いなげや、監査不備が波紋 財務諸表訂正でTOB延長 準大手法人、重責担えるか(記事冒頭のみ)
すでにいろいろなところで取り上げられているようですが、監査人である準大手の仰星監査法人の見解変更により、いなげやが過年度決算の訂正を余儀なくされたという記事。同社株に対するTOBにも影響があったそうです。
「イオンがいなげやに対して10月10日から実施してきたTOB(株式公開買い付け)が11月29日、期限を迎えた。当初は11月21日までの予定だったが、いなげやが過去の財務諸表の訂正を14日に発表したことで延長を余儀なくされ、混乱を招いた。背景にはいなげやの監査人である仰星監査法人による「ちゃぶ台返し」がある。」
記事によれば、10月20日に仰星から訂正の要請があり、2023年3月期の繰延税金資産を9億円あまり取り崩したとのことで、資産除去債務に関する繰延税金資産の回収可能性の問題だったようです。
記事だけでは、確たることはいえませんが、一般論でいえば、資産除去債務にかかる将来減算一時差異は長期にわたって解消されるものであり、しかも、償却限度額超過のような徐々に解消していくものではなく、固定資産除却時に一挙に解消されるものですから、回収可能性は厳しく見ざるを得ないのでしょう。
独立会計士のコメント(業績悪化で(会社)分類が変わったのではないか)や大手監査法人パートナーの批判的コメント(担当者の知識不足、上司のレビュー不足だろう。これだけ大きな金額なら会社も監査人も気をつけて確認するはず)ものっています。記者も、準大手監査法人に重責を担えるのか、日本の監査制度の持続可能性うんぬんと、大げさなことを述べています。
会社のプレスリリース。
過年度の有価証券報告書等に係る訂正報告書の提出(過年度決算の訂正)に関するお知らせ(2023年11月14日)(PDFファイル)
「本件訂正内容は、2023 年3月期に計上した繰延税金資産のうち一部計上額に誤りがあったため 948 百万円を取り崩し、同金額について法人税等調整額にて追加で計上を行ったものです。
経緯につきましては、以下の通りとなります。
当社は、2023 年3月期決算につきまして、仰星監査法人による財務諸表監査及び内部統制監査により適正意見を得て、2023 年6月 22 日に有価証券報告書を提出、公表いたしました。
その後、2023 年 10 月 20 日に仰星監査法人より、本件訂正について申し入れがありました。具体的には、2023 年9月 11 日から行われた同監査法人内部のモニタリングにより当社 2023 年3月期決算が対象となり、同期に計上した繰延税金資産のうち、資産除去債務に相当する金額について監査内容を再検討した結果、計上を認めたことに係る過失が判明したとして過年度に遡った取り崩しを一方的に要請してきました。
当社においては 2023 年3月期決算における繰延税金資産の取り崩し額については、同決算期の最も大きな論点であり同期中より議論を始め、2023 年4月より行われた 2023 年3月期の監査手続きにおいて「税効果スケジューリング表」等具体的な資料を提示の上、当社の算出根拠を説明して同監査法人も異議なく了承していた事実、並びに全体の財務諸表監査及び内部統制監査においても無限定の適正意見を得ていること、また会計基準に照らし合わせても当社の取り扱いは妥当性を有していることを踏まえ、同監査法人に対して訂正要請撤回を申し入れいたしましたが、同監査法人は納得できる説明もなく受け入れませんでした。
その後、再三にわたり監査法人と協議を行ってまいりましたが、監査法人として当初の監査の過程において本件誤謬を発見できなかったことには全面的に過失があったと謝罪するばかりで結論の変更は困難であるとの答弁を繰り返す事態に至りました。
当社といたしましては、無限定適正意見を受けた過年度決算を訂正することは、監査の経緯等も含めて到底納得はできないものの、本件監査法人との見解の相違が発生している状況では最も保守的な内容での過年度決算内容で訂正開示すべきとの判断に至り極めて遺憾ではございますが過年度に遡り訂正することといたしました。
これにより、過年度に遡って繰延税金資産の取り崩し処理を実施することで連結財務諸表及び個別財務諸表に反映させ、2023 年3月期の有価証券報告書及び 2024 年3月期第1四半期報告書を作成いたします。
なお、本件についてこのような事態に至った監査法人内での要因経緯等につきましては、引き続き明確にするよう同監査法人からの説明を求めてまいります。」
「訂正による影響額は、繰延税金資産の取り崩しについて「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」として回収不能として取り扱うべき資産除去債務に係る繰延税金資産(948 百万円)となります。」
職業倫理上、監査法人はクライアントに対して誠実に対応する義務があります。他方、会計監査人として、正しい会計処理を指導する(過年度の会計処理が間違っていたのであれば訂正するよう求める)義務もあります。このケースでは、2つの義務の間でジレンマが生じたわけですが、どちらの義務を優先すべきかといえば、当然、会計監査人としての責任を果たすことを優先すべきでしょう。監査報酬の約束を急に破ったというのとはちがいます。仰星監査法人は正しい対応を行ったと思います。また、監査法人内の監査品質に関するモニタリングも機能していたという評価になるでしょう。
もちろん、そういうジレンマが生じないように、最初から正しく監査していればよかったわけですが、かといって、会社のいうとおりに、訂正しないことを容認していたら、後でもっと大問題になっていた可能性があります。