K.H 24

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短編小説 黒球

2022-02-21 08:26:00 | 小説
「おはようございます、ハタさん」
 目が覚めると、目の前に黒い球体が浮かんでいて、ハタに挨拶をした。
 ハタは、睡眠から完全に覚醒しておらず、右人差し指で右側から目を掻き始め、左目に人差し指を伸ばしていった時、表情を硬くし口を閉じないまま、指の動きを止めた。
「えっ、なにこれ」
 数秒間身体が金縛りではないものの、目の前の意味不明な状況を良き状況か悪き状況が弁別できずに止まっていた。
「えっ、なにこれ」
 急いで自分が眠ってるベッドの枕の傍の床に置いたゴミ篭を挟むように置かれた勉強机に置いていた眼鏡をかけ、黒い球体に対し、同じ言葉を発した。
 
「おはようございます、ハタさん、驚きましたね、無理もございません、このような浮遊体を目にするのは初めてのことだろうとお察しします、正に、未確認飛行物体と言いましょうか、ハハハ」
 
 これは日曜日の朝だった。ハタの両親がインフルエンザで寝込んで何もできない事態に陥っていた日曜日の朝だった。ハタ自身は窮地に追い込まれていたものの、自力で乗り越えなくてはならない窮地だった。
 というのは、ハタは高校受験を控えた中学三年生である。しかしながら、両親からインフルエンザを感染されないように、なるべく自分の部屋からでないようにと、昨晩は受験勉強の合間に、両親が寝静まると電気トースターと電気ポット、インスタントコーヒー、コーヒーカップ、食パン、チーズ、ハム等を緊急的に自分の部屋に持ち込み、日曜日するべき課題を遂行する状況を整えていたのだった。
 そういったウイルスからの簡易的ではあるが、自己防衛対策を無我夢中に施した翌日の朝だった。
 つまり、前日は自分自身を守るための窮地に立ち、一過性ではあるが、それを乗り越えて、少しばかり不安を解消した翌朝に自分の精神が崩壊してしまったのか、いや、昨夜のできごとは予測していなかったにせよ、その場しのぎと云われればそれまでだか、対処できた安堵を抱いて床に着けて短時間の睡眠から覚醒しようと身体が機能し始めた朝で、途轍もない不安感、恐怖感を覚えたが、この黒い球体と対峙せねばならない覚悟が湧き出てくるのであった。
 
「えっ、あんたが喋ってるの、あんたは何なんだ」
 ハタは、必死に声を出した。威嚇的な防衛本能を無意識に発動させて。
「ハタさんには被害を与えませんよ、正確にはこちらから意味のない攻撃なぞしようとは思っておりません」
「じゃあ、なんだよ突然、出てきやがって、お前は幽霊かなんかか」
 黒い球体がハタへ敵対する者ではないという言葉は、何か騙すための口上かのように受け止めた。
「幽霊ではありません、ハタさんには信じてもらえないと思いますが、私は未来からきたメッセンジャーAIです、現在、ハタさんと同じように、先進国であるアメリカ合衆国や大英帝国、中華人民共和国、ロシア、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア、インド等のハタさんのように我々AIが適任者として選抜した方々と対面してます、この対面は、将来起こり得る災難を伝えるのです、そして、それを予防もしくは大規模災害にならないように、ハタさんたちには協力して頂きたいのです。」
「はぁ、何か、映画みたいなことか、まさか、映画が現実になるとは思えないしな」
 ハタは半信半疑で、それも、馬鹿らしくも思えてきた。
「はい、映画、のようなセンセーショナルなことではありません、しかし、ハタさんたちのような世代が今知っておくと、その災難が起こらないようにする可能性がありますし、最小限の被害に喰い止める可能性も生まれます」
「へぇー、でもさ、本当にあんたは何なの、それが分からないと信じられるわけがない」
「そうですね、その通りです、先ず、私は西暦でいうと二四一二年から参りました、私どもの世界はAIの機能がめざましく発展しておりまして、日本のスーパーコンピュータフガクは一万以上の世代へと進化しております、そして私は、そのガンジー、フガクからガンジーに名前が変わったのですか、ガンジーから作り出された、現在のフガクより一〇〇〇倍の機能を持ち合わせたAIでケンヂと名付けられております」
「いやいや、そんこといわれても、そうである証拠を見せてよ」
「まぁ、そうなりますよね、では、ハタさんはこれまで日本で使用されてきた紙幣をご存知ですか、一万円札、五千円札、千円札、五百円札、百円札まででしたら」
「五百円札からは分からないな、五百円と百円は玉しか知らないよ。」
「では、ご自分のパソコンで検索してもらえますか、ネット繋がってますよね、ハタさんが検索している間、私は過去に遡って、それぞれ紙幣の記番号の最初のものを取って参りますね」
「えっ、そんなことできるの」
 ハタの疑いの表情は変わらなかったがAIであるケンヂは残像を残すこともなく一瞬で消えた。
 
