神殿の幕が裂ける
(マタイ27:50,51)
「そのとき,
イエスはもう一度大声で叫んで,
息を引き取られた。
すると,見よ。
神殿の幕が
上から下まで真二つに裂けた。
そして,
地が揺れ動き,
岩が裂けた。」
イエス・キリストが十字架の上で死ぬと,
神殿の幕が裂けました。
神と人との隔てが
取り除かれたことを示しています。
神殿の聖所と至聖所とを隔てている
垂れ幕が裂けたのです。
至聖所には,
大祭司が年1度だけしか
入れませんでした。
しかし,キリストの十字架の死によって,
贖いの業がなされ,
イエス・キリストを信じる者が
霊的な至聖所に
入れるようになりました。
それは,イエス・キリストを信じる者は,
神に近づいて
神と直接交われることを示しています。
(ヘブル10:19,20)
「こういうわけですから,
兄弟たち。
私たちは,
イエスの血によって,
大胆にまことの聖所に
はいることができるのです。
イエスは
ご自分の肉体という垂れ幕を通して,
私たちのために
この新しい生ける道を
設けてくださったのです。」
キリストにおいて一つとなる
(エペソ2:11-22)
「ですから,
思い出してください。
あなたがたは,
以前は肉において異邦人でした。
すなわち,肉において人の手による,
いわゆる割礼を持つ人々からは,
無割礼の人々と呼ばれる者であって,
そのころのあなたがたは,
キリストから離れ,
イスラエルの国から除外され,
約束の契約については他国人であり,
この世にあって望みもなく,
神もない人たちでした。
しかし,
以前は遠く離れていたあなたがたも,
今では
キリスト・イエスの中にあることにより,
キリストの血によって
近い者とされたのです。
キリストこそ私たちの平和であり,
二つのものを一つにし,
隔ての壁を打ちこわし,
ご自分の肉において,
敵意を廃棄された方です。
敵意とは,
さまざまの規定から成り立っている
戒めの律法なのです。
このことは,
二つのものをご自身において
新しいひとりの人に造り上げて,
平和を実現するためであり,
また,両者を一つのからだとして,
十字架によって
神と和解させるためなのです。
敵意は十字架によって葬り去られました。
それからキリストは来られて,
遠くにいたあなたがたに平和を宣べ,
近くにいた人たちにも
平和を宣べられました。
私たちは,このキリストによって,
両者ともに一つの御霊において,
父のみもとに近づくことができるのです。
こういうわけで,
あなたがたは,
もはや他国人でも寄留者でもなく,
今は聖徒たちと同じ国民であり,
神の家族なのです。
あなたがたは
使徒と預言者という
土台の上に建てられており,
キリスト・イエスご自身がその礎石です。
この方にあって,
組み合わされた建物の全体が成長し,
主にある聖なる宮となるのであり,
このキリストにあって,
あなたがたもともに建てられ,
御霊によって
神の御住まいとなるのです。」