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朝の光(聖書の言葉)

旧約聖書 1 天地創造 ― アダム・イブ  

旧約聖書 1 天地創造 ― アダム・イブ


旧約聖書

(創世記からエステル記まで)の重要な

聖書の言葉を選びました。

  

☆彡

 


天と地の創造

 

(創世記1:1)

「初めに,神が天と地を創造した。」

 

神はご自身の存在を弁明したり,

証明しようとされません。

 

神が天と地を創造したという事実を

宣言しています。

 

 神が天地を創造した理由は

次のように宣べています。

 

(イザヤ43:7)

「わたしの名で

呼ばれるすべての者は,

わたしの栄光のために,

わたしがこれを創造し,

これを形造り,これを造った。」

 

神の天地の創造に

疑問を持つ考えに対して,

パウロは次のように言います。

 

(ローマ1:20)

「神の,目に見えない本性,

すなわち神の永遠の力と神性は,

世界の創造された時からこのかた,

被造物によって知られ,

はっきりと認められるのであって,

彼らに弁解の余地はないのです。」

 

 

人の創造

 

(創世記1:26,27)

「神は仰せられた。

『さあ人を造ろう。

われわれのかたちとして,

われわれに似せて。

彼らが,海の魚,空の鳥,家畜,

地のすべてのもの,

地をはうすべてのものを

支配するように。』

神は人をご自身のかたちとして

創造された。

神のかたちとして彼を創造し,

男と女とに彼らを創造された。」

 

人の尊厳は,神によって,

神に似せて造られたところにあります。

 

人は神のかたちを持つため,

神から問われ,応答するものです。

 

人が男と女に創造されたことを,

イエスは次のように言います。

 

(マタイ19:4)

「イエスはお答えになった。

『あなたたちは読んだことがないのか。

創造主は初めから人を

男と女とにお造りになった。』」

 

(マルコ10:6)

「天地創造の初めから,

神は人を男と女とにお造りになった。」

 

 

 

 

それは非常に良かった

 

(創世記1:31 新改訳)

「神はお造りになった

すべてのものを見られた。

見よ。それは非常に良かった。

夕があり,朝があった。

第六日。」

 

神が造ったものは,

「非常に良かった」とあります。

 

天地も人も造られたものは,

良かったのです。

 

(創世記1:26-31 新改訳)

「神は仰せられた。

『さあ人を造ろう。

われわれのかたちとして,

われわれに似せて。

彼らが,海の魚,空の鳥,家畜,

地のすべてのもの,

地をはうすべてのものを

支配するように。』

神は人をご自身のかたちとして

創造された。

神のかたちとして彼を創造し,

男と女とに彼らを創造された。

神は彼らを祝福された。

神は彼らに仰せられた。

『生めよ。ふえよ。

地を満たせ。地を従えよ。

海の魚,空の鳥,

地をはうすべての生き物を支配せよ。』

神は仰せられた。

「見よ。

わたしは,全地の上にあって,

種を持つすべての草と,

種を持って実を結ぶすべての木を

あなたがたに与える。

それがあなたがたの食物となる。

また,地のすべての獣,

空のすべての鳥,

地をはうすべてのもので,

いのちの息のあるもののために,

食物として,すべての緑の草を与える。」

そのようになった。

神はお造りになった

すべてのものを見られた。

見よ。それは非常に良かった。

夕があり,朝があった。

第六日。」

 

 

 

 

エデンの園

 

(創世記2:15-17)

「神である主は人を取り,

エデンの園に置き,

そこを耕させ,またそこを守らせた。

神である主は人に命じて仰せられた。

『あなたは,

園のどの木からでも

思いのまま食べてよい。

しかし,善悪の知識の木からは

取って食べてはならない。

それを取って食べるとき,

あなたは必ず死ぬ。』」

 

「善悪の知識の木」は

「禁断の木」と呼ばれることがあります。

 

神は「善悪の知識の木」は,

人間の信仰,

倫理の発展のために造りました。

 

人間の自制と克己のためでした。

 

ここでは,

人間に意志の自由が

与えられていました。

 

 

 

 

「エデン」はもともと

「水の豊かに潤った所」

の意味を持つ語では

ないかと考えられています。

 

エデンの園は水の潤った,

美しい木々の生い茂る豊かな土地,

至福の場所として描かれています。

 

