カロカンノート

へぼチェス日記

高城俊人

2013年01月19日 05時49分59秒 | 横浜ベイスターズ
今さら改めてぐちぐちと言うこともないのだが、ベイスターズの暗黒時代は、そのまま正捕手不在の時代であったと言い換えられる。

 そして、その原因について考察するならば、捕手領域における谷繁成分の枯渇、谷繁イズムとの断絶というものが、現在まで繋がる正捕手問題に暗い影を落としている。

 ディフェンスの中心となる正捕手。それを流出させてしまうという、開けてはならないパンドラ……ならぬ谷繁の箱。思い起こせば2001年オフ、FAでのメジャー移籍を志した谷繁を、あっさりと中日に流出させるという箱の大解放をしたことで、その後のベイスターズは捕手面におけるありとあらゆる災厄を受けることになった。

 それは谷繁だけに留まらず、連続最下位の初年度となる'08年6月には、第2捕手の鶴岡一成を気前よく同一リーグの巨人に放出するという大失態をやらかす。そして、翌年には谷繁から捕手としての薫陶を受け育った正捕手・相川までFAでヤクルトへ流出させてしまうのである。これで、中日谷繁、ヤクルト相川、阿部ファースト時の巨人鶴岡と、同一リーグ5球団中3球団が元横浜で固められるというベイスターズ低迷の象徴的な珍現象を生んだ。

谷繁を失ったベイスターズに降りかかった最下位の呪い。
 相川・鶴岡を失ったベイスターズの正捕手候補には谷繁を知らない世代、武山真吾、細山田武史、黒羽根利規らが名乗りを挙げるも、経験不足の若い身空には加速度的に落下していくチーム状況に抗うことができず。ならばと球団は野口寿浩、橋本将らFA組を場当たり的に獲得し、訝しがるファンを余所に「正捕手問題解決」と喧伝したが、そんな話は誰も信じることはなく、どちらも結果が出ないと早々に不良債権のレッテルを貼られてポイ。実力者として名を馳せた野口、橋本両名はキャリアの最後を汚す不幸な形でチームを去ることとなり、昨年オフには、ついにこの4年間で最もマスクを被った武山を西武へ放出と災厄はどこまでも続いた。

 '12年、DeNAベイスターズとして生まれ変わった初年度も、武山に次いでマスクを被った細山田が二軍へ幽閉。開幕マスクを被った黒羽根もシーズン途中に二軍落ち。巨人から帰ってきた鶴岡もかつての精彩を欠くなど、引き続き正捕手は定まらなかった。

 一方で、ドラゴンズに移籍した谷繁はその後、4回のリーグ制覇を含む11年連続Aクラスに貢献するなど、球界No.1捕手の地位を確固たるものにしていく。谷繁を放出した後のベイスターズといえば、11年で9度の最下位。この悔やんでも悔やみきれない事実に、何度ベイスターズ関係者から「谷繁さんがいてくれたら……」という歯ぎしりを聞いただろうか。

 やはり、それは決して開けてはならない、谷繁の箱だった。

負け続けるチームに勝利をもたらす希望の星が現れた!

 ありとあらゆる災厄が降りかかった後。そして、最後には高城が残された。

 高城俊人。

 '11年のドラフト2位で九州国際大学付属高校から入団した昨年の新人捕手は、高校時代に名将・若生監督に「俺の高校野球人生の中で高城が最高のキャプテン」と言わしめたリーダーシップを持ち、中畑監督をして「あんな強肩見たことがない」と言わしめた希望の星。

 その球歴を辿れば、小学生時代にJr.ホークスで優勝。中学時代はシニアで世界制覇。高校では3年時に甲子園春夏連続出場しセンバツでは8打数連続安打を放ったほか、福岡県内では練習試合を含め一度しか負けたことがないという勝ち運の持ち主。そんな勝ち続けてきた男が日本で最も負け続けているプロ野球チームから指名を受け、相思相愛で入団したことは何の因果か運命か。

「谷繁さんは僕の憧れであり、理想とする捕手そのもの」
 昨年7月18日のヤクルト戦で谷繁以来、23年ぶりとなる高校新人でのスタメンマスクを任されると、シーズン終了まで積極的にスタメンに起用。19歳とは思えない堂々とした立居振る舞い、ピンチの場面でも自然と間を取れる視野の広さなど、日を追うごとに評価が高まっていく高城に掛けられる期待。そこにはベイスターズ転落の原因でもある喪失した“谷繁”の再来という思いが加味されている気がする。

 何より高城自身が谷繁に強い憧れを抱いているということが周囲に期待を抱かせた。

「谷繁さんは僕の憧れであり、僕が理想とする勝てる捕手そのものの姿なんです。昨シーズン、ナゴヤドームでドラゴンズのピッチャーが全然ストライクが入らない時があったんですけど、谷繁さんがタイム掛けてマウンドに行くと、その後バシバシストライクが来るようになりました。言葉ひとつでピッチャーを生き返らせることができるって凄いですよね。純粋にカッコいいですし、僕もそういうキャッチャーになりたいと強く思いました」

 シーズン序盤には高木コーチを通じて谷繁のミットを手に入れた。その一挙手一投足に熱視線を送るなど、高城は谷繁の姿を追い続けた。一方の谷繁も高卒でマスクを被る高城のことを23年前の自分と重ねて見ているらしく、ベイスターズの高浦コーチを通じて「聞きたいことがあればいつでも来い」と伝えた。シーズン終盤に谷繁の下を訪れた高城は、試合前のベンチ裏で「今のお前は自分の実力で試合に出ているんじゃない。チーム状況から試合に出させて貰っているんだ。そのことを忘れずに頑張れよ」という言葉を貰ったという。

