老い烏

様々な事どもを、しつこく探求したい

日本の結核Ⅱ 結核検診

2015-11-08 11:51:44 | 日本の結核

      胸部X線を用いた結核健康検診

 現在行われている結核検診は、多くの場合、検診車に車載されたX線装置を用い、胸部前後一方向間接撮影で行っている。こうした結核検診は有効なのだろうか?平成24年の「実施義務者別結核健康診断受診者および患者発見率の年次推移」(「資料」。表13)では次のように報告されている。、     

                               受診者数           診断数           発見率(千人当たり)   

        a)定期受診者        12,71万51千人         587 人        0.046  ‰

        b)非定期受診者         12万4 千人       499  人

                  総数        12,83万91千人          1,086  人

 定期検診は、健康で罹患の危険性の低い集団を対象とし、他方「非定期」は「患者家族、その他」であるから、実質「患者接触者検査」を意味する。従って非定期健診受診者の罹患率(診断率)は、定期受診者よりはるかに高く、上記の如くおよそ100倍の発見率となる。定期と非定期とは「実施義務者健診」と名目は同じだが、受診者の基本的性格は全く異なり、発見率もまた同一のレベルで比較出来ないほどの差異がある。「検診義務者」という概念で両集団を一括りにしてはならない。「検診義務者」なる概念が不適当で、検診の本来の意味を曖昧にしている。 

 米国の結核対策の中心となって活動してきた疾病予防センター(CDC)は、既に1995年に結核検診について、結核検診(米国ではツ反検診を意味する)は結核対策の第三番目の優先順位にあるとしている。即ち、対策の優先度の第一は発病者の把握と完全な治療であり、第二は接触者の徹底的な調査と治療。第三番目、つまり最後に検診が挙げられる。検診は第一、第二の優先順位の上に来てはならない、と注記されている。特に「低リスクグループの検診はcost-effectivenessに欠けており、中止すべきである」としている。「cost-effectivenessを欠く」とは、単に「経済的有効性」に欠ける、という意味ではない。これを欠いた対策は、より以上必要とされる対策の実施を不可能にしてしまう危険性を持つ。多額の費用はこれに関与する利益集団を産み、この為に真に必要な結核対策実施の費用が奪われ、結果として放置されてしまう。これが結核検診と日本が「結核中進国」である根本の理由ではないか?この点に考慮無くして「中心国」を「先進国」入りするためには「予算措置」が必要だ、との主張は決して認められるものではない。この点を後に書く「合同評価」は鋭く突いている。

    A)  低い診断率と途方もなく高額な検診費用

 「定期」健診実施義務者1271万51千人中、診断された結核患者は587人と報告されている(「資料」、表13)。発見率は0.046‰(千人当たり)だ。分かり易く書けば診断率5人/10万以下となり、日本人の罹患率16.1人/10万を大きく下回っている。結核罹患率が高い65歳以上層(市町村検診受診者)であっても、受診者531万600人からの患者は236人に過ぎず、率にすると0,044(‰)で、診断率は10万人当たり4,4人とさらに低くなる。法を以て「実施義務者」に行われている結核検診は、このように極めて低い診断率しか有していない。他疾患の検診の成績と比較してみると、同じ胸部X線を用いる肺癌検診の平成16年の成績では、

       検診受診者(人)       肺癌診断者(人)      診断率(‰)

         7,769,635           3,711          0,48

 結核検診は0.046(‰)の診断率だから、肺癌検診の10分の1以下の診断率だ。ただし肺癌検診の診断率が結核検診よりも高いから、肺癌検診は有効であったとはならない。世界では胸部X線を用いた肺癌検診は、無意味であると否定されている。その無効とされる肺癌検診の、10分の1以下の診断率しかないのが現行の結核検診だ。如何に結核検診が無意味・無効・無駄であるかが理解できよう。こうした数値でなく、結核検診に要した費用を考えれば、より結核検診なるものの無効性・無意味性・無駄さが明らかになる。

      A) 検診に要する費用

 胸部X線検診にかかる費用は一人約1600円だ(平成22年の診療報酬では1590円)。従って定期検診実施「義務者」1271万51千人にかかる総費用は、202億円強と計算される。この費用で発見される患者は587人なので、結核患者一人発見に掛かる検診費用(税金)は3,444万円になる。

 この費用はどの位の意味を有しているのだろう。結核研究所の加藤誠也氏によれば、2013年の新規登録数患者が3.1人/10万人の米国では、1990年代に一時患者の増加を見たため、結核「予算を大幅に増加し,結核の制圧に成果を上げた。Center for Disease Control(以下,CDC)の結核対策予算(2006年で約170億円)の約70%が協定の下に州政府に配分されている」としている(「低蔓延時代の結核対策の保健・医療組織と人材育成の課題」)。つまり、米国は日本が胸部X線検診に投じている以下の費用で、現在は結核低蔓延国となっている。これに対して、それ以上の公費を結核検診だけに投与している日本は、未だに「結核中進国」であると自らを主張する。日本の結核対策の失敗を最も明瞭に示しているのが胸部X線検診だ。

 厚労省「国民医療費の概況」からの結核医療費と、結核検診に費やされている費用を比較する。最も結核医療費を要した年は、昭和50年で総額2355億円であった(現在の貨幣価値に換算しての値?)。平成23年には約10分の一に減少し、290億円が結核医療(治療?)費とされる。新登録患者数は平成25年では2万0495人だから、一人当たり医療(治療)治療費は約150万円と計算されるだろう。他方、結核患者一人発見に掛かる検診費用は3,444万円になる。治療費よりも20倍以上も要する結核検診とは一体何なのだろうか?

