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【シスター・コンソラータ ー 愛の最も小さい道 ー】(第4部・第21章)

2022-09-04 15:14:59 | 日記
第二十一章 カルワリオのふもとに

一九三五年十二月十六日からコンソラータはイエズスの御声も聞かず、御姿も見なくなったが、続いて約一年間ぐらい超自然的暗示に導かれた。指導司祭から、イエズスの御声と超自然的暗示の違いを問われてコンソラータは答えた。

「イエズスは今黙っておられますが、聖心から暗示をいただきます。イエズスは発音をなさいませんが、確かに悟らせてくださいますので、私はそれを口で言い、また書きます。それは私の想像力と全然関係がありませんので、思い違いはないようです。イエズスは隠れおおわれておりますが、私の特別の使命と私の書くことのすべてに直接働いておられることが感じられます。コンソラータはペン先のようなものにすぎません。神は私が書く時、思考することを許さず、聖霊の神感によって、また見えない力によって私は書かされ、ペンが紙にそれを記入します。」(一九三六年九月十三日)

〈十字架の御跡に〉

今やコンソラータは、イエズスを少しも感じず、ある意味で「濃い煉獄」にはいり、外部的な苦しみよりも内的な苦悶、特に御父から見捨てられたような絶望感(マタイ27-46)を体験し、理解するようになった。心はひどい暗やみに落ち、ご聖体の前でも、ホスチアにイエズスがおられることすら忘れ、記憶の努力を使ってそれを思い出すことが必要になるほど、心は氷り、乾燥し、神の御助けは全然ないように思われた。たったひとりぼっちで戦い、骨折らねばならなかった。

ご聖体拝領も、いろいろな付随現象のため、非常に苦しくなって、ご聖体をこわがるようになった。

「今、イエズスは、私に、苦しみ、味けなさ、苦悶、殉難の最中で絶え間ない愛を忠実にささげることを要求なさいます。」(一九三六年三月十六日)

コンソラータの心は相変わらずすべてをささげ尽くしたい雅量に富み、苦しみに飢えかわいて、それを満足させることができないようになった。時々聖櫃にすら嫌意を感じ、もはや十字架のイエズスのほかは何も好むものがなくなった。

 「すべてに対して嫌悪を感じる心は、祭壇の上の大きな十字架を仰いで、ようやく満足いたします。茨の冠をかむり、くぎづけられ、上に上げられ、その御母を人々に与え、御父より見捨てられたような苦渋を受け入れ、無限なる苦しみの中で無限に孤独でいられる私の神の模範が、私の心を強くひきつけるのです。『おいで、私に従いなさい』そのことばが何度も心に浮かんできます。十字架のイエズス、カルワリオ(ゴルゴタ)、がんばり、乾燥、味けなさ……コンソラータよ、進みなさい! イエズスよ、私はあなたに信頼いたします。」(一九三六年五月六日)

一九三六年五月十日、コンソラータはカルワリオ(ゴルゴタ)へ登るよう直接召された。一九三六年五月二十七日、イエズスはコンソラータに自己心をまじえず、苦しみを苦しみそのものとして純粋に苦しむことを望んだ。それについてコンソラータは書いた。

「私は祭壇の上の大きな十字架を静かに仰ぎ、イエズスの御苦しみに飢えかわいていました。その時神の恵みによって心は深い沈思に沈み、神の光に照らされました。

─イエズス─『あなたは苦しみを純粋な心で忍び、苦しみのすべてについて、あらゆる人に沈黙を守る誓約を立てることを承知しますか?』

 私は毎朝、神が要求なさるすべてを承知する誓約をあらためておりましたし、ちょうどそのころ指導司祭も、苦しみを純粋な心で忍ぶ決心を勧めてくださいましたので、すぐにご聖体顕示台のみ前で要求された誓約を立てました。それに対し、イエズスは『私は自分の約束を全うして、あなたを、苦しみといけにえから一分間もはずさない。』と仰せられ、すぐにお始めになりました。イエズスよ、心から感謝いたします。」

いけにえとは天と地との間、神と罪人の仲介者として十字架に上げられることである。コンソラータはそれをよく理解し、日増しに、より完全に十字架の道を歩んだ。ある日指導司祭は、コンソラータに頼まれた十字架のイエズスの絵を送ったが、そこには「父よ、彼らをゆるしたまえ!」(ルカ22-34)と書いてあった。コンソラータはその下に「血を流すことなしに罪がゆるされることはない。」(ヘブライ9-22)と書き加え、自分の十字架を更に強く握った。

一九三五年十二月十六日イエズスの御声は聞こえなくなったが、一九三六年九月二五日から、時々いただいた超自然的暗示もなくなる準備として、九月、特に黙想会の間イエズスはコンソラータを指導してくださった。

─イエズス─「九月二五日金曜日に心と精神の犠牲は完全になる。だがコンソラータ、その後も常にイエズスがあなたの心にいることを思い出しなさい! どんなことがあっても、イエズスがあなたの心にいるという安全な事実は常に変わらない。全く、全く安心しているように。私は助けてあげる。今までの暗示を感じなくとも、私は毎分毎秒あなたのうちで続いて働くだろう。」

 「恐れなくともよい。安心しなさい! そうすれば愛の祈りにおいて勝つだろう。そして私はあなたにおいて勝つだろう。さようなら」


聖変化の時もはや超自然的暗示も感じなくなり、これからはコンソラータが、自分で「恵みの光」と呼んだ超自然的光に導かれるだろうが、その光はめったに見られず、今やイエズスの御声に導かれた時の安心感は全然取り除かれたのである。

〈トリノからモリオンドへ〉

コンソラータの聖なる生活によってカプチン会の召し出しが非常にふえたので、モリオンド村に新しい修道院が設立されることになった。一九三八年モンカリエリとトロファレロの間のモリオンドの、古い大きな農家を改造することになり、五月三十一日トリノの修道院から最初の一組がモリオンドへひっこした。

 コンソラータは一九三九年七月二十二日モリオンドヘ引っ越したが、その前、同年の二月、神は「モリオンド」と書かれた犠牲のカリスをコンソラータに示された。前からたびたび「私たち二人だけでカルワリオヘ行くだろう」とイエズスが仰せられたので、コンソラータはモリオンドで、ほんとうに英雄的な愛と苦しみの生活を送ることができるのを直感し、カルワリオを熱望していた。実際、モリオンドはいけにえの山、カルワリオとなった。

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