広範な国民連合・大阪

自主的で平和的で民主的な日本をめざす政治運動団体

三位一体改革、市町村合併を問う

2004-12-31 13:22:23 | 講演録(全国)
地方議員全国交流会における講演要旨(その2)

全国町村会副会長・京都府園部町長  野中一二三

 平成七年に「地方分権推進法」が成立してから十年が経過しようとしています。いま、三位一体改革や町村合併が盛んに論じられておりますが、地方分権が進んだのかと言えば、私は否と答えたい。多くの市町村はここ五、六年、大変苦労して財政再建のために事業見直しなどのスリム化を進めてきました。しかし、国や府県はどうか。進んでいないと思います。
 私に与えられたテーマは「三位一体改革、市町村合併を問う」ですが、基本的なことは小池先生が述べられたので、私は小さな町での自主的な努力を紹介し、そこから国のあり方についても、少しばかりもの申したいと思います。

 農協組合長と町長

 昭和五十四年四月、何の学歴もない私がひょんなことから町長になりました。当時、町政は財政破綻で大変混乱していました。農協組合長として農協の建て直しをしたあとで、町長候補に引っぱり出されました。ただし、農協の理事会から兼務でない限り立候補は認めないと条件をつけられました。それで、町長当選後しばらくは、町長と農協組合長を兼務していました。農協へ朝七時半に入り、そして役場には八時に入る。それが習慣になりました。三年前に農協組合長は辞めてからは、七時四十分に役場に入っています。業務が始まる八時三十分までに、前日までの決済をすべて終えて各担当課に返します。金曜日に出張した場合は土日のうちに、平日出張の場合は夜に帰ってから役場へ行って決済します。

 日の当たらぬ所に日を当てる

 私は日の当たらない周辺に日を当てていくことを行政の基本にしてきました。農村の基盤整備、道路網、利排水、これを端からやることを徹底してきました。町の中心部と違って、周辺部は意識的に手を加えないと改善が進まない。端からやれば用地買収が安くできる利点もあります。道路整備では生活道路をそのままにして、通過道路を田圃の真ん中に作りました。園部町には農地が千ヘクタール、宅地が千ヘクタール、山林が八千ヘクタールありますが、まず農地と宅地をきちんと整備してきました。

 財政再建は町長が先頭に立つ

 財政再建のために最初に手をつけたのは公用車の廃止です。初登庁日に公用車は処分し、運転手には役場内の仕事をしてもらいました。以来二十六年間、自分で自家用車を運転しています。まず自分たちをたださなければ財政再建はできません。そこで、町長、助役、収入役の歳費一〇%、管理職手当三%をカットする条例改正を議会に提案しました。職員は減俸するわけにはいかないので一年間の定期昇給ストップを提案しました。職員組合との交渉では、私が百七十三人全員と団体交渉して納得してもらいました。理事者が表に出て交渉することが大事です。だめだったら辞表を出せばいいのです。
 次は役場の物品購入です。一年間にかなりの額の物品購入をしているが、ほとんど点検されていない。そこで「町民の税金で買うのだから町内で買うこと」、「徹底して値切ること」を指示しました。売買という字は「四」で買って「十一」で売ると書き、七つが利益だと教えています。値切られて損をするなら売らなければいい。それでも売るというのは、利益があるということです。行政が厳しくなれば、商売人も仕入の厳しさを身につけます。
 B&G財団が競艇の利益を市町村に配分してプールや体育館を建てるという制度ができ、園部町は最初に手をあげました。用地は地元が準備するという条件がありましたが、財政難で用地の確保ができない。役場の横に小麦山という十ヘクタールの国有地がありました。昔のお殿様の土地でした。その一部を多目的公園に使わせてもらいたいと国にお願いしたら、国の方は大蔵省が「そんな無茶な話は認められない」の一点張りです。そこで、私は京都の財務局に行って申し上げました。「国有地は国民のものであり、地元町民のものではないのか。その一角を地元町民のために有効利用するのがいけないと言うのなら、明日にも東京に持って帰ってくれ」と。結局、国有地の一角を利用させていただけることになりました。

 日本人の主食、お米を大切に

 園部町では、昭和五十八年から小学校の学校給食をすべて米飯にしました。それまで米飯は週二回程度で、文部省や農水省の指導で古米や古々米を使っていました。それを知って驚き、すぐにやめさせました。以降、農薬や化学肥料を使っていない地元の米を優先して使い、五つの小学校全部の教室に炊飯器を入れて炊きあがる様子を子供たちにみせること、そして一つの釜の飯をみんなで分けて食べることを実行しています。おかずは最初の五年間は家庭から持参してもらいましたが、今は給食センターから配送しています。次の世代をになう子どもたちに、日本のお米の大切さとおいしさをきちんと教えていかないとだめです。
 戦後の食糧不足の時代に、アメリカは親切ごかしに日本人にパン食とミルク類を食べさせました。実はアメリカの小麦を日本に買わせるための政策で、以降、日本人の食生活はパン食とミルク類に切り替えられ、アメリカに食べ物を乗っ取られました。お米が日本の主食であることを自覚して、せめて一日に一食から二食はお米を食べよう。朝はご飯と味噌汁と漬物を食べよう。そう言いたい。お米の消費が伸びれば農村も助かります。パンを食べ、コーヒーを飲むのが文化的だというのはおかしい。国全体のことを何も考えていない。このことを十分考えてほしいと思います。
 下水処理もよそと違ったやり方で進めました。平成四年から平成十一年までの七年間で町内六千戸の全家庭に下水処理を完備しました。周辺の町では一戸の負担金は百万~百五十万円でしたが、園部町は四十万円にしました。そのかわり、事業の認可と同時に全戸に前納してもらいました。全集落がまとめて農協や銀行から借り入れる仕組みにし、すぐ払えない家庭も引け目を感じないですむようにしました。すぐに払える家庭は翌日返済してもよい。もう一つは、地域全体の円満性も考え、事業開始から完成するまでに引越や死亡があっても前納金を返さないことにしました。