 他の疾患と比較しても同じ答えが出る。肺癌治療に要した医療費との比較を示す。肺癌が早期発見され、胸腔鏡下手術を受けた場合の医療費は976,268円でしかない。肺癌全体では、平成20年の肺癌患者数131,000人の診療医療費は総額で2,320億円と計算されている。一人当たり177万9千円となり結核治療費を上回っている。(片山友子「肺がん検診受診率向上が死亡率および医療費に及ぼす影響の検討」ci.nii.ac.jp/naid/130003377291)。早期肺癌患者一人の治療費用の30倍以上、早期・進行いずれも含む肺癌患者一人に掛かる費用の15倍にもなる金額が、患者一人を発見する結核検診には投じられている(!)。結果として得られる結核発見者数はたったの587人に過ぎない。このような結核検診に多額の公(税)金投与は正当化できないし、許されるべきではない。国民が医療費を必要とする疾病は他に山とある。

 さらに次の数字を示す。高校(専門学校も含む)や大学・大学院などの学校の教職員と入学時や転入時に学生は胸部X線検診を受けよ、と文部省は定めている(「学校における今後の結核対策について」、平成14年)。学校長の名の下で行われる「定期健診実施義務者」は年間218.6万人と報告されている。これら若・中年層から発見される患者は何人になるだろう。僅か33人だ!!率で示せば0.015‰で、最も発見率の少ない法で定めた定期健診実施「義務者」だとなる。従って、結核と診断される職員・学生一人当たりに要する金額は、驚くなかれ1億円にも達する。これを「無駄」・「無効」・「無意味」以外に何と表現できるだろうか?

   B)  診断遅延を齎す可能性のある検診

 日本の結核の最大の特徴は、何度も指摘したように、内因性再燃による高齢者結核が圧倒的多数だという事にある。高齢者結核では症状が非典型的で、自覚症状から患者が結核発症を意識しない事が多い。検診を予定している高齢受診者は、非定型的な症状の為に、即時の受診を躊躇い検診を徒に待つことになり易い。即ち「受診の遅延(pateint’delay。症状発現から受診までの期間が2か月以上も受診が遅れてしまう事)」を来たす可能性が高くなる。

 報告は、「働き盛りで感染性のある結核患者の約3人に1人は受診の遅れ」をきたしている、と指摘する。「働き盛り」の勤労者は「労働衛生安全法」で、結核検診として胸部X線撮影が定められている(「結核対策」との文言は明記されていないが)。時間に追われる「働き盛り」は、症状があっても検診前であれば、「検診があるから」と医療機関受診を遅らせ、検診直後なら、検診「異常無し」報告の為に、これまた受診を躊躇ってしまうだろう。結果は「受診の遅れ」になる。検診の診断率が高ければ許せようが、この年齢層の発症率は極めて低く(20~29歳9.1(/10万人)、30~39歳7.9(/10万人)、40~49歳8.3(/10万人)、50~59 歳10.8(/10万人) )、為に「受診の遅延(pateint’Delay)」を引き起こす。低蔓延状態にある若年および「働き盛り」集団は、結核への自覚が乏しく、また診察する医師も結核を疑って積極的に検査することも少ない。検診で検診「異常なし」の結果報告書を持って受診した場合には、医師は他の疾病を疑って検査するだろう。為に医師の診断ミスは生じ易くなり、診断の遅れ(Doctor’s Delay)に繋がってしまう。極端な例を挙げれば、検診翌日に感染あるいは発病する事態は常にありうる。この時に胸部X線では何の所見も示さない。従って感染あるいは発病した後に、検診「異常なし」の報告を受ける可能性すらある。つまり、当たり前の事だが、検診に都合よく感染や発病が起きる事は極めて少ない。

 期日を定めた検診の無意味性については、文部省の行う「学校結核検診」では次の指摘もある。「定期の健康診断(学校医による診察や問診)は、毎年度6月30日までに実施することとなっているが、その限られた時期に当該児童・生徒が結核を発症しているとは限らない」。しごく常識的な判断だ。これは学童・児童・学生にのみに妥当なのではない。およそ結核検診全てに伴う必然だし疑問だろう。しかし「指摘」されながら文部省は、同じ無駄を教員や家族・本人らに現在も強制し続けている。自らの責任を回避する為の、役人的「前例遵守主義」からだろう。よって「小・中学生全員(約1000万人)に問診をとって、6年間で発見された患者数が19名(!!)」であっても「結核検診」は「永遠」に続けられるだろう。

