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人は、考える葦である。天は自ら助けるものを助ける。

戦後の混乱から立ち上がり、文化的平和な国に成長した日本が、近頃反対の方向を向き始めた。偉人の言葉を考え直して見たい。

人は考える葦である  第5章 アラカルトー日韓関係 続

2019-11-17 12:11:34 | 随筆
 私は、小学生の時戦争の真っ最中でした。出征兵士を送りだしたり、防空壕掘りなど学習は戦時色の濃いものでした。敵の悪口を言ったり、相手を侮辱する歌など歌わせられました。しかし終戦と共に、ユニセフの名前で支援物資が送られたのです。「昨日の敵は今日の友」というのは、日露戦争が終わった時言われたのでしょうか。まさにその通りになり、びっくりしたものです。そして、米兵からお菓子やチョコを貰った子もいたのでした。そこで初めて、惨めな敗戦国と、アメリカの差を感じさせられたのです。今まで散々嘘の報道で国民が騙されたのを知ったのです。

 そんなこともあってか、敗戦後は、アメリカに対してそれまでのような悪口はピタッとなくなったと思います。そして、アメリカの他の国々との交流も始まりやっと国際化の舵を切ったのでした。それまでの差別発言や非難中傷などを奨励してきた当時の指導者は、どんなに迷ったことでしょう。それでも、今は国際感覚に目覚めた人も増え、世界からもアニメや観光で人気が高まっています。

 一方、戦時中植民地化していた台湾や朝鮮半島では、終戦を喜んでいたと思いますが、台湾では、それまでの日本の行った事業に感謝しています。治水や鉄道など、現在も大きな役割を果たしているようです。震災の時のお見舞いも、世界でも引けを取らない援助をしてくださいました。しかし朝鮮半島では、そのあとの朝戦戦争で南北にわかれ複雑な状態になってしまいました。韓国とは交流があるものの現在は政治上の摩擦が大きくなっています。

 戦後引き揚げてきた人の体験談によると、戦時中日本人が台湾同様にやったいろいろな事業は、自国でやったことにすり替えられたというのです。測量の為の杭を何か悪いたたりがあるなどと撤去した例もあるそうです。(月刊雑誌による)言葉まで日本語を強制された時代なので、その恨みはどんなにか深いものだったのでしょう。そして現在でも学校教育で反日を行っているそうです。しかし、そういう教育を受けても、日本に来たり、交流したりしているうちに反日の気持ちがなくなったり、国際感覚の芽生える人も、逆にファンになる人もいるようですが、未だに強硬に反日の気持ちを変えない人がいるのです。

 反日は、根底に根強く残る怨みの感情をもとにしていると考えられます。戦後70余年経ってもそれが影響している人がいるということです。しかし、それは、国民性かもしれませんし、個人の価値観かもしれません。ただ、今は、その自分の感情や価値観を柔軟にしたり、他人の考えを聞く耳を持つことが自分の体の健康にも良いと言われています。物事を前向きに考えたり、明るい未来を展望したり、怨んでいる人の為に祈ったりすることが、発病を防いだり老化防止等にも良い影響を及ぼすと言われるようになりました。