<彫刻家>大河原タカノリの作品集【現代カノン派】・彫刻・絵画美術館

新制作展彫刻家/元新構造展会員/日展彫刻家画家大河原隆則の作品・クンストインハイデルブルク賞クリスチャン日本彫刻家

【自伝】4

2023-03-21 | 日記

虐待をしていたのは、父親ですが

母は、そんな暴力的で怒鳴り散らし

何でも命令的な父親を恐れていたようです。

そんな中でも、楽しみはあって

近所の仲良くなった友達と、

かくれんぼや鬼ごっこ、めんこ等で

晴れた日は、遊び。

雨の日は、主に、家で粘土で遊んでいた。

4~6歳は、油土だったけれど、その後は

ゴム粘土にはまっていた。

人や、変身物のキャラクターを真似て

作っていた。

動物には、あまり興味は、無かった。

色がついていて、混ぜると絵の具のように

色が変化するものだった。


【自伝】3

2023-03-18 | 日記

それは、部屋の中が薄暗い日に

起こった。おそらく小学一年だったろう。

梅雨か、春先の薄ら寒い家の中で

薄暗くした部屋の中、

「この前、買ってきた本、持って来い。」

「そして、読め。最初から。」

その本は、兄が、買ってもらった本で

私のではない。

兄は、私よりも二つ上だ。

徐に持ってきて読もうとするが、

読めない、ひらがなの羅列。

私は、まだ、ひらがなさえろくに読めない。

「読めない。」

「そんなわけ無いだろ、、読んでみろ。」

「あ・・・い・・・ん。。。??」

「何で、読めねえんだ?」

バシッ。

一発目のビンタが来た。イッテッ

「もう一回、読んでみろ。」

「う・・・ら・・か・・??」

「馬鹿か?」

ビシッ。余りに痛く、強かったので。

痛い、、、涙が出る。

「泣くな。」

バシッ、バシッ。往復ビンタが来る。

痛かったら、泣くだろう。。

泣けなくて、、正座をずっとしている私は、

誰なんだ、そして、泣く度、殴ってくる

お前は、誰なんだ??

20発は、食らったか。。もう頭と耳が痛い、

止めてくれ。。。

誰か。。。

そんな事が、何度かあった幼児期を過ごした。


【自伝】2

2023-03-17 | 日記

私が、3歳の時、やっと覚えかけた

言葉も九州弁から東北弁へと柔軟に

変わることもできず、ドモリが始まって

しまった。

ドモリは、なかなか治らなかった。

やっと出来た同じ住宅のhitosi君が、

私の乗った三輪車を後ろから押して

崖から、私を落としてしまった。

幸運なことに、水路の一番大きくなっている

四角い所に、私は、スッポリ入ったのだ。

怪我も無く、泣いて小さな家に帰った。

 

 


【大河原隆則自伝】1

2023-03-12 | 日記

私は、高千穂の里のある宮崎県に生まれた。

三人兄弟の次男坊として生まれた。

三つまで児湯郡新富町にいた。

思い出は、浜辺で腹を砂に付けて

ムツゴロウが這っているのを見ている

様子。

後になって、二三歳の時の白黒写真を

見せてもらって

父親に可愛がられていたと思った。

三つになったばかりの春、福島県の大越町

に引っ越してきた。

父親が、航空自衛隊員だからだ。


【新しい時代】・・・雑記

2023-03-10 | 日記

 

脚を怪我して悪くなって一年半になる。

彫刻作業は、ほとんど出来ていない。

生活も不便だ。

しかし、奇跡を信じているので

何れ治る。

戦争で、死んだり、負傷したりした人も

沢山いる。

トルコ地震、コロナ、様々な天変地異

何故、健康であることが、有難いのか?

皆、それを感じている。

平和であること、経済が安定していること

病気や怪我で不自由でないこと

その大切さを皆が、感じている。

時代の変換期に、何を思おう

皆が、同じ様に痛みを理解する

新しい時代を。

 


【彫刻家】大河原隆則・・「穿つ・人」と作者・中堅

2023-03-02 | 経歴

 

寒いですね。年を取った現在の写真です。

何日もの間、体の様子を見ながら

少しずつやってきました。

制作というのは、本当にナメクジが這うような

スピードでもコツコツと積み上げていけば

形になるものですね。

細かいところのディテールで気になるところが、

また出てきそうなので着色は、

しないで置こうと思います。

応援くださった皆さん、本当に

感謝申し上げます。

有難う御座いました。