創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

13・金策

2011-12-03 08:56:24 | 日記
「ジャーンケーン・・・」
 店内に響く気迫のかけ声。完全なマジモードだ。三回先勝の五回勝負。負けた方が支払いの責を負う。だが、通常の賭けとは訳がちがう。その金が、懐に無いのだから。負けた方は、雪降る街を金策に走りまわることとなる。それでも金がつくれなければ、店側に首を差し出さなければならない。絶対に勝つしかない!それは、この修羅場から逃れるためというよりは、
(ばかやろー、こっちは生きるか死ぬかの〆切が迫ってんだぞ・・・)。
 オレにとっては、この先のマンガ界を生き抜くための決死の勝負だった。
 しかし平穏はついに訪れない。オレはあっさりと三つの負けを重ね、屈辱的役回りを背負わされた。
「さっさと行ってきなさい。このビンボーマンガ家」
「うるせえ。そっちが呼び出したんだろうがっ。給料が出たかと思って来てやったのに」
「そんなわけないでしょ。25日には一日早い!今日は全国的に、全世界的に、全宇宙的に24日よ。どんかん」
「うるせえうるせえ」
 小麦がマフラーを差し出してくる。
「早くいってこい」
「言われなくてもいってくらー」
 奇妙な色使いのそいつを首にグルグル巻きにし、びちょびちょのコンバースをはく。つめてー。なにもかもが。
 とっとと店を飛び出したかったが、外は今冬いちばんの寒さ。その前にストーブにあたり、セーターの中にたっぷりと暖気をためこんでおくべきだ。しばらく股火鉢状態でからだを温める。
(なんでこんなことに・・・)
 考えてみれば、この仕打ちはむちゃくちゃだ。理不尽きわまる。もう一度悪態をつこうと小麦に振り返った、そのときだった。
「んまっ・・・待てっ!小麦・・」
 思わず叫んだ。小麦の手に、いつの間にかシャンパンボトルが握られてる。その銃口は、まっすぐにこっちを向いてた。
「そんな高いのはだめだ!抜くな!」
「早く金をつくってこい。このカイショなし」
「待てって・・・・・抜くな!な、な。今日は穏やかにすまそ、な」
「いや、抜く」
 小麦の目は座ってる。この時点でオレは、ついにある決意を固めつつあった。それは何ヶ月も前から芽吹いて育ちつづけてた決意だ。核にある鬱屈は、ずっとずっと硬い萼の中に背中を丸めて閉じこもってた。踏み切れなかったのだ。が、今やその核は破裂する勢いでつぼみを割りはじめてた。
 ポンッ。
 突然、両目の間に火花がはじけ、頭が真っ白になった。同時にオレの中で、決意の大輪が、ぱっ、と開ききった。
 額の中央で弾んだシャンパンのコルク栓は、スローモーションのように宙空を一回転した。炭酸による推進力をたっぷりと眉間に打ち込み、柔らかなる弾丸はゆっくりと重力に従い、やがて力なく足下に転がり落ちる。
「大当たりー!きゃはははは」 
 小麦は、ボトルからあふれる盛大な泡に手首を洗われながら、笑い転げた。オレはその姿に殺意の一瞥をくれ、ようやく暖気でほぐれかけてた素足に覚悟の芯を入れた。
「行きゃあいいんだろ!」
 入口の引き戸を開けると、氷壁のような冷気が殺到する。そこに鼻先を突っ込むと、神経が瞬殺される。しかし、覚悟は揺るがない。止まらない小麦の嘲笑を背後に聞きながら、そのまま寒風吹きすさぶ街角に飛び出した。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

