母親のホテルを出たあと、ミニョンはバーで一人、スコッチを傾けていた。
母親のミヒの態度が不可解すぎる。
ユジンが春川で自分にそっくりな男子生徒がいたと言っていたことを話したとき、動揺して紅茶をひっくり返したこと、
カンジュンサンを知っているか問うたときの驚愕と恐れの表情、
別荘近くの川で自分が溺れたと口を滑らせた時の狼狽ぶり、
そして、数十年前にカンジュンサンという少年が溺れたのを助けたという男性、
自分がアメリカで生まれ育ったと断言しながらも、なぜか動揺していたアン医師、
考えれば考えるほど、導き出される答えはひとつだけだった、、、。しかもそれが事実ならば、ひとつの大きな疑問が浮かんでくるのだ。ミニョンは込み上げる不安を、スコッチで流し込んだ。その時携帯電話が鳴った。
「もしもし。」
「ミニョンさん、久しぶり。」
チェリンからの電話だった。
「ミニョンさん、酔ってるの?嘘ばっかり。酔ってるわよ。わたし心配だから今から行くわ。待っててね。」
ミニョンは慌てて電話を切った。今は誰にも会いたくない。ひとり以外は。ミニョンは浴びるようにスコッチを飲み続けた。
電話を切るとチェリンは急いでコートを着た。ミニョンがやけ酒を飲んでいる。チンスクの話では、ユジンと別れたので不安定になっているのだろう。これはチャンスだ。
走り出すと、後ろからチンスクの声が聞こえてきた。
「チェリン、どこ行くの?」
「ミニョンさんのところよ!」
チンスクはきっとポカンとした顔をしているはずだ。チェリンはほくそ笑みながら道を急いだ。
「ミニョンさん、ここだと思ったわ。二人で良く来たお気に入りの店だもの。」
振り返る必要もなく、チェリンだとすぐ分かった。相変わらず甘ったるい匂いの香水をつけて、巻き髪でスーツ姿のチェリンが隣りに座った。
「心配で来たのよ。だって友達じゃない。」
しかし、ミニョンはチラッとチェリンを見てスコッチを流し込むだけだった。
「そんなに飲むなんて、何があったの?わたしに話してみて。」
すると、ミニョンは意外な話をし始めた。
「、、、カンジュンサンは、僕にそっくりなんだろ?」
「えっ?」
「みんなが見間違えるほど似てるなら、僕に何か関係があるのかも、、、」
「どういうこと?」
「ふと考えたんだ。遠い親戚とか、生き別れた双子とか、、、、もしかしたら僕自身がチュンサンかもしれないって。」
ミニョンはあまりに飛躍した考えがバカらしくて、フッと笑った。もはや、妄想か願望レベルの話だ。
すると、チェリンも呆れたような顔をして、寂しそうに笑った。
「笑える。そこまでユジンが好きなの?自分がチュンサンだと思いこむほど、取り戻したいわけ?」
ミニョンは何も答えずにスコッチを飲んでいる。
「心配して来たのに損したわ。自分がチュンサンですって?そう思うんなら、今すぐユジンに会いに行って告白したら?」
「そう言う方法があったか。打ち明けたら戻ってくるかな?」
ミニョンの切なそうな顔を見て、チェリンの心もざわめいていた。しかし、ミニョンはどこまでも冷たい。
「チェリン、悪いけどここはお前のいる場所じゃない。帰れよ。」
「ミニョンさん、あなたどうしちゃったの?もう飲まないでしっかりしてよ。こんなあなたを見たくないの。未練がましくチュンサンの話までするなんて!こんなのあなたらしくない。ミニョンさんはミニョンさんで、チュンサンじゃないわ!ユジンへの感情は愛情じゃなくて執着よ。分かる?」
そう言って涙を流しながらボトルを移動させた。
「僕だって出来るものなら忘れたい、、、」
ミニョンは静かにつぶやいた。そしておもむろに立ち上がるとゆっくりと歩き出した。チェリンは叫んだ。
「待ってよ。どこに行くの?まさかユジンのところに行くの?」
しかし、ミニョンは振り返って言った。
「もう、僕のことは忘れろよ。頼むからほっておいてくれ。」
そして今度は振りかえらずに立ち去った。
見送るチェリンの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。こんなに願っても、縋っても一番大切なものは戻らないのだ。胸が張り裂けそうだった。そして、ふと考えた。この感覚、デジャヴのよう。そう、彼の孤独で寂しそうな横顔がカンジュンサンにそっくりだったのだ。そんなはずはない。しばらく前にミニョンに出会ったときは、彼は自信に満ち溢れた韓国系アメリカ人だった。いつも自信満々で、スマートで、時にふてぶてしくて冷酷だった。自分はそのカリスマ性に惹かれて、恋をして彼も愛してくれた。それなのにどうだ、今や彼は自信のかけらもない、弱くて脆くて崩れてしまいそうなただの男になってしまった。これがミニョンのはずはない。ミニョンは一体どうなってしまったの?しかも、よりによってチュンサンに見えるなんて、、、。これも全てチョンユジンのせいだ。こんなにユジンを憎むのは、南怡島でチュンサンのお葬式をしたあの日以来だった。チェリンはそっと涙をふいて夜の街を歩き続けるしかなかった。