勝手にロシア通信

「勝手になんとか」表記のパイオニア『勝手にロシア通信編集部』since1992

【小説】 何よりも滑稽なロシア (29)

2008-12-26 | 小説ダダッ子ツアー再録
「ショービジネス?それこそ私達の専門分野よ。で
もなぜそれを見抜いた?」
「君達は『モナリザの微笑み』を知っていたではな
いか。あれが何よりの才能の証拠だ」
「さすが元スパイ。観察力が鋭いわね」とHはワイ
ングラスをくゆらせながらほくそえんだ。
「でも私達、マジックはやらないわ」
「いや、べつに誰もそんなこと……」
「わかってるわよ。プロダクションでしょ。可愛い男
の子いっぱい集めればいいんでしょ。任せて」
とひとり突っ走るM。
「いや、ちょっと待て。君達」
「なによ、もう決まりでしょっ」
「いや、あの……よし、任せよう、ユーたちに」と、
いつのまにか二人のペースに巻き込まれている
コズロフであった。


「勝手にロシア通信」別冊・Звёзды(ズヴョズドゥィ)へと続く・・・

【小説】 何よりも滑稽なロシア (28)

2008-12-06 | 小説ダダッ子ツアー再録
「ハンサムっていうかー、ハムサンド食べたくない?」
「うん、あのオバサンのハムもらおうか。イズヴィニ
ーチェ(★39)!」とHが、巨大な肉の塊を今しも切
り分けようとしている、斜め向かいのロシア婦人に
無心する。
「君達、食うのもいいが、話を聞きたまえ!」とコズ
ロフが声を荒げた。
「聞いてるってば、もぐもぐもぐ」
「年金も当てにはできず、インフレで資産も目減り、
資本主義が幅をきかせるこのご時勢。私もいつま
でもハンサムな車掌をやっていようとは思っていな
いのさ。実はね、残り少ないKGBの積立貯金を元
手に、事業を始めようと思うんだ。そこで、君達、
ショービジネスに興味はないかね?」
 食事をする二人の手がピタリと止まった。

★39・イズヴィニーチェ「すみません」

【小説】 何よりも滑稽なロシア (27)

2008-06-29 | 小説ダダッ子ツアー再録
「いや、3つだ」とコズロフはあきらめた表情で割っ
て入った。ウラン・ウデ駅で、コズロフの乗った列
車からトンズラした二人であったが、コズロフはそ
れを見抜き、密かに二人をつけてウメとのやりとり
の一部始終を木陰から見守っていたのである。
「君達の判断は正しかった。あの逃亡経路はウメ
に渡すのが一番の策よのう」
 心なしか、二人に会ってからのコズロフは一気に
ふけこんだかのようである。
「あれは君達の能力を試すためのほんの小手調べ
だったのだ」
「小手調べっていうことは、メインが待ってるってい
うことね」とHが言えば、すかさずMが、「メインディ
ッシュは、キエフ風カツレツで決まりね」とボケとも
マジともつかない合いの手を入れる。
「そうなんだ、君達に頼みというのはほかでもない。
ご覧のとおり、往年のハンサムなスパイも、今では
一介のしがないハンサムな車掌さっ」と無い髪を
振り払う仕草も悲しいコズロフであった。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (26)

2008-06-15 | 小説ダダッ子ツアー再録
「君達、まだ食うのか」
 サモワールの湯気の向こうで、灰色の目をしば
たたかせて、コズロフは呆れたように言った。シベ
リア鉄道の食堂車のテーブルの上には、ピロシキ、
ブリヌイ、ペリメニ、ボルシチ、キャビア、ビーフスト
ロガノフ、それに黒パンが山盛りとなって並んでい
るにもかかわらずーー。
「ジェブシュカ(★35)!キノコの壺焼きひとつ」
「バブシュカ(★36)!シベリア(★37)ひとつね!」
と注文し続けるMとH。
「ちぇっ、それにしてもやっぱりコズロフって元スパ
イよね。そう簡単にはまけなかったか」
「そんなことより、ここの支払いはコズロフもちでし
ょ。飲物どうする?」
「私、ビールとウォッカ!」
「それとグルジアワイン(★38)のツィナンダリとム
クザニ、グラスふたつね」