 生活を見直し、リサイクルを

 平成五年には「生活を見直し町を美しくする条例」を作りました。徹底したリサイクル活動の条例です。毎月八日がリサイクルの日になっています。各家庭は再利用できるものを分別し、各地域の環境推進委員が「資源の館」に持ち寄る。それを業者に引き取ってもらう。廃品として捨てればゴミですが、このリサイクル活動で一年間に七、八千万円のお金になります。
 園部町の分別は徹底しているので再利用しやすいと業者の評判がよい。分別は子どもからお年寄りにまで徹底しました。例えば「飲み終わった時に、缶を握ってつぶれればアルミ、つぶれなければスチール。各家庭に二つの箱を起き、分別して下さい」、「グラスについで牛乳パックが空になった時に、すぐ水を入れて洗って下さい」と。資源を大切にする教育を家庭や学校などで徹底しました。
 「女性の館」という女性専用の館を作っています。女性陣が自分たちの箪笥の中に眠っている着物を持ち寄って、小物などを作る作業場です。自分たちが持ち寄るので、材料費はかかりません。いろんなものが出来ます。売上げは多いときには月二、三十万円になります。これも再利用、リサイクルの一つです。

 子宝条例、すこやか学園

 子どもとお年寄りに対する対策は行政の基本です。子どもは宝です。ところが、日本の行政には子どもに対する施策がきわめて少ない。園部町は「子宝条例」を作りました。
 園部町に三年以上住んでいれば、出産時に第一子に五万円、第二子に十万円、第三子に三十万円の「子宝祝金」を出します。満五歳まで月額で第一子に三千円、第二子に四千円、第三子以上には六千円の「すこやか手当」を出します。いま子どもに対する虐待などがありますが、財政的な負担も大きく作用しています。だから、安心して子育てができるようにすることは大切です。
 月に一回、前月に生まれた子どもの親御さんに来ていただいて祝金と認定書を渡します。認定書にはすこやか手当を支給しますので大事に育てて下さい、と書いてあります。そして、「親子の絆を大切にし、一日一回、必ず子どもを力一杯抱きしめて、あなたは私の子どもよ、元気に育ってね、と語りかけてください」とお願いしています。
 子どもが病気になった場合、医療費の助成も大事です。親の負担は一カ月二百円、それ以外は町が全額負担します。当初は六歳まででしたが、現在は高校卒業までの制度にしました。
 「すこやか学園」制度も作っています。幼稚園に入るまで保育所に行かない子の親離れのために、幼稚園の横に「すこやか学園」をつくり、三歳児の一年間、週二日ですが、親と子どもが一緒に来てもらえるようにしました。また、親の負担を軽減するため、幼稚園が終わった後、保育所に戻せるようにしています。

 ふれあい介護制度

 園部町は国に逆らって、家族介護に支給できる「ふれあい介護制度」をつくっています。地域の施設介護はいいけれども、施設が満杯でどうにもならない状態がどこにもある。だから、それ以前に家族が介護ができるシステムをということです。その場合に大切なことは、家族介護で生活に支障をきたすようにしないことです。まず、町民に三十時間ほどの介護研修をしていただいて、平成七~九年の三年間で八百人余りのホームヘルパーをつくりました。そして、園部町が平成九年につくった福祉シルバー人材センターという財団法人にヘルパーの資格をとった人を全員登録しました。介護の必要なお年寄りが出た場合、福祉シルバー人材センターに申請してもらいます。認定機関がたまたま認定したヘルパーが家族でも法律違反にはなりません。現在、約百二十人がふれ合い介護で家族介護をしています。
 ただし、八百人余りの資格を持つ人がいても、そこから外れる人もいるわけです。具合が急に悪くなったりして、家族に資格を持つ人がいない場合もある。そこで、資格がないけれども家族介護をしている家族に月三万円の手当を出す制度を作り、その間にできるだけ早く資格をとってもらうようにしています。
 介護保険料は、全国的には所得に応じて五段階、二百五十万円以上の所得がある人は基準額の一・五倍になっています。しかし、園部町は六段階です。園部町で五百万円以上の所得のある人を調べたら一二、三%います。そこで五百万円以上の人には二倍の保険料をもらう。そうすることで低所得者の保険料を安くする。保険料が無料だと肩身の狭い思いをしますから、安くしても無料にはせず、遠慮しないで介護を受けられるシステムにしました。いま月額保険料は、基準額が全国平均で三千四百円ですが、園部町は二千九百円で、最低は基準額の四分の一(七百二十五円)、最高は二倍(五千八百円)の六段階になっています。園部町の保険料が安くて済むのは、家族介護で支えているからです。全国でも六段階制をやっている市町村は少なかったのですが、三年目の今年は三百四十に増えました。

