川名ますみ句集

花冠同人川名ますみのブログ句集

跋/高橋正子

2008-11-22 17:21:55 | Weblog
  跋
               高橋正子

   雪礫空に返したくて放る

 雪を礫にして、礫にしてみると、それを思いっきり空へ放りたくなる。あれほどに遠く高い空へ返してやりたくなる。そうすると、思い切り心が解放されそう。若々しい句。

   冬晴れて登ることなき山のぞむ

 冬晴れに高い山が望める。その山に自分は決して登ることはできないが、その山の姿のすばらしさに、登ることはかなわないが、せめて心だけでも登ってみたい思いや憧れがある。

   残る鴨みずから生みし輪の芯に

 「残る鴨」なので、みずからが生んだ輪の中心にいるという事実が生きる。温んだ水が、しずかに輪を描き、その中心にいる鴨に、独りでいる意思が読み取れる。

   春光に縁取られつつ白衣過ぐ

 ナースの白衣に春の光りがあたると、ナースは光りに包まれたように思える。白いものの光りは清らかで、まさに春の光りだ。

   病臥の眼に青きを映し五月行く

 静臥の時間は、眼が空を見る。その眼に青空が青を映してくれて、今日で青空の多い五月も行ってしまう、という感懐。

   知らぬ名の真夏の島に父発てり

 父は、自分の父でありながら、特別な人として、後姿で捉えられている。父は自分の知らない名の真夏の小島に出発した。それが、父というものだろう。

   秋の燈に張り替えし椅子の傷と艶

 張り替えた椅子が、秋の 燈に照らされて、古い傷と使い込んだ艶とが懐かしくまた、美しく目に映ります。

   刷かれきてここより鰯雲となる

 もとの句の「掃かれ」は、わかりにくい。「刷かれ」とした。眺めている空の雲の景色は、見ていて飽きない。移動していると、空に刷かれていたすじ雲が、あるところからは、鰯雲となったというたのしさ。秋空の澄んだ空気を得て、心境が出た。

   秋冷を久しくふれぬ鍵盤に

 長く触れなかった鍵盤に秋冷はあった。秋冷が現実深く感じ取られている。触れられた鍵盤は今踊りだそうとしているようにも受け止められる。

   脱稿をこの日と決めし一葉忌

 「一葉忌」に託す思いが知れる。ここを踏ん張って脱稿にこぎつけようという意思の強さが、一葉に通じるようだ。

   山峡の一家の植田陽を返す

 山峡なので「一家の植田」に、つつましい田が想像できる。植田に風が渡り、陽をよく返している。陽に恵まれて、これから夏を過ごして、実りの秋へ豊かに稲が育っていくことであろう。単なる写生でなく、植田の一家にも心が及んでいる。

  きちきちを追うて着きたる祖父の墓

 祖父の墓は、草のある道を辿って着くのだろう。きちきちが、行く手をキチキチと飛んで、案内をするよう。それを少年のように追いかけてゆく面白さがある。きちきちは祖父のお使いかもしれない。

  下萌の川原ひろびろ橋渡す

 ようやく草が萌え出した川原。そこに長い橋がかかっている。川原がひろびろしていることはもちろん、橋ものびやかである。下萌の川原であるからこそ、このような広さが見える。

  ランドセル背負う車椅子枇杷は黄に

 車椅子に乗った子がランドセルをしょっていることに、心を動かされる。見れば枇杷は黄色に色づき、季節はやさしく子を見守るようだ。

  水のいろ火のいろ街に秋燈

 街に灯る秋の燈を見ていますと、水のいろをした燈、火のいろをした燈があります。それが、大発見のように新鮮です。青い燈、赤い燈が入り混じる街の燈を見つめれば、どこかさびしさも湧いてきます。