★35・ジェブシュカ{お嬢さん」
★36・バブシュカ「おばあちゃん」
★37・シベリアケーキ。カステラの間にようかんが挟まれた和洋折衷の菓子。
   一説によれば、シベリアの雪原の下に眠る豊かな大地を表現したことから、
   この名がついたのだという。
★38・ロシアでワインと言えばグルジア産に限る。
   白のツィナンダリと赤のムクザニが代表的。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (25)

2008-06-07 | 小説ダダッ子ツアー再録
「いいのよ。歯車が狂って、ついにブリヤートに身を
やつすまでになったけど、夢は捨てていないわ。彼ら
の脱出を助けるという使命を果たし、この世界で名
をあげれば、CIAからも仕事の依頼がくるに違いな
いわ。ふふふ。オーヴォアール!」
 彼女はどこからか取り出したサングラスをかけ、
羊の群と共に悠然と森の奥へ歩き出した。その後
ろ姿を見送りながら、「あー、よかった。これで一件
落着。……それにしても、あれは名曲よね」
「ほーんと」と二人はまた声を合わせて歌い始めた。
「あめが~しとしとにちようび~」
「ボクハ~ヒト~リ~デ~」
 聞き覚えのある太い声に振り向けば、そこには、
まいたはずのコズロフが!
「彼女はいい諜報部員になることだろう。対決する
日が楽しみだ。さあ、行こうか」
「ひぇ~、またあんたか!」
 天を仰ぐ二人であった。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (24)

2008-05-24 | 小説ダダッ子ツアー再録
「この透かし模様は、タイガの地で働く某国労働者
を亡命させるための逃亡経路(★33)を示した暗号
なの」
その女性は紙幣をかざして、「ああ、これはハングル
文字ですよ。ずいぶん乱れてるけど。『ウランバート
ルへ行け。手はずは整っている』」
「ウランバートルってモンゴルの?モスクワと全然
方向が違うじゃない」
 二人は困り果て、ひそひそと相談するのであった。
するとーー。
「私が行きましょう」
「えっ?そんなぁ、悪いわ、ウメさん」

★33・まずはウランバートルから遊牧民を装いながらモンゴルを突っきって中国入り。ここで
   第一の連絡係が待ち受け、某港から釜山に向かう船に密航、もしくは泳いで渡るという
   体力勝負の亡命ルート。成功した者はまだ誰もいない。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (23)

2008-05-21 | 小説ダダッ子ツアー再録
「あめが~しとしとにちようび~」
「ぼくは~ひと~り~で~きみの~かえ~りをまっ
ていた」
 思わず続きを口ずさんでしまった二人に、「それ
よ!思い出せなくて困っていた歌の続きは!」と
叫びながら姿を現したのは、年の頃なら45、6の
遊牧民の女性であった。
「スパシーボ!長年の胸のつかえがとれたわ。タ
イガースの大ファンだったのに。ウェスタン・カー
ニバルに行って失神もしたのよ。でも新潟公演で
失神した時から、私の運命の歯車が狂い始めたの」
「それじゃあなたは……失神している間に某国に
連れ去られたとでもおっしゃるの?」
「はい、私はウメと申します。少女時代の夢はプロ
・スパイでした。それなのに……」
「まあ!ちょうどよかったわ。あなたに見てほしいも
のがあるの」と、Mは例のルーブル紙幣を取り出した。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (22)