 農地、山林を荒廃から守る

 いま私の町で最大の計画は、農地と山林の保全対策です。農村部も燃料がプロパンガスに代わってから山に入らなくなりました。だから山が荒れ、山に実のなるものがなくなり、鳥獣が山から出てきて農地を荒らすようになった。やはり山に入り、下刈りをして、実のなる木をはやしてやる。それをこれから五年、十年かけてやる必要があります。そのモデルとして一カ所選んで取り組んでみたい。山の裾と農地の間に、十メートルずつお茶、梅、栗を植える。お茶と梅と栗を三段階にして実のなるものを作って売っていく。中高年の人たちに、お茶や梅や栗を育ててもらって、同時に少しでも所得につながっていくような施策を実現したい。そうやって、農村を次の世代が守ってくれる条件を整備しようと思っています。
 農地も同様です。せっかく基盤整備しても、このまま放置していたら三年か五年すると、今の六十代、七十代の人は農作業ができないようになり、農地は荒れて手がつけられないようになります。だから地域で農地を守ることが大事です。園部町では農業者を徹底して育ててきました。農業者や請負耕作者という人たちがそれぞれの集落で農業を守ってくれるシステムを、この四、五年の間に作りあげたいと思います。

 米国に毅然ともの言える国を

 国に対しては申し上げておきたいことがあります。平成十三年九月十一日にアメリカで同時テロが発生しました。あの事件は、あまりにもごう慢になったアメリカに対して、「アメリカよ、目覚めよ」という警告だったと思います。アメリカだけが正義で、アメリカに逆らう者は悪だという錯覚がアメリカにはあります。日本には、そんなアメリカの言うことを聞いておればいいという風潮さえあります。小池先生もおっしゃったように、アメリカに毅然とものを言える人が総理になってもらわないと、日本は大変なことになる。私たちは思い切ってアメリカを批判すべきだと思います。
 クリントン大統領が約束した京都の議定書を、後任のブッシュ大統領は守ろうとしていません。こんな馬鹿なことがありますか。前任者が約束したことはちゃんと継承すべきです。ブッシュ大統領は、アフリカで開かれた会議でも、人種差別問題で反対しました。また、アフガニスタンやイラクの問題では、小池先生からいろいろお話がありました。罪もない子どもやお年寄り、女性たちが犠牲になっている現実は耐えられません。日本はこれらのことについて、正面からものを言わなければならないと私は思います。
 ところが小泉さんではそれができない。小泉さんの家は、お祖父さん、お父さん、そして小泉さんと、国会議員しかも大臣が三代続いている。こんな家庭で育った人に、私たち貧乏人の痛みが分かりますか。何の苦労もなしに国会議員になった人だから、人の痛みは何も分からない。平気でいろんな発言ができる。私たちは力を合わせて、小泉内閣打倒の声を上げる必要があると思います。これからの国民のために、私たちは何をなすべきか。当面は小泉さんに総理大臣をやめてもらう以外ない、というのが私の実感です。
 何はともあれ、過疎を過疎にしないで、農村にもう一度人が住めるように、そして若者が定住できるようにしたい。どんな農村であっても人が住み、そして地域を盛り上げることができるように、みんなが努力をしよう。今回の全国交流会が、そんな申し合わせができる集まりであってほしいと願っています。ご清聴ありがとうございました。

イラク派兵は国を亡ぼす

2004-12-30 23:02:27 | 講演録(全国)
地方議員全国交流会における講演要旨(その1)

新潟県加茂市長・元防衛庁教育訓練局長 小池清彦

 三位一体改革、市町村合併も
 国を亡ぼし地方を亡ぼす

 私のテーマは、イラク問題が中心でございますが、市町村合併問題にも少しふれたいと思います。資料の「国を亡ぼし地方を亡ぼす市町村合併に反対する」、これは平成十四年十二月十日付で書かせていただいたものです。
 市町村合併問題とイラク派兵問題の根はまったく同じです。イラク派兵も、市町村合併や三位一体改革も、すべて全体主義・軍国主義の方向へ、没落に向かっていくものです。三位一体改革あるいは市町村合併は国を亡ぼすもので、これが実行されれば地方の民主主義は終わり、一国の民主主義もなくなります。平和主義もなくなってしまう。大変な危機です。
 三位一体改革には狭義の意味での三位一体改革と、広義の意味の三位一体改革があり、政府がやろうとしているのは広義の意味の三位一体改革です。「国から地方への補助金や交付税を減らして、同じ額を税源として地方に移譲する」と説明されています。もしそうなら、プラス、マイナス、ゼロで、やる意味がありません。実際は同額ではなく、地方交付税の大幅削減があります。

 地方交付税は最良の財政制度

 交付税とは何か、日本が世界に冠たる地方財政制度、世界最良の地方財政制度の根本です。日本の中で真に富める地域は太平洋ベルト地帯の大都市だけです。全国の税収の四割以上が東京からあがると言われています。大企業の本社をはじめいろいろなものが一極集中しているからです。全国の自治体にはあまりにも大きな貧富の差があります。そこで太平洋ベルト地帯の大都市からあがる大きな富を税金の形で吸い上げて、それを地方交付税の形で全国の自治体に分け与えてきました。これによって、全国は同じ生活をできて、日本は短時間の間に世界第二の経済大国になれたのです。
 加茂市だけでなく地方の市町村は全部、国からの地方交付税で生活しているのです。もし、太平洋ベルト地帯からあがる富をその地域の都市が全部消費していい、地方は地方であがる富を消費せよ、ということになれば大変です。加茂市の現在の一般会計予算は約百四十億円、約三十億円の利子補給部分を除くと実質的には約百十億円です。それに対して、加茂市の税収は約三十億円です。加茂市は三十億円の収入だけで生活せよというのは、戦争直後のような生活をせよということです。全国の大部分の地方が戦争直後の生活になります。一方、太平洋ベルト地域の大都市だけが王侯貴族のような生活をすることになります。それで日本はどうなるのか。自動車も売れませんから、トヨタもニッサンも困る。輸出だけではもちません。たちまち太平洋ベルト地帯ももたなくなり日本全体が没落する。そうならないように全国の富を全国に分配するすばらしい地方財政制度が、日本を支えてきたんです。