12・豪放

2011-12-02 09:16:02 | 日記
「・・・と、根菜のトマト煮込みね」
「おい、聞いてんのか?」
「なによ?」
「金あんのか、って訊いてんの」
 オレがマボロシ酒場にきてから、小麦はすでに三杯めの酒に手をつけてる。
「飲みすぎじゃね?」
「グラスより、ボトルの方がよかったかな」
「だからさ、なんでそんなに金持ってんの?」
「持ってないよ。あんたバカ?知ってるでしょ?今あたしが働いてないこと」
 小麦は財布の中を覗き込む。
「・・・30円しかないよ」
 一瞬、オレの顔は青ざめて見えたにちがいない。何せこの履きっぱなしのジーンズのポケットには、わずかに423円の小銭しか入ってないのだ。三日先の原稿料の振り込みまでは、この423円で食いつなごうと考えてたのだ。つま先の冷たさが背筋にまでのぼってくる。
 テーブル上に続々と運び込まれる「カマスの叩き」やら「ホタルイカとタケノコの酢味噌和え」なんかの豪華な盛りを見るにつけ、総身が凍りはじめた。それは、オレがここにたどり着く前に、すでに小麦が注文してたものだった(この女は、おっさん料理が好みなのだ)。
「おい、バカ。オレだって持ってねーぞ・・・」
 小声で伝える。
「知ってるよ。マンガが売れないからでしょ?」
 その通りだ。そのことは小麦だって身に染みてわかってるはずだった。なのに、どんな神経が30円の持ち金でこの品数をオーダーできるのか。オレにはこの423円が掛け値なしに全財産だし、小麦のヤツはいっぱしに派遣OLとはいっても、貯金ゼロ。破産宣告を一回やっちゃってて、クレジットも利かないってだらしない身の上。ふたりはすなわち、この資本主義社会においては徒手空拳の身。支払いに対しては手も足も出ぬという有様。逃げ道なし。
 ハシは付けてないから、このおいしそうな品々、下げてもらえませんか店員さん、あははー・・・と、交渉に及ぶその横で、コラ小麦!なにをうまそうに食べてるのかねっ!出しなさい。吐き出しなさいって。無理か。あ、いいんです、いやいやどうもすんませんね店員さん、てへっ。去りゆくスキンヘッドに、またも訝しげな顔でにらまれる。
「・・・やばい、やばい、やばいやばいやばい、これはさすがにやばい・・・」
「あ、ハゲ店員さん、ワインおかわり!」
 もう何品オーダーしても同じこと、か。ハラをくくった小麦は強い。しれっとした笑顔で、新しいワインを受け取る。
 その暴走を、オレには止めることができない。それ以前に、不思議な感動に包まれる。あきれるよりも、怒りを感じるよりも先に、目の前の豪放磊落な女に「羨望」の眼差しを向けてしまうオレって。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

11・露見

2011-12-01 11:02:43 | 日記
 ちょいヨッパの彼女は積極的だった。唇どうしが触れ合う。オレたちはお互いに相手を警戒しながら探り合い、合意の示唆を受けると、あとは動物的本能のおもむくままに指を滑らせ合った。コタツの足と格闘しながら、お互い絡み合いながらほぐれ合っていく。脱ぎつつ、脱がせる。オレは意を決して下半身のつるぎをパンツから引き抜いた。つらかった今年のクリスマス・イブも、ここ最後にきてささやかな物語を完結させることができる。自らのつるぎの柄を握りしめ、相手の的に照準を絞った。
 ところが、握った一物の容貌がなんだか変なのだ。つまり、コタツの明かりで浮かび上がったそれが、いつもとは趣を異にしている。見た目がどうもちがう。目を凝らしてその大きく張りつめた茎部を見てみると、なにやら怪しげな文様が入ってる。
「なんだこりゃ・・・・・?」
 驚いたオレは、彼女の上で飛び上がって部屋の電気をつけた。そして明るい蛍光灯の下でそれをまじまじと観察確認してみたのだ。
「キャーッ!」
 先に叫び声をあげたのは彼女のほうだった。オレはというと、声を失った。最初は訳がわかんなかった。だけど時間軸をさかのぼって思いだすにつれ、記憶の断片がスパークをはじめた。そして、ついに思い当たる解答が導き出されたのだった。謎の文様は、マン研の部室で酔いつぶれて寝入ったあのときに、マジックで描かれたにちがいない。
「あいつら・・・・・」
 声にならない声を虚空に絞り出す。そして脱力した。ふたりが見たものは、オレの全身にびっしりと描き込まれたウロコの落書きだった。その整然と裸体を埋め尽くしたウロコの列は、胸、腹、背中はおろか、尻からチンコの柄、さらに腿からつま先にまで連なり、足の裏に消え入る。なんという周到なテロリズム。部室で気を失ったように眠りこけたオレを、仲間たちは悪辣にも、画用紙にしてもてあそんだのだ。脱がせ、描き、犯行が発覚しないようにもう一度着せる。一分のスキもない仕事っぷりだ。そして顔への落書きは、ただのダミーに過ぎなかった。それは、関心の行方を本体に持ってこさせないための陽動作戦だったのだ。
 オレの意識の外で行われてた「持って遊ばれる」という行為を、脳裏で視覚的にイメージしてみる。背筋に冷たいものが走り、とっ散らかって叫びだしたくなった。
「きゃっ!きゃっ!きゃはははははははははは・・・!」
 しかし、またしても先に声をあげたのは彼女のほうだった。それは横隔膜が破裂したような笑いだった。彼女は小振りな乳房を、薄く縮れたヘアを、そしてまっ白でまん丸な尻を臆面もなく放りだし、部屋中を転げまわって笑った。屈託なく笑った。天真爛漫に笑った。デリカシーなく・・・満身で笑いつづけた。
「なにそれ~!魚人だっ。ぎょじんっ。うろこおとこっ」
 オレは笑いにつき合う以外に為すすべもなく、今や萎えきった剣を握りしめたまま、その場に立ちつくした。やがて、はたと我に返り、今すべきことを思いだした。そして美しく描かれた背びれに嘲笑を浴びつつ、バスルームに飛び込んだのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園