本当のヨーガを体得しましたので皆さんにご紹介したいと思い、これからいろいろと活動していきます。

 私の体験したヨーガの創始者はゴータマブッダ、即ちお釈迦さんで、日本には大正時代に中村天風によってもたらされました。

現代仏教理論の根本的間違いについて

2018-02-03 04:27:03 | 日記
世界には二派の仏教が有ります。南方上座部仏教(タイ、ミヤンマー、等々)と北方大衆部(大乗)仏教です。
我が国の仏教は大乗の方ですが、先年言われていたほどの違いは無いようです。

この二つの仏教は同じ根本的な間違いを犯しています。

釈迦は夢中も日中も違いは無い、と言っています。
貴方が知覚、認識している外界は、夢の中で見ている世界のようなものだと言っているのです。

仏教理論の根本は「色、受、想、行、識」の五蘊で表わされます。
他に「眼、耳、鼻、舌、身、意」六根(=六感)が有り、これに対応するのが「色、声、香、味、触、法」の六境です。
*六感と言っても、いわゆる第六感の事では有りませんよ。

さて仏教辞典を引いてみると、五蘊の色(しき=ルーパ)の説明と六境の色との説明が微妙に違います。

なぜそんな事が起きるのでしょうか?それは色(しき)の意味を間違っているからです。
全ての仏教は五蘊の色を物体とか形あるものと考えています。これは釈迦の仏法(仏教理論)を全く理解していない事を示しています。

釈迦が言った色(しき)の意味は「貴方が眼で見て脳内に描いた絵(イメージ)」の事です。
同じものを同時に見ても貴方と、隣にいる人とでは脳内に描いた映像は違うはずです。
視力が違うでしょうし、好き嫌いも有りますから、全く同じ映像を脳内に描くという事は無いはずです。

同じ絵を模写しても白人と日本人とでは出来上がった模写絵が違うそうです。
おばあさんの海女さんに会った数名の白人女性が「!」なんて美しい!」と叫びました。
TVでその様子を見ていたのですが、(こう言っては叱られるでしょうが)私には日焼けしたおばあさんにしか見えませんでしたが。

五蘊の五番目の「識」は(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の六識の事ですが、これは顕在意識の事です。
五蘊の色~行までは潜在意識の世界を表しています。
釈迦=ゴータマ・シッダールタは今から2,400も前に潜在意識を説いていました。

色(しき)は五蘊の色であろうと、六境のそれであろうと全く同じ内容として理解できなければなりません。
色とは「外界を眼を通して知覚し、脳内に描いた映像の事」であります。

ここが分かって仏教関係の本を読みなおしていただけたら濃い霧が晴れるように、釈迦の仏法が理解できることでしょう。


因みに五蘊の「行」は「潜在的な、非常に微細な感情=欲求の事」です。
これの複数形が諸行です。

人の心は一瞬たりとも停まる事が有りません。それにつれて心の中の世界も常に変化しています。
これを諸行無常と申します。

釈迦は、この世の存在が常に変化していると言ったのではあ