 横須賀方式と添田方式の闘い

 それを構造改革の名のもとに一気に破壊しようとしているのが小泉総理です。小泉総理は横須賀市ですから、総務省の官僚はこれを都市中心主義の「横須賀方式」と呼んでいます。それに対抗して頑張っているのが全国町村会です。野中先生は、全国町村会の副会長です。会長さんが福岡県添田町の山本文男町長です。官僚は小泉総理の「横須賀方式」に対して「添田方式」と呼んでいます。三位一体改革も市町村合併も、「横須賀方式」と「添田方式」のたたかいなんです。
 「横須賀方式」とは地方へのお金を徹底して削る。削減する理由は簡単です。七百二十兆円の財政赤字なんです。市町村合併も七百二十兆円という政府の財政赤字を減らすためにやるのです。

 合併すれば地方交付税は激減

 地方交付税には段階補正制度がありまして、小さな市町村ほどたくさんの地方交付税がくる。それで全国が平等の生活をできるのです。
 例えば、加茂市も含めた六市町村の合併話がありました。加茂市は応じませんでしたが、仮に六市町村が合併すると二十万都市になります。現在六市町村の地方交付税の合計は年間二百億円、近くにある二十万都市の長岡市は百億円です。六市町村が合併したとたんに交付税が二百億円から百億円に減る。需要には相乗効果がありますから二・五倍の需要がこの地域からなくなる。つまり合併すれば、年間二百五十億円の需要がこの地域からなくなる。とたんに地域はさびれます。

 多数の市町村は民主主義の基礎

 欧米の市町村の数をご存知でしょうか。ドイツの人口は八千二百万人で、市町村は一万二千以上あります。アメリカは人口二億八千万人で市町村は一万八千です。フランスは人口六千万人で市町村は三万七千です。市町村の規模は小さく、直接民主主義が十分加味された民主的な市町村制が行われて、それを基盤に民主主義が成り立っています。一方、人口一億二千七百万人の日本は市町村がわずか三千二百です。小泉さんはこれを三百以下にするという。
 人口五十一万人の新潟市が、周辺十二市町村を吸収して七十六万人の政令指定都市になる、という話が進んでいます。「新潟県の住民になりたいか、政令指定都市・新潟市の住民になりたいか」と問われたら、私は「新潟県の住民になりたい」と答えます。なぜ、そう答えるか。
 数年前に、新潟県が県立加茂病院の縮小・廃止方針を打ち出しました。私も市議会も立ち上がり、住民あげての大抵抗運動を展開し、縮小・廃止計画を阻止しました。新潟県ならば、その中に市町村長がおり、市町村議会があり、それが抵抗の核になります。ところが政令指定都市・新潟市になると、抵抗の核となる市町村がなくなります。
 原発闘争で有名な巻町では、原発反対でスクラムを組んでいた人たちの半分くらいが合併賛成に回ってしまい、合併反対の側は住民投票で負けてしまいました。政令指定都市・新潟市の一部になれば、巻原発ができる可能性があります。今までは巻町でしたから、原発反対の町長を選べばなんとか阻止できた。しかし、新潟市に合併されれば、巻町長そのものがなくなる。将来、巻原発ができる可能性があります。
 小泉さんの進める三位一体改革や市町村合併は、国を亡ぼす危険なものです。

 親日を反日にするイラク派兵

 まずイラクの戦いと何か。マホメットがアラビアに現れて以降、この地域では千数百年にわたり、キリスト教徒とイスラム教徒の間で熾烈なたたかいが繰り返されてきました。二十世紀になるとユダヤ教徒が参入してきました。「数千年前にわれわれの祖先がこの土地に住んでいた。だからここに住む権利がある」といって、そこに住んでいたパレスチナ人を追い出し、イスラエルを建国した。それ以来、追い出されたパレスチナ人は当然、熾烈なたたかいを展開する。パレスチナ紛争です。
 イラク戦争というのは、こうしたキリスト教徒とイスラム教徒の熾烈なたたかいの延長であり、パレスチナ紛争の延長でもある。私はそう考えています。本来、日本とは関係がありません。それなのに小泉総理は何を間違ったか、「テロは許さない」などといって踏み込んでいった。「九・一一」のとき確かに日本人の方も犠牲になられました。しかし、あのテロは日本に向けられたテロではありません。そのことを考えてみる必要があります。
 石破防衛庁長官がテレビで「いま自衛隊を出して協力しなかったら、今後イラクの石油はもらえなくなる」と発言しました。イラクが日本に対して、石油を止めたことがありますか。イラクには親日の人たちが多いことを石破さんは知らないのでしょうか。イラクの人たちは逆に、味方だと思っていた日本がアメリカの片棒をかついで自衛隊を出した、裏切られたと思います。自衛隊を出したために、石油をもらえなくなる可能性があります。