2008-05-18 | 小説ダダッ子ツアー再録
 ウラン・ウデ駅をあとにした二人は、暗号解読者
を探そうと歩き回るうち、いつのまにか森の中にさ
まよいこんでいた。
「あら、何か聞こえるわ」
 森の奥から聞こえてきたのは……。
「あめが~しとしとにちようび~……」
 その続きを聞こうと耳をすませると、
「あめが~しとしとにちようび~……あめが~しとし
とにちようび~……」
 壊れたレコードのように繰り返すそのメロディは、
紛れもなくGSの名曲『モナリザの微笑み』ではな
いか。なぜここで?一体誰が?歌声は一層大きく
なった。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (21)

2008-05-17 | 小説ダダッ子ツアー再録
「なんだ、民間人か」
「ほら、この人、有名な『幻の日本人(★31)』よ。
前に日本の新聞で見たわ」と二人がひそひそ話し
合う間にも、
「……というわけですわ。そして……」と話し出した
ら止まらない幻の日本人なのであった。
「ねーねー、おじいちゃん、この地図わかる?」と
Mが矢庭に例のルーブル紙幣を突き出した。する
と幻の日本人は、
「いやいや、気をつかわんでくれ。わしは腐っても
日帝、いや、共産主義者、いや、年金生活者だ。
チップなどもらうわけにはいかん」と言うが早いか、
走り出した列車にかろうじて飛び乗り、雪原の彼
方に消えていった。さすが幻の日本人。

★31・以前から、シベリア鉄道に乗った日本人旅行者の間では、「日本語のできる
   日本人らしき車掌がいる」との噂が。最近その事実が確認された。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (20)

2008-05-14 | 小説ダダッ子ツアー再録
「もし……」と二人を呼び止める日本語あり。ギク
ッ!コズロフかっ?恐る恐る振り向けば、そこには
車掌の制服に身を包んだ東洋系の老人の姿があ
った。ブリヤート人にしては多少目尻が下がってい
るのが、二人の心を和ませた。
「日本の方ですか?」と老人は鮮やかな日本語を
披露した。こ、こんどはどこのスパイだ、いよいよ
某国の?と期待する二人に老人は問わず語りに
話し始めた。
「私は第二次大戦後、シベリヤに抑留されて、そ
のままダモイ(★29)できなくなったくちなんですよ。
つらいこともありましたが、幸い優しい村娘と知り
合い、所帯をもちましてね。おかげさまで子供や
孫にも恵まれまして、今じゃすっかり身も心もロス
ケ(★30)ですよ。しかし最近、日本が懐かしくて
ねぇ、こうして車掌をしながら日本人旅行者の方と
の触れ合いを楽しんでいるんですよ。この間もね
……」

★29・ダモイ(домой)とは「家に」「故郷に」の意。シベリアに抑留された日本人にとって、
   ダモイ(帰国)という言葉には特別な思いがある。
★30・「露助」と書くと蔑称のように思えるが、これが実に言い得て妙。ロシア人がロシア
   語で「ロシア人」(Русский)を発音すると、確かに「ろすけ」と聞こえるのだ。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (19)

2008-05-12 | 小説ダダッ子ツアー再録
「あっ、星型の透かしがない!」
「そのかわりに、妙な模様が入っているでしょう。
たぶんこれが逃亡経路を示す地図よ。ホイはきっ
と、目印に自分の名前を書いておいたのよ」
「どこまでまぬけなの!でもそこが魅力なのよね
~」
「はいはい。とにかくこれが手に入ったからには、
コズロフなんかに用はない。さっ、降りるわよ!」
折しも列車は、ウラン・ウデ駅(★28)に到着する
ところであった。再び山のようなルーブル紙幣をか
き集めると、二人は転げ落ちるようにタラップをお
り、中国人商人に群がるブリヤート人達をかき分
けながら、町に向かった。その時である!