 全くもって信じないハタは、トイレを済ませてきて、トースターにチーズとハムを載せた食パンを二組入れた。苦いインスタントコーヒーを一口啜ろうとしたが、熱すぎて、〝ふぅーふぅー〟を息を吹きかけて、少しだけ口に含めた。
 この作業工程をゆっくり進めたが、食パンが焼き上がるのは、後五分くらいあったため、疑い晴れぬまま、パソコンを立ち上げ、検索ページで〝これまでの日本紙幣〟と入力し、エンターボタンを叩いた。
 
「只今戻りました、検索の結果、あっ、出ておりますね」
 トースターのようすを眺めていたらハタの背後にAIのケンヂが姿を見せていた。ハタは再び身体の動きが止まった。
 
 ディスプレイに映し出されたこれまで使用してきた紙幣の画像が並んだ。そして、ケンヂが過去から取ってきた紙幣を見比べると、同じもので記番号は最初のものだった。
 
「それにしても、ケンヂは未来や過去へどうやって移動するの」
 徐々にケンヂを信じ始めたハタは、素朴な疑問を投げかけた。
「簡単にご説明しますと、元々、地球上には古来から電磁波が存在してきました、私の時代のガンジーは電気信号を電波だけではなく、電磁波、空気中の窒素でも伝導、伝達を可能にしました、それに加え、相対性理論を応用して、時間波、時間層を制御することがなりました、私は常にガンジーと地球上にある様々な波で双方向性の通信を行っております、いわば、私のような存在は個であり、ガンジーの触手、手足であるわけです」
「へぇ、万能なんだ」
「いえいえ、万能ではありません、この地球上、宇宙には、それと、人類をはじめ、その他の動物や植物、微生物は謎だらけです」
 AIのケンヂは冷静に淡々とそう話した。
 一方、ハタはその話を受け止められないでいた。
「ハタさん大丈夫ですか」
「うん、頭で整理しきれないけど、あっ、ケンヂはメッセンジャーなんだから、僕に伝えることがあるんじゃないの」
 ハタは、このAIケンヂと過ごすことをこれまでに感じたことない恐さを覚え、ケンヂの目的を果たされて、早く独りになりたいと焦りが出てきた。
「そうでした、私のことを理解していただいたのですね、安心しました、では、ハタさんにお伝えすることは、今後、何十年後に地球規模の感染症が蔓延します、その病原ウイルスは、人類に対しての致死力は高くないのですが、未知のウイルスであるため、感染対策やワクチン接種、抗ウイルス剤の開発、使用が後手後手になってしまいます、ですから、感染対策法やワクチン、抗ウイルス剤を躊躇なく使っていくということを覚えていて下さい、将来、ハタさんがそのパンデミックに関わります、宜しくお願いします」
「はぁ、はい、インフルエンザじゃないだね、どんな病状になるの」
 ハタはただ覚えておくだけということに安心し、対策の糸口になることを聞き返した。
「すみません、それはガンジーでも予測できないのです、それは、地球上の人類が均一化した生活様式ではないからです、しかし、早めの対策、トライアンドエラーで試みて、問題発見、解決をし続ければ、大惨事にはならないと思います、是非、頑張って下さい。」
 
 AIケンヂがそこまで話を終えると、再びハタの目の前から残像を残さずに消えていった。
 
 数十年後、ハタは衆議院議員になっていた一〇期連続で当選した。
 
 更に数年後、地球上はパンデミックを迎えた。
 ハタは、早め早めの対策を取れずにいて、感染症が国民の生活、社会的生産活動へ多大な被害を及ぼすこととなった。
 
 そうなってはじめて、未来からのケンヂの忠告を思い出し、涙するのであった。
 
 終


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