それは地上の楽園であり,

その位置は4つの具体的な川により

示されています。

(10‐14)

 

残念ながら

第1,第2の川ピションとギホンの位置は

定かでないため,

エデンの園の位置は不明です。

 

 

 

 

エデンの園は,

アダムとイブの罪によって,

追い出されますが,

 

イエスの救いによって,

エデンの園は回復し,完成します。

 

私たちはエデンの園を,

懐かしむ気持ちが与えられています。

 

それは,イスラエルの民が,

カナンの地を求めたように,

また,イエスが神の国を

示したことの元でありました。

 

 

(黙示21:1-4)

「また私は,

新しい天と新しい地とを見た。

以前の天と,以前の地は過ぎ去り,

もはや海もない。

私はまた,

聖なる都,新しいエルサレムが,

夫のために飾られた

花嫁のように整えられて,

神のみもとを出て,

天から下って来るのを見た。

そのとき私は,

御座から出る大きな声が

こう言うのを聞いた。

『見よ。神の幕屋が人とともにある。

神は彼らとともに住み,

彼らはその民となる。

また,神ご自身が

彼らとともにおられて,

彼らの目の涙を

すっかりぬぐい取ってくださる。

もはや死もなく,

悲しみ,叫び,苦しみもない。

なぜなら,以前のものが,

もはや過ぎ去ったからである。』」

 

 

 

 

ふさわしい助けて

 

(創世記2:18)

「神である主は仰せられた。

『人が,ひとりでいるのは良くない。

わたしは彼のために,

彼にふさわしい助け手を造ろう。』」


(1コリント11:8,9)

 「男は女をもとにして

造られたのではなくて,

女が男をもとにして

造られたのであり,

また,

男は女のために

造られたのではなく,

女が男のために

造られたのだからです。」


 アダムとエバをキリストと教会の

ひな型と見ています。

 

これが,教会の奥義です。

 

(エペソ3:5)

「この奥義は,今は,御霊によって,

キリストの聖なる使徒たちと

預言者たちに啓示されていますが,

前の時代には,

今と同じようには

人々に知らされていませんでした。」


 

(エペソ5:28-32)

「夫も自分の妻を自分のからだのように

愛さなければなりません。

自分の妻を愛する者は

自分を愛しているのです。

だれも自分の身を憎んだ者はいません。

かえって,これを養い育てます。

それはキリストが

教会をそうされたのと同じです。

私たちは

キリストのからだの部分だからです。

『それゆえ,人はその父と母を離れ,

妻と結ばれ,

ふたりは一心同体となる。』

この奥義は偉大です。

私は,キリストと教会とを

さして言っているのです。」

 

(創世記2:15-25)

「神である主は人を取り,

エデンの園に置き,

そこを耕させ,またそこを守らせた。

神である主は人に命じて仰せられた。

「あなたは,

園のどの木からでも

思いのまま食べてよい。

しかし,善悪の知識の木からは

取って食べてはならない。

それを取って食べるとき,

あなたは必ず死ぬ。」

神である主は仰せられた。

「人が,ひとりでいるのは良くない。

わたしは彼のために,

彼にふさわしい助け手を造ろう。」

神である主は

土からあらゆる野の獣と,

あらゆる空の鳥を形造り,

それにどんな名を

彼がつけるかを見るために,

人のところに連れて来られた。

人が生き物につける名はみな,

それがその名となった。

こうして人は,すべての家畜,

空の鳥,野のあらゆる獣に

名をつけたが,

人にはふさわしい助け手が,

見あたらなかった。

そこで神である主が,

深い眠りをその人に

下されたので彼は眠った。

それで,彼のあばら骨の一つを取り,

そのところの肉をふさがれた。

こうして神である主は,

人から取ったあばら骨を,

ひとりの女に造り上げ,

その女を人のところに

連れて来られた。

すると人は言った。

「これこそ,今や,

私の骨からの骨,私の肉からの肉。

これを女と名づけよう。

これは男から取られたのだから。」

それゆえ,男はその父母を離れ,

妻と結び合い,

ふたりは一体となるのである。

そのとき,人とその妻は,

ふたりとも裸であったが,

互いに恥ずかしいと思わなかった。

 

 

 

(創世記3:1)