   C) 結核検診に対する結核研究所の対応

 問題のあまりに多い結核検診について、結核研究所の公的文書は何も語らない。元所長であった島尾忠雄氏は2010年に「結核の集団検診」(「結核」第85 巻 第11 号 2010 年)で、定期健診の削減の時期として「患者発見率0.02%を切る位を指標にして,もう少し早めても良かった」と記す。「もう少し早めても良かった」のは「中止」でなく「削減」と氏は書く。「削減」の内容は不明のままで「中止」されず現在でも続けられている。

 氏が「指標」とする0.02%を切ったのは何時頃になるだろう。表13には25年前の平成2年に患者発見率0.15‰(0.015%)の数値がある。この受診者中には「非定期(患者接触者)受診者」も含まれているので、これを除いた「定期」受診者の「指標」達成時期を求めると、表から昭和60年の「定期検診受診者」の患者発見率0.018%が計算される。30年前のこの時には既に、島尾氏の記す0.02%を下回っていた。つまり30年前に、定期検診は「中止」あるいは「削減」を提起されていなければならない。

 厚労省の「結核に関する特定感染症予防指針の一部改正について」平成23年5月16日 )では、定期の健康診断の対象者を定める際には「対象者百万人程度での患者発見率0・02から0・04パーセント以上」を目安にしろ、と記している。この数値の妥当性について厚労省は何も記していない。上記島尾忠雄氏の考えをそのまま写したのかもしれない。 再度「資料、表13」の「定期受診者」を参考にする。

          検診実施者     受診者数(千人) 発見数(人)  発見率(‰)

             事業者        4,056             154           0.04

                学校長        2,187       33      0.02

             施設            660       77       0.12 

     市町村長(65歳以上)      5,310       236       0.04

           総対象者      12,715       587            0.05

 最も効率的に発見された施設受診者ですら,%表示に直せば0.012%となり、上記「指針(改正)」よりも低値を示している。検診受診者は全て既に検診「対象外」となる。つまり12,715,000人全員が、本来受ける必要のない検診を受けさせられた。  

 患者発見率0、02%は一万人に2人の発見を意味する。つまり一人の発見には5000人の受診が必要となる。金額的には一人1600円かかるから、5000人として一人発見に要する費用は800万円となる。この金額ですら過剰と判断される。何故なら現在の結核罹患率も死亡率も極めて低いが、この低さを齎したのは結核検診ではない。検診の中止はほとんど結核の蔓延に影響を与えることはないからだ。おそらく 「結核に関する特定感染症予防指針の一部改正について」なる長々とした文章を書いた厚労省の担当者(および結核専門家)は、自らの頭と指で、この数値を計算しなかったのだろ。

 これに対して外国出生者の登録者は120/10万人だ。%で示せば1.2%の発生リスクにあり、上記厚労省の基準を十分にクリアーしている。胸部X線を用いた検診が有効であるなら、第一に彼らの健康を守る為に、積極的に地域・コミュニティーに入って検診を行うべきだ。若年者の発症(登録)が多い集団であるので、ましてや有意義な検診となるだろう。

     D)  胸部X線を用いた結核検診についての諸外国の考え

 胸部X線を用いた結核検診について、WHO(世界保健機構)は半世紀も前の1964(昭和39)年に、「WHO 結核専門委員会第8 回報告」を採択し発表している。この報告は「患者発見ではX 線検診を中止し,有症状者の喀痰塗抹検査を中心とする」と記載されていた(青木正和「わが国の結核対策の現状と課題。『わが国の結核対策の歩み』」)。さらに40年近く後の2001年には、外国と結核研究所の専門家による「日本国家結核対策合同評価」が出された(以下「合同評価」と略す。細かくは別章「日本国家結核対策合同評価」参照の事)。これには次のように書かれている。

 「X線撮影による・・・無作為・無差別スクリ-ニングの有効性は疑わしく、・・・・多くの努力(「費用」と書くべきだ・・・・筆者)にもかかわらず、患者発見の質を確実にする仕組みが設けられていない」。

 何も付け加える必要はないだろう。この外国結核専門家の検診への「合同評価」も、その後は現在に至る15年の間無視され続けた。結核研究所のWEBを調べた限りでは、「合同評価」についての記録も抹消され、あたかも日本の結核対策を「評価」しているが如くに歪曲される文章が、石川現研究所長や森亨前研究所長名で書かれている。氏は2015年の「蔓延化を見据えた今後の結核対策に関する研究報告書概要」で、「有症状受診による患者発見が結核患者早期発見の方法の主軸」の中で、「一般人口集団への定期健康診断:一般健診については部分的廃止や方法の見直しを含めた効率化」を挙げている。ただし具体的な記述は一切ない。つまり単なる「作文」に過ぎない。