 戦闘行為のおかしな政府見解

 イラクは不正規軍によるゲリラ戦の戦場です。ところがイラク特措法上は、不正規軍によるゲリラ戦は戦闘行為ではないことになっています。イラク特措法第二条の3項に「戦闘行為が行われてない地域」で行うと書かれており、その戦闘行為とは「国際的な武力紛争の一環として行われる」戦闘行為と定義しています。政府の説明では、国際的な武力紛争とは国と国あるいは交戦団体との戦争です。ただし、交戦団体たりうるには相手方が承認しなければならないが、そんなことはめったにあり得ることではない。結局、国と国との戦闘だけが戦闘行為ということになります。
 国会でそういう議論がないので、私は「イラク特措法を廃案にすることを求める要望書」を全国会議員と全大臣に提出しました。すると、政府の説明が変わりました。イラク特措法にない「戦闘地域」「非戦闘地域」という言い方をはじめました。民主党の菅代表から「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か」と問われた小泉首相は、「私に分かるわけがないじゃないですか」という有名な答弁になりました。
 軍隊には正規軍と不正規軍の二通りあります。世界で行われている戦闘の中で、国と国、正規軍どうしの戦闘は今やほとんどなくなっています。ほとんどが、交戦団体とは認められていないゲリラ的な不正規軍との戦闘です。政府が主張するようにこれを戦闘行為でないと言えば、世界中のどこにも戦闘行為はないことになります。
 不正規軍は猛烈に強い。かつて中国にいろいろな王朝が出てきましたが、最初は不正規軍で、やがてその親玉が新しい王朝をつくりました。ナポレオンはスペインを征服したが、現地のゲリラが蜂起してナポレオンは敗退した。アメリカもベトナムで不正規軍・ゲリラに敗れて敗退した。ソ連軍もアフガニスタンでゲリラに敗れて敗退した。こうした歴史を無視して、不正規軍との戦闘が行われている所に自衛隊を出すことができるイラク特措法という法律をつくった。世界のあらゆる地域に自衛隊を出すことができる端緒をつくった。

 違反だらけのイラク派兵

 政府のこれまでの解釈では、海外派兵は憲法違反です。海外派兵の定義は、武力行使の目的をもって武装した部隊を海外に派遣することでした。イラクの場合はどうか。武装した自衛隊を派遣する。武力行使の目的をもっていく。明らかに憲法違反です。
 政府は、武力行使の目的ではない、かりに武力行使をする場合でも正当防衛だという。人類の歴史上、他国を征服する場合でも、正当防衛だといって征服してきたのが常です。正当防衛とは、撃たれたら撃ち返す、あるいは相手が撃たんとしているとき先んじてこれを撃つことです。まさに武力の行使です。武力の行使を前提として海外に自衛隊を派遣すること自体が憲法九条違反です。
 同時に自衛隊法違反でもある。自衛隊法には「自衛隊の使命は我が国の独立と平和を守ることにある」と書いてある。自衛隊員はそのために入隊している。「やがてイラクに行って命を落とすかも知れません」などと言って募集してはいません。イラクに行くなどというのは契約違反です。だから、イラク派兵は憲法違反であり、自衛隊法違反であり、契約違反であり、人権侵害です。
 箕輪登先生などが違憲訴訟を起こされていますが、どうなるでしょうか。裁判ですから勝ったり負けたりするでしょうが。最後に最高裁まで行ったら、いまの憲法解釈と同じになるのではないでしょうか。「統治行為だから」と棚上げにされる可能性があります。

 自衛隊員と家族は針のむしろ

 子どもの頃、出征兵士を日の丸の旗を振って駅まで見送りに行った覚えがあります。区長さんか誰かが激励のあいさつをする。これに応えて出征兵士が「元気で行って参ります」とあいさつする。しかし、自分が死ねば残された妻や子はどうなるのか、心の中はとても深刻だったと思います。あれと同じ光景が、自衛隊をイラクに派遣するなかで展開されました。自衛隊員二十四万人、家族も含めると百万人の人たちが、針のむしろにおかれている気持ちなのではないでしょうか。
 幸いに現在まで犠牲者は出ていません。何回か迫撃砲が撃ち込まれましたが外れていました。しかし、一つのテントに百人くらいで寝ているわけです。塹壕を掘って入っていなければ、迫撃砲弾があたると半径五十メートルくらいは全員即死する。寝ているところに撃ち込まれたら大変なことになります。

 兵站補給=戦闘行為はひた隠し

 イラク特措法第三条に自衛隊が行う行為は二つ書いてあります。一つは政府がさかんに宣伝している「人道復興支援活動」です。小泉首相は「自衛隊はイラクの復興支援活動に行く、人道支援だ」という。問題はもう一つの「安全確保支援活動」で、「イラク国内における安全及び安定を回復するために…中略…、国際連合加盟国が行うイラク国内における安全及び安定を回復する活動を支援するために我が国が実施する措置」と書いてある。「国際連合加盟国が行うイラク国内における安全及び安定を回復する活動」とは、米軍が行っている戦闘行為、あるいは米軍に協力している国々が行っている戦闘行為そのものです。そういう戦闘行為を「支援するために我が国が実施する措置」が安全確保支援活動です。戦闘行為そのものです。
 「安全確保支援活動」を主としてやっているのは航空自衛隊です。人員を運ぶ、物資を運ぶ、弾薬を運ぶなどの兵站補給です。戦争で一番重要なのは兵站補給です。戦争で一番大事なことを自衛隊はやっている。法律上は書いてあるのに、政府は国民にひた隠しにしている。