「さて,

神である主が造られた

あらゆる野の獣のうちで,

蛇が一番狡猾であった。

蛇は女に言った。

『あなたがたは,

園のどんな木からも

食べてはならない,

と神は,

ほんとうに言われたのですか。』」

 

ここでの蛇は,

原語(ヘブル語)では

定冠詞がついています。

 

それは,特別な蛇をあらわしています。

 

次の聖書箇所から,

この蛇はサタンを意味していることが

わかります。


 

(黙示録12:9)

「この巨大な竜,

すなわち,悪魔とか,

サタンとか呼ばれて,

全世界を惑わす,

あの古い蛇は投げ落とされた。

彼は地上に投げ落とされ,

彼の使いどもも彼とともに

投げ落とされた。」


サタンの最後は,

すでに示されています。

 

 



アダムとイブ,罪を犯す

 

(創世記3:6,7)

「そこで女が見ると,その木は,

まことに食べるのに良く,

目に慕わしく,

賢くするというその木は

いかにも好ましかった。

それで女はその実を取って食べ,

いっしょにいた夫にも与えたので,

夫も食べた。

このようにして,ふたりの目は開かれ,

それで彼らは自分たちが

裸であることを知った。

そこで,

彼らは,いちじくの葉をつづり合わせて,

自分たちの腰のおおいを作った。」

 

 

 

 

最初の福音  

 

(創世記3:15 口語訳)

「わたしは,おまえと女との間に,

また,

おまえの子孫と女の子孫との間に,

敵意を置く。

彼は,おまえの頭を踏み砕き,

おまえは,彼のかかとにかみつく。」

 

この言葉は「最初の福音」です。

 

アダムとイブが罪を犯した後,

神から与えられたものです。

 

「お前」とは,蛇すなわちサタンです。

 

「お前の子孫と女の子孫」とは,

キリストのことです。

 

「かかとにかみつく」とは,

キリストの十字架です。

 

サタンは相手に

激しい苦痛をあたえますが,

それは致命的なものになりません。

 

「頭を砕く」とは,

サタンの致命的な打撃です。

 

サタンに対する完全な勝利を

示しています。

 

キリストは,

蛇のきずなから

解放してくださいます。

 

キリストが

サタンに打ち勝つことによって,

わたしたちは,

罪,死,サタンから解放されます。

 

 

 

 

皮の衣

 

(創世記3:21)

「神である主は,

アダムとその妻のために,

皮の衣を作り,

彼らに着せてくださった。」

 

 

アダムとイブが

罪を犯した後の神のあわれみです。

 

ここに,

神の人への望みと

神の人へのあわれみを

見ることが出来ます。

 

罪を犯した後アダムとイブは,

いちじくの葉で自分の腰を覆います。

 

 

(創世記3:7)

「このようにして,

ふたりの目は開かれ,

それで彼らは自分たちが

裸であることを知った。

そこで,彼らは,

いちじくの葉をつづり合わせて,

自分たちの腰のおおいを作った。」

 

 

神は人の裸を覆うために,

いちじくの葉をつづり合せた

覆いの代りに,

皮の衣を作って人に与えられました。

 

これは,神の罪人へのあわれみです。

 

罪を犯した者をも,

神が赦すことをあらわしています。

 

イエス・キリストが十字架につけられ,

信じる者の罪が

赦されることを預言しています。

 

(ガラテヤ3:27)

「バプテスマを受けて

キリストにつく者とされた

あなたがたはみな,

キリストをその身に着たのです。」

 

イエス・キリストを信じるものは,

キリストを着ていると

パウロは言います。

 

これは,パウロの体験にもなりました。

 

また,

イエスを信じる者が

受ける恵みでもあり,

体験ともなります。

 

バプテスマを受けたものは,

キリストに覆(おお)われているのです。

 

旧約聖書のヘブル語で,

贖うという言葉は,

覆うと言うことを意味します。

 

この言葉は,

キリストに覆われ,

包まれることを表わします。

 

それは,

イエス・キリストを信じるものが,

キリストを着ることによって成就します。

 

 

 

 

神は人を良く造りましたが,

人は罪をおかしました。

 

神はその罪をも赦すために,

蛇の頭を砕き,皮の衣を与えています。

 

それは,キリストの救いを現しています。

 

 

 2018-02-24


2022.8.29 改定

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