヒラカドは裏門近くの路地裏で同級生数人に袋叩きにされていた。地面に倒れ込んだヒラカドを無理矢理立たせた時、その様子がヒラカツの目に入った。
「オイッ、何してんだ」
 ヒラカツが叫ぶと一人がヒラカドの腹部に蹴りを入れ、ヒラカドは後ろへ飛ばされた。そして、後頭部を地面に叩きつけられて目を開いたまま動けないでいた。蹴りを放った同級生は驚き立ちすくんだ。
「し、死んだんじゃないか」
 蹴った奴の取り巻きの一人がそういうと、我関せずのような表情に切り替えて、蹴った奴を残し駆け逃げた。
「ヒラカド大丈夫か」
 駆け寄ったヒラカツは両手で挟むようにヒラカドの頬に優しく掌を当てた。
「し、死んだのか、俺が殺したのか、まさかあれで死ぬわけないよな」
 蹴りを入れた奴は辿々しい声で自分を正当化しようとヒラカツに聞いた。
「お前、許さん」
 怒りが頂点に達し、目を真っ赤にしたヒラカツはそいつに殴りかかった。そいつは最初、避けたり、殴り返そうと抵抗したものの、直ぐに殴られっぱなしの防戦一方になった。
 鼻血や口、瞼からの出血が目に入ってもヒラカツの手は緩まなかった。ふらつき出した相手の後ろ髪を鷲掴みにして、傍に立ってる電信柱に頭を叩きつけた、何度も何度も。そへで倒れ込もうとする相手を反転させ背中を電信柱に左手で身体を抑えつけ右手でなぐりかかろうとかするが、座り込むように地面に崩れていった。一向に怒りが収まらないヒラカツは左手で前髪を掴み後頭部を何度も電信柱に叩きつけた。

「もう止めなさい、死んでしまうぞ」
 二人の警官がヒラカツの腕を抑えうつ伏せにした。
「こいつらが兄を袋叩きにしてたんです。兄は手が出せずにやられっぱなしで」
 うつ伏せのまま、我に返ったヒラカツは二人の警官にそういった。
「君のお兄さんはどの人かな、お兄さんを助けようとしたとしても、これは過剰防衛ですよ。とりあえず、署で話しを聞かせてください」
 冷静になったヒラカツを立ち上がらせながら一人の警官はそういい、パトカーへ向かった。
 後部座席に乗せられそうになった時、ヒラカツは二人の警官を払い除けて逃げ出した。
 
 ヒラカドは地面に後頭部を叩きつけた時、後頭葉と小脳に挫傷を受けて出血した血腫が脳幹に強い圧力を与へ即死していた。
 一方、ヒラカドに蹴りを入れた学生は、外傷性多発性くも膜下出血を負い、緊急手術で一命は取り留めたが、植物状態の後遺症が残った。
 翌日には、植物状態なった以外のヒラカドへ暴行を加えた連中が判明し、複数で暴行されていた状態からヒラカツは結果的に過剰抵抗になった可能性があり正当防衛に相応しいと捉えてもおかしくはないと判断されていた。
 
 ヒラカツは幼い頃にヒラカドと作った、小川の上流にある秘密基地に辿り着いていた。
 ここで隠れていれば、母親や祖父母、親方達にも迷惑をかけないだろう、一、二年、ここに住んでいれば熱りは冷めるだろうと考えていた。同時に、ヒラカドを衛れなかった悔しさも感じてた。

 その時である、野生の猪がヒラカツに突進してきた。避ける事ができず、猪の牙は左脚を突き刺し、空中で一回転させた。再び猪は突進してきて、今度はヒラカツの右脇腹に牙を突いた。その猪の遠くの木陰には数頭のウリ坊が静かに身体を寄せ合っていた。
 ヒラカツの脅威から猪は子孫を衛ったのだった。自然の摂理の何物でもないできごとだった。
 大量出血でショック状態に陥ったヒラカツはそのまま息絶えてしまった。その亡骸は、骨まで全て野犬達の腹の中に収まった。
 
 警察の捜査は、行方不明と認定したヒラカツを発見できないまま、打ち切られることになった。
「ヒラカツ君はどこかで元気にくらしているのかな」
 あの時の警官の一人が呟いた。
 
 終



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