 近づく徴兵制の導入

 イラク派兵によって、海外派兵に風穴があきました。イラクだけでなく、いつでもどこにでも派兵できる恒久法をつくろうという動きもあります。今後はゲリラ戦の戦場にどんどん派兵するようになります。そうなると戦死者が出てきます。戦死者が出てくると、自衛隊入隊者は少なくなります。しかも少子化の時代ですから、自衛隊員の募集はいっそう困難になり、徴兵制の導入が問題になってきます。
 徴兵制は憲法で禁止されていませんから、国会で強行採決すればすぐに導入することができます。森内閣の時に、教育改革国民会議という首相の私的諮問機関ができました。この教育改革国民会議の中間答申には「小中学生は二週間、高校生は一カ月間、共同生活などによる奉仕活動を行う」とあります。さらに「満十八歳の国民すべてに一年間程度、農作業や森林の整備、高齢者介護などの奉仕活動を義務付けることを検討する」とうたっています。これは形を変えた徴兵制です。このまま行くと徴兵制は近いと思います。

 アメリカにもの言えぬ首相

 アーミテージ米国務副長官が、外務省の有馬大使に「お茶会をやっているのではない。ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言ったそうです。イラクに軍靴つまり自衛隊を出せということです。
 これを聞いた小泉さんが震え上がったのか、あるいはチャンスと思って震え上がったふりをしたのか、私は両方だと思いますが、自衛隊派遣を決断した。こんな発言に対して「はい分かりました」ともみ手をしているようではダメです。「何を言っている。あなた方は過去に何をやったのか。原爆投下は人類史上最大のテロではないか」と怒鳴りつけ、毅然とはねつけるべきです。
 小泉首相系統の人間は「イラクに派兵してアメリカと仲良くしておかないと、いざという時にアメリカの助けを借りて北朝鮮と対決することができなくなる」と発言しています。自衛隊を人身御供に差し出しておかないとアメリカが助けてくれない、というわけです。北朝鮮と対決すべきだと強がりをいうくせに、何と意気地のない人間か。独力で祖国を守ろうという気概がまったくない。本当にひどい発言です。

 世界から非難されるとの暴論

 政府は、イラクに自衛隊を出さないと世界から非難され、孤児になると言っています。しかし、たとえば中国はカンボジアのPKOに一度出しただけで、それ以外に海外派兵などしていません。それに対して「中国はけしからん」とどこの国が非難していますか。
 外国人との接触で私が感じた外国人の日本・日本人に対するイメージは、「サムライ」、「神風」、「ヒロシマ」、「ナガサキ」の四つに集約されます。「サムライ」とは超人、「神風」とは自爆テロではなく、犠牲を恐れぬ現代のサムライという意味です。「ヒロシマ」「ナガサキ」とは被爆体験による平和愛好国民という意味です。
 日本は平和愛好国民として尊敬されているのに、海外に派兵できる普通の国になると言い出した。そうなってしまえば「日本は変わった」と見限られます。「自衛隊を派遣しなければ世界から非難される」というのはまったく逆の話です。

 憲法九条は国の宝

 戦争が終わったとき、私は小学三年でした。当時、日本は世界の四等国で、独立しておらず、完全な占領状態にありました。私の叔父も戦死しましたので、戦争の悲惨さが身にしみると同時に、子どもながらもくやしくてたまりませんでした。そこに憲法九条ができたものですから、これは大変だ、日本は憲法九条を改正して陸海空軍を持ち、再び繁栄する国になるべきだと思いました。ところが、幸か不幸か憲法と両立する形で陸海空の三軍ができました。私は、自衛隊は憲法と両立する軍隊だから憲法改正をする必要はないと思いました。
 憲法九条ができた当時、誰も気がつかなかった憲法の意義が、今や大きくクローズアップされてきています。この憲法九条があるがゆえに、朝鮮戦争に派兵せずにすんだ。平和憲法がなかったら、日本は朝鮮戦争に派兵させられた可能性が高いし、ベトナム戦争には間違いなく派兵させられていた。アメリカの後にくっついて、世界のあらゆる戦争に派兵させられていたに違いない。
 私がそれを身にしみて実感したのは湾岸戦争の時で、国連平和協力法案が国会に出てきました。防衛研究所長をやっていた私は、この法案に反対だと言って庁内を歩きました。事務次官にも「反対です」と言いました。政府部内は自衛隊を海外に出したくてしょうがなかったのですが、自衛隊内は慎重論が強かった。結果的に法案は廃案になりました。だから、憲法九条が国を守ると実感しました。憲法九条がなかったら、自衛隊は一気に湾岸戦争に送られていたでしょう。
 これからが私たちの永いたたかいになると思います。もし平和憲法が改正されれば、そのときは徴兵制も間違いなくしかれる。日本人は海外に連れて行かれて、血を流すことになる。そして再び惨禍が日本をおそうことになる。私たちは今、きわめて重要な時期にさしかかっていると思います。私も及ばすながら、皆さま方と一緒にたたかわせていただきたいと思います。ご静聴ありがとうございました。 