★28・ブリヤート共和国の首都ウラン・ウデはバイカル湖畔にあり、モンゴル系住民が住む。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (18)

2008-05-06 | 小説ダダッ子ツアー再録
「おーい、車掌さーん、サモワール(★27)!」
 ほかの乗客の叫ぶ声に、コズロフは
「おっと、私は車掌だった。それでは、しっかり探し
てくれたまえ」と言い捨てると、よたよたと通路に
出ていった。
「ふう。とにかく逃亡経路を透かし込んだルーブル
紙幣とやらを見つけなくちゃ」
「あるわよ」とMが一枚の紙幣をかざす。
「なんでわかるの?3秒しかたってないじゃない」
「ふっふっふ、これ見て。『ホイ』ってしっかり書い
てあるじゃない」
 見れば、ルーブル紙幣に描かれたクレムリンの
ロシア国旗の真ん中に、青いボールペンの跡もく
っきりと『ХОЙ!』と書いてあるではないか。そ
れを窓のあかりに透かしてみれば……。

★27・サモワール(самовар)はロシア独特の湯沸かし器。
   列車内のサモワールを使えばカップめんも食べられるので長旅には重宝する。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (17)

2008-05-05 | 小説ダダッ子ツアー再録
 二人は顔を見合わせ、これだ!と心を躍らせた。
コズロフに向き直り、
「ハラショー(★24)。探しましょう、その紙幣。で、
いつまでに見つければいいの?」
「そんなに時間がかかるのか?一体いくら両替し
たんだ?」
「こーんなに!」
コンパートメントには山のような紙幣が散乱した。
「カーク・グルーパ(★25)!ホイのまぬけめ律儀に
両替しおって!」
「大丈夫。私達に任せて。モスクワまで一週間
(★26)もある。この計画、成功させましょう」二人
は早くもやる気である。

★24・хорощо 英語のgoodにあたり、場面に応じて様々な意味合いをもつ。
   この場合は「よかろう、承知した」程度の意。
★25・Как глупо! 「なんと愚かな!」
★26・ハバロフスクからモスクワまでは、ロシア号なら乗りっ放しで五日と十時間。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (16)

2008-05-04 | 小説ダダッ子ツアー再録
「透かしって?まさかジリノフスキーの顔とか?」
「違う!地図だ!逃亡経路だよ」と苛立つコズロフ
を尻目に、「え?とーぼーけーろ。とぼけろ……?」
とボケる二人。
「窓の外を見ろ」
「なーんにもないわね」
「ツンドラ地帯だ。この中に某国人達が働く木材伐
採場(★23)がある。彼らの多くは第三国への亡命
をもくろんでいるが、成功するのはまれだ。我々は
金のために、いや人道的立場から、彼らを逃亡させ
るべく秘密組織を作った。ようやく確保した逃亡経
路を透かし込んだルーブル紙幣を、組織の一員で
あるホイは君達を見込んで託した、というわけだ」

★23・経済難にあえぐ某国は、シベリアへ出稼ぎ労働者を大挙派遣。だがある者は
   新天地を求め、ある者はロシア女性と恋に落ちるなどして、シベリアの地に
   居ついてしまう者があとを絶たない。

【小説】 何よりも滑稽なロシア (15)

2008-05-02 | 小説ダダッ子ツアー再録
「ええい、じれったい。ヴィクトル・ホイから受け取っ
たものがあるだろ!」
「ベクトル?」と一瞬いやーな気持ちになったHをよ
そに、Mはとたんに顔を輝かせ、「それはヴィクトル
・ツォイのことじゃないの?」
「もしかしてヴィクトルに似たあの闇商人のこと?」
「そうだよ!彼から受け取ったものがあるだろ!」
「受け取ったものって、私達、両替しかしてないけ
ど……ハッ!もしやあのお金を?ダメよ、渡してた
まるか!」
「人は落ちぶれると、こうもあさましくなるものなの
ね。いと哀れなり」
 口々に資本主義の本質を露呈する二人をさえぎ
って、コズロフは言う。
「違う!あの中には一枚だけ、特殊な透かしの入
ったルーブル紙幣があるのだ」