印象深いものを3つ挙げるなら
日本橋高島屋で観たポール・デルヴォ―展
目黒の庭園美術館で観たクレー、カンディンスキー、ミロ展
そして、東京国立近代美術館で観たフランシス・ベーコン展だ。
今、開催されているF.ベーコン展のオフィシャルサイトには、次の一文がある。
「生前の1983年に、東京国立近代美術館をはじめとする3館で回顧展が開催されて以来、
30年間にわたり個展が開催されていませんでした」
その30年前、1983年に、私は観に行っていた。
ピカソよりも早く、おそらく人生で初めて観たコンテンポラリーの作品展だった。
そして、深く傷ついた。

歪んだり、消えかかったりした顔、
肉や骨が露出しているかのような体、
頭部が割れて、血のりがついたような人や動物
とにかく、怖かったのだ。
何しろ新聞記事からくらいしか、美術展の情報を得られなかった時代。
美術専門誌を買うという頭も、高校生にはなかった。
画家について何も知らず、話題だからと観に行って、
危うく近現代アートすべてが、嫌いになるところだった。
その恐怖感、嫌悪感は私の中にずーっと残っていて、
以後、一度も彼の絵を観ることはなく、
今回の、30年振りの個展も、観に行くものかと思っていた。
でも……

仲の良い編集者Kさんは、パートナーがベーコン好きで、
10歳の娘さんを連れて行くつもり、と言う。
そして
ベーコンに恋しているかも、と熱く語る
染織家の吉田美保子嬢ともメールでやりとりして、
(もしかしたら、トラウマを乗り越えるいい機会かも)と思うように。
何しろ、30年振りの個展。次はないかも知れない。
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近代美術館へ、ということで。

モダンを意識したコーデ。
ランダムな格子の大島に、仁平幸春さん作の「月影のコンサート帯」。
衿元にどうしてもクリアな青を入れたくて…。

以前、帯留めにしたイヤリングの片割れで、金具がとれてしまったものを
半衿に縫い付けてみた。
ちょっと、「取って付けた感」があるかなぁ。
でも、
queer(クイア:奇妙)なベーコンを観に行くので、
もう何でもアリでいいやと思い

OPERAで買ったブルートパーズ×シルバーのカジュアルリングと
呼応させて。
途中で寄った、梶ヶ谷の化粧品店「樹音」にて。
行子店長とはとても久しぶり。

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(これ以降は、正直、気持ち悪い絵が数点出てきます。
着物の話題はありません。
了承いただける方のみ、読み進めてください)

東京国立近代美術館。
さすがに、2年少し前に行った上村松園展のような
列はできていなかった。
中は、平日にしては人がいた方だけど、
30年前と似たような(ごみごみ、きつきつしていない)環境で
ふっと当時へタイムスリップしたような気分になった。
(「きれいねー」「迫力あるわねー」「これ観たことあるー」の3語を駆使して
デパートのウィンドウをのぞくのと同じ感覚でうるさく群れを成す
おばちゃん達がいないのって、こんなに清々しいものか)

教皇をモチーフにしたこの絵の前で
ぽっかり空いた口に食べられそうな気がして
思わず涙が出そうになった。
(注:作品の多くは画家の希望でガラスばりになっており、
絵の前に立つと自分の姿が映り込む)
モダンアートで有名な手法の一つに
コラージュ(いろんな素材を貼り付ける)があるが、
ベーコンは、まるでいろんな人や動物をミキサーにかけ、
チューブから絞り出して描くようだ、と私は思う。
理性を排除し、暴力的。だが
現実世界の方が暴力的だとベーコンはうそぶく。
その理性のなさ、脈絡のなさも
大人になった今の私なら、受け入れられる。
30年前の私は、彼が同性愛者であることも
(性的な好みに良悪は言えないけれど)、
一般的な市民のものさしではかると「かなりダメっぽい」生活志向であったことも
知らなかった。
(ああ、トラウマを乗り越えることができたかな)と
穏やかな気持ちで進んでいった順路。
ところが。
1983年以降の、つまり30年前の展覧会には存在していなかった絵を
数点観たら。
えっ?もう出口?
足りない、全然、足りない。
1983年の展示には、
もっと解体された人や動物が出てきたり、
意味のない矢印がいくつも出てきたり、
不気味な絵がいっぱいあった……はず。
例えばこんな



もちろん、今回展示された絵は
どれも美術史的にも重要で、素晴らしいものだと思うが
この回顧展を観て、
ベーコンが一通りわかった、と思われるのはいかがなものか。
もしかして見逃しがあったかも、と、出口の直前で引き返し
もう一度、最初から順路をたどったり、
授業の一環として見学に訪れていたと思われる、高校生の一団に
「ベーコンのインパクトはこんなものではないよー」とココロで叫んだり(←ばか)
美術館内のショップで、各国各社のベーコンの画集を開き
わざわざ気持ち悪い絵を探したり(←大ばか)
……。
気が付いたら、私が会場内でイチバンのqueerになっていた。
※フランシス・ベーコン展の公式サイトはこちら