RFIDの国際標準化とペンタゴン・ウォルマート連合 京都大学教授 本山 美彦

2004-12-29 21:04:05 | 講演録(全国)
 はじめに

 ある高名な先生が、判断力のない人間の典型として私を取り上げています。言外に、日本企業のだめな点を告発せず、すべてアメリカの陰謀のようにして日本企業に免罪符を与えている「陰謀史観」だ、というニュアンスで書かれています。私は逆に、今ここで反戦の声をあげずにいつあげるのか、とお聞きしたい。
 いま経済学の世界では、マーケットがすべてを決める、という神話が流行しています。人間の自由な競争によって世の中が進み、特定の個人や権力者が社会を動かそうとしてもそれはできない、という考え方です。これは間違っており、力の強い権力が世の中を動かしている、と私は思っています。私たちが何気なく自由に行動しているように見えても、誰かが意図した誘導の中で動いています。例えば、東京の人はエスカレーターに乗るときは左側に立ちますが、関西では右側に立ちます。たまたまそうなったのではなく、まずそういう都市の設計があるわけです。アメリカと日本の企業が競争して日本の企業が負けるのは、アメリカが強いからだと単純に考えられていますが、与えられているルールが違います。
 例えば、パソコンのOS(基本ソフト)はほとんど、アメリカで開発されたウインドウズです。多くの人は自由な競争の結果、自然にそうなったと思っていますが、事実は違います。二十年も前に、東大助手だった坂村健さんがウインドウズよりも優れた国産OSのトロンを開発しました。そして松下がトロンを搭載したパソコンを作り、学校教育の場に持っていこうとしました。ところが、アメリカは、国家的な事業でウインドウズを排除している、トロンをやめさせろ、と圧力をかけてきました。日本の通産省はアメリカに屈し、ある有名な大会社がこれに結託して、トロンつぶしをやりました。松下の製品はアメリカでボイコットされました。自由な競争ではなく、力でねじ伏せられたのです。その立て役者であるヒルズ米通商代表部代表は、その功績でアメリカの巨大ゼネコンの重役になりました。
 松下のパソコンはつぶされましたが、トロンは生き残り、携帯電話に使われています。そして坂村さんは今、いつでもどこでも簡単にコンピューターを利用できる環境をめざして、ユビキタスIDセンターを作りました。例えば、洗濯物にICチップをつけておくと、洗濯機が情報を読みとり、洗剤の量、回転の速さ、洗濯時間を自動的に選択する。神戸市が名乗りを上げている自立的移動支援プロジェクトでは、歩道の点字ブロックにICチップを入れておき、目の不自由な方のステッキがそれを読みとって、音声で右に曲がってください、止まってくださいと知らせてくれる。あるいは駅の案内板に携帯電話をかざせば、どこ行きのバスは何番ですなどと教えてくれる。そんなふうに、生活に便利なインフラをつくろうと、四百を超える会社がユビキタスIDセンターに参加して技術開発をしています。

 人類の遺産を競売にかける

 私がイラク問題で許せないことは、人道的な問題もありますが、一万年以上の歴史を持ち文明の粋を集めた世界をアメリカが破壊し、人類の文化遺産を雲散霧消させたことです。これは人類に対する冒涜です。
 イラクは世界最古のメソポタミア文明の発祥地です。「イラク」は低い地域、つまり、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な低地という意味で、バグダッドは、神(バグ)の贈り物(ダッド)です。アレクサンダー大王は、川(ポタモス)の間(メソス)、つまり二つの大河の間にある地域ということで、メソポタミアと命名しました。
 アレクサンダー大王はマケドニアの小国から始まり、西南アジアを支配してヘレニズム時代を出現させた人です。彼はメソポタミアの知識人や哲学者に学び、新プラトン学派はその影響を受けています。メソポタミアのミトラ神崇拝は、後に、ローマ帝国全域に広まります。このミトラ神の誕生日が十二月二十五日です。コンスタンティヌス大帝はキリスト教を公認するとき、イエスの誕生日をこの日に変えました。それ以前のキリスト教では、イエスの誕生日は四月七日でした。
 近世になってから、ヨーロッパの哲学、宗教を無知蒙昧なアジアに教える、という考え方が強くなりましたが、歴史をひもとくとアジアがヨーロッパに強い影響を与え、両者の緊張関係の中で偉大な文明が発展してきたことがわかります。わずか三~四百年の歴史しかないアメリカが、一万年を超える交流の歴史の中で培われてきたものを破壊し、それを自由の進歩だと錯覚していることに激しい憤りを覚えます。
 アメリカはこの偉大な文化遺産を持ち去り、競売にかけました。米国防総省(ペンタゴン)とくんで競売のリストを作成したウォルマートの社長は、「われわれはサダム・フセインの悪政からイラク人を解放しただけでなく、イラクの財宝をも解放した」と豪語しました。ラムズフェルドも競売に参加し、「私も黄金の皿を買った」とテレビに登場し、自由を愛する米国人の善意でイラク戦費をまかなおうと訴えています。

