今から4年ほど前、私がまだ学童保育所でバイトとして雇われていた頃の話
放課後、泣きながら子どもが帰ってきました
目の不自由な最高齢の先生が子どもを近くに呼んで
「○○ちゃんどうしたの?」と聞くと
子どもは黙って鼻水をすすっていた
それでも尚
「泣いていたらわからないよ?」
子どもは小さな声でこう言った
「テストで一番になれなかった」
得意な教科
いつも1番だった自分
「そうか、悔しかったんだね」
先生がそう言うと
子どもは首を振りました
「友達に馬鹿にされた」
ヒステリックに訴える子どもに
「あら、それは○○ちゃんがお友達に言ってたことと同じだね」
先生は笑いながらそう言った
子どもは泣くのを止めた
「○○ちゃんはいつも1番だったからお友達の気持ちが分からずにいたけど、今日は分かることが出来てラッキーだね」
子どもは少し黙っていた
少ししてから
「いつも馬鹿にしてごめんね」
友達に謝っていた
その日、子どもが全員帰ってから先生に呼び止められて1時間ほど話しました。
「先生、あの時のやり取りを見ていましたね?」
そう言われた時ドキーッとしました。
ほとんど目が見えない状態の先生に、なぜわかったのかと。
その時、本当に先生はすごい人だなと思ってやまなかったのを今でも覚えています。
「先生はあのやり取りを見て、どう感じた?」
と聞かれて、率直な意見を言いました。
「○○ちゃんは運動神経も良くて、頭も良いですけど、他人への思いやりに欠けるなと思ってました。でも、今日自分が馬鹿にされたことに対してヒステリックになって、先生の話も聞かないで帰ってしまうのかな~と思ったんですけど・・・
自分から謝りに行っていて、正直驚きました。
先生が○○ちゃんに謝りに行けと言わなくても行ってましたよね?」
先生は「子どもの道を作るのが保育士の仕事ではないと思うんです。あーしなさい、こーしなさいと言わなくても、正しいほうに誘導するだけで、後は子ども自身が決めて進みますから」と笑っていたのを覚えています。
前に『成功するよりも失敗して学ぶほうが尊い』と言っていたのを思い出して、その日の出来事は○○ちゃんにとって人生の中で大切な出来事だったんだと感じました。
放課後、泣きながら子どもが帰ってきました
目の不自由な最高齢の先生が子どもを近くに呼んで
「○○ちゃんどうしたの?」と聞くと
子どもは黙って鼻水をすすっていた
それでも尚
「泣いていたらわからないよ?」
子どもは小さな声でこう言った
「テストで一番になれなかった」
得意な教科
いつも1番だった自分
「そうか、悔しかったんだね」
先生がそう言うと
子どもは首を振りました
「友達に馬鹿にされた」
ヒステリックに訴える子どもに
「あら、それは○○ちゃんがお友達に言ってたことと同じだね」
先生は笑いながらそう言った
子どもは泣くのを止めた
「○○ちゃんはいつも1番だったからお友達の気持ちが分からずにいたけど、今日は分かることが出来てラッキーだね」
子どもは少し黙っていた
少ししてから
「いつも馬鹿にしてごめんね」
友達に謝っていた
その日、子どもが全員帰ってから先生に呼び止められて1時間ほど話しました。
「先生、あの時のやり取りを見ていましたね?」
そう言われた時ドキーッとしました。
ほとんど目が見えない状態の先生に、なぜわかったのかと。
その時、本当に先生はすごい人だなと思ってやまなかったのを今でも覚えています。
「先生はあのやり取りを見て、どう感じた?」
と聞かれて、率直な意見を言いました。
「○○ちゃんは運動神経も良くて、頭も良いですけど、他人への思いやりに欠けるなと思ってました。でも、今日自分が馬鹿にされたことに対してヒステリックになって、先生の話も聞かないで帰ってしまうのかな~と思ったんですけど・・・
自分から謝りに行っていて、正直驚きました。
先生が○○ちゃんに謝りに行けと言わなくても行ってましたよね?」
先生は「子どもの道を作るのが保育士の仕事ではないと思うんです。あーしなさい、こーしなさいと言わなくても、正しいほうに誘導するだけで、後は子ども自身が決めて進みますから」と笑っていたのを覚えています。
前に『成功するよりも失敗して学ぶほうが尊い』と言っていたのを思い出して、その日の出来事は○○ちゃんにとって人生の中で大切な出来事だったんだと感じました。