谷繁の系譜を取り戻すべく、直立不動で弟子入りを直訴。
「今シーズンは本当に試合に出させて貰えたんだなと自分でも思います。一軍の試合を経験して打てない、盗塁は刺せない、勝てないと足りないことばかりで悔しくて情けなかった。だから、このオフは死ぬ気で練習してみたいんです。奄美大島の秋季キャンプ、そしてその後の自主トレは、谷繁さんと一緒にできればと考えています。でも、ちゃんと電話できるのか自信ないです。やっぱり緊張しますよ……」

 昨シーズン終了後、高城は図らずもベイスターズから失われてしまった谷繁の系譜を、再び取り戻そうとしていた。とはいえ、19歳と42歳。別チームの球界No.1にして超ベテラン捕手とルーキー。しかも、泣く子も黙る「谷繁」という圧倒的存在。自主トレを頼むなんて、おいそれとできるものではない。

 頼むから電話しろ。電話しろ。電話しろ。

 その話を知った人ならば全員が全員そう念じていたに違いない。やがて高城は「今やらなければどうするんだ」と意を決し、谷繁に電話をかけ自主トレに参加させてもらう許可を得たそうだ。ちなみに電話中は終始直立不動だったというから微笑ましい。

谷繁のトレーニングは孤独に耐えるランニングで始まる。
 1月7日からはじまった自主トレにはドラゴンズのポスト谷繁候補、前田章宏・松井雅人・育成の赤田龍一郎の3捕手も参加。谷繁の2000本安打が掛かったシーズンの始動ということもあり、その公開日には報道陣約50人が集まるなど注目度の高さがうかがえた。

 朝9時にまずグラウンドに現れたのは谷繁だった。陸上競技場のトラックを黙々と走り始めると、遅れて高城とドラゴンズの3選手が現れ、谷繁と同じくトラックを1時間以上ランニング。それが終わると約100mのロングダッシュ、ショートダッシュととにかく走り込むのだが、一緒に走るわけでもなく個々がバラバラに行なっていた。これには理由があると高城は言う。

「キャッチャーというポジションは基本的には一人だから、普段のランニングでも一人でやって、そういう孤独にも耐えて自分自身を鍛えていかないといけないと教えられました。それと、すっごい長い時間走るんですよ。下半身を作るだけじゃなく、長い距離を走って体を温めてから練習に入ることで怪我を予防しているなど、ひとつひとつが勉強になります」

谷繁の厳しい練習にボロボロになって食らいつく高城。
 その後はキャッチボール、ティーバッティングを消化すると、フットワークを使った“ペッパー(捕球練習)”。ドラゴンズの3選手が50球をクリアしていく中、高城が41球でへたりこむと、谷繁から「それが19歳の体力かよ」との容赦なく発破がかかる。これで気合が入ったのか続くゴロでのペッパーでは足がガクガクになりながら執念で4人中唯一の100球超え。終わった頃には暫くの間ハイハイしかできないぐらい体力をすり減らしていたのだが、その口ぶりからは厳しくも充実した自主トレを過ごせていることが伺えた。

「ひとことで言えばキツイです。足が物凄い張ってます。谷繁さんも『俺も若い頃はキツイとしか思わなかったけど、それでもやり続けたら自分の力になる。キツイけど数をこなして身体で覚えるしかない』と言われました。谷繁さんはトレーニングのところどころで配球のこと、バッターの全体を見ていることとか、いろんな話をしてくれて、すごく自分のためになっています」

「とにかく開幕から全試合に出場することが目標です」
 さらに谷繁からはこんな話があったという。

「『オマエ、このままいけば2、3年でレギュラー取れると、少しでも思っているだろ?』と言われたんです。『多少は』と答えたら、『俺も1年目に80試合出て、もう2、3年でレギュラー取れるなという感覚でやっていたら4年も掛かった。お前にはそれはやってほしくない。これからの2年は野球だけに死ぬ気で打ち込め』と言って貰いました。僕自身、去年あれだけ試合に出して貰えたからって、今年も開幕を一軍で迎えられるとは思っていません。チーム内には他にもいいキャッチャーの人がいるから、余裕がないというか、焦っています。この自主トレでやれることをやって、とにかく開幕から全試合に出場すること。開幕一軍でスタメンを取ることが目標です」

 いい話だ。これだけで、失われていた谷繁成分が満たされていく気がしてしまう。この自主トレで高城が谷繁からどれだけのことを吸収できるかはわからないが、高城のこの姿勢と危機感を持っていることが嬉しくてならない。ベテランの鶴岡、一時は正捕手の座に手を懸けながらも逃してしまった黒羽根、細山田らプロの捕手として一日の長がある彼らも、今シーズン、死にもの狂いで正捕手の座を奪いに来るだろう。そんなことを考えると今シーズンが終わる頃には、ベイスターズでは長く空席のままだった正捕手争いに、ひとつの結論が出る気がするのだ。

 最後に残された希望は高城か、それとも別の誰かなのか。

 ギリシャ神話の方では最後の希望こそ最大の災厄である“偽りの希望”という説もあるらしいが。