 ICタグ

 ペンタゴンとウォルマートの連携で、競売よりも重大なことは、兵站(物流)技術の開発です。湾岸戦争では、前線に送った物資が輸送中に紛失したり到着が遅れて、四割近くが砂漠に放置されました。今回のイラク攻撃でも、物資が届かず食糧不足のため砂漠で身動きできなくなった部隊が出ました。その苦い経験から、ペンタゴンはウォルマートの物流戦略を学び、連携して兵站技術の開発に乗り出しました。ICタグの導入です。ウォルマートは二〇〇五年一月から、納入物資の梱包箱にICタグをつけることを納入業者に義務づけることを開始します。ペンタゴンもそれにあわせて二〇〇五年一月から、調達物資へのICタグ貼り付けを納入業者に義務づけました。ICタグをつければ、物資がどういう経路で運ばれ、どこにあるかが瞬時にわかります。
 ICタグとはIC(集積回路)を埋めこんだタグ(荷札)のことで、無線で情報を読みとったり、書き込んだりすることができます。このシステムをRFID(無線Radio の周波数Frequency を使った身分証明Identification )と言います。周波数が大きいほど、離れたところからも読み書きができます。JR東日本のカード「スイカ」やJR西日本の「イコカ」もICタグの一例です。ICタグを牛につければ放牧を管理できます。
 人間につけられたらどうなるでしょうか。ある国際会議では、参加者に無断で名札にICタグがつけられ、参加者の行動がすべて当局によって把握されていました。人体に埋め込むICタグも開発されています。九・一一事件で死んだ消防士が黒こげで誰かわからない、というのが発端でした。軍事会社のアプライド社がベリチップという子会社を作って開発しました。二〇〇四年七月、ベリチップのICタグが入院患者に注入されて訴訟問題になりましたが、米当局はこれを認可しました。ベリチップはメキシコの司法長官を宣伝に使い、彼は誘拐される恐れがあるので腕にICタグを埋めていると述べ、児童誘拐防止にタグが使用されるようになりました。ベリチップは衛星による位置確定システム(GPS)を利用して、人間の位置を測定する技術の開発にも乗り出しています。人間をICで管理する、恐ろしいことが進んでいます。

 RFIDの世界標準化

 ペンタゴン・ウォルマート連合のRFIDは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のオートIDセンターが開発したものです。MITが開発したRFIDで情報をやりとりするコード(方式)の体系をEPCと言います。MITはEPCコードを世界標準にするため、それを推進するEPCグローバルを作り、イギリスのケンブリッジ大学、スイスのチューリッヒ大学、中国の復旦大学、日本では慶應義塾大学と提携して、一大運動を起こしています。
 ところが、日本ではすでに、先述した坂村さんのユビキタスICセンターが、UコードというRFIDのコード体系を開発しています。これは商品のバーコード、国際的な図書や逐次刊行物のコード、インターネットのIPアドレス、電話番号など、すでにある様々なコードを利用できる、かなりの優れものです。これに対して、EPCコードが世界標準になると、既存のコードはすべて書き換えなければなりません。

 トロン紛争の再現

 そして、またもや通産省の後継である経産省が坂村さんに待ったをかけました。二〇〇三年十月、東京で開かれたオートIDセンターの国際会議で経産省の役人は、「政治の力でEPCコードを日本標準にしてみせる。坂村さんはそれがわかっていただけると思う」と発言しました。国家による介入もあり得るとの宣言です。国産の技術を開発してきた日本人の努力は無に帰し、利益はアメリカに吸い取られることになります。
 二〇〇四年九月、東京で小売り技術サミットが開かれました。ウォルマートの担当者は「EPC対応のICタグを一枚五セント(五円)にまでする」、「EPCグローバルが唯一の標準団体である」、「すべての業界でEPCコードを採用するべきで、皆がバラバラの技術で進めば幸せになれない」と発言しました。
 ウォルマートは、アメリカ国内で百万人、全世界で百六十万人の従業員を雇用する、最大の小売業です。しかも、労働組合の結成を認めていません。売上高は二千五百億ドル(二十五兆円)を超えます(日本で最大のイオンは三・五兆円)。すでに西友を傘下におき、ダイエー買収に名乗りをあげました。二〇〇六年から株式交換による企業買収が外資にも認可されますから、買収攻勢はさらに激しくなります。そのウォルマートと取り引きしたい業者は坂村方式を採用するなという脅しです。
 経産省は、現在一枚五十円のEPC対応のICタグを五円にすべく、「響きプロジェクト」を立ち上げ、二年間で開発するよう、日立に十八億円で委託しました。日立はEPCグローバルに加入して技術をもらい、二〇〇六年秋から量産体制に入ることになりました。アメリカの言いなりになる連中の政治的圧力によって日本の独創性を封じられ、日本人は独創性がなく物まねばかりするという汚名をかぶせられるのです。

 おわりに

 同じ条件のもとで日米の企業が四つに組んで競争しているのではないのです。日本が勝てないような仕組みが設定されていて、日本が負けるのです。日本が負けるのは、アメリカ的コーポレートガバナンスをやらないからだ、日本社会の閉鎖性が招いた事態だ、などという考え方に私はくみしません。独自の技術を開発して、日本はこれでいきます、どうぞアメリカさんはご自由にと言おうとしたら、アメリカの言うことを日本の政治家が鵜呑みにし、日本の経産省が恫喝する。そういうことが常に繰り返されてきました。これにノーと言う政治システムを、私たちは作っていかなければいけません。
 ヨーロッパやアジアは、アメリカとは違った道を歩もうとしています。ロシアは勝ち馬に乗ろうとして、ヨーロッパにつくかアメリカにつくか様子を見ています。日本は、アメリカとは違った生き方をしているアジア、ヨーロッパの国々との友達づきあいを今よりも密接にしていかなければなりません。世界から孤立し、経常収支赤字を拡大させているアメリカに一辺倒で、アメリカと抱き合い心中をする――そんな道はごめんだ、というのが私たちの知恵ではないかと思います。