カワノヒロシ と かわのひろ

新作、旧作公開してます。画像等の無断転用は厳禁ですので、よろしくお願いします。

短編小説「乳首コントローラーPi-Pi(パイパイ)」

2014-01-30 18:54:05 | カワノヒロシの小説



   1

 二〇一三年――
 全宇宙から東京都杉〇並区に侵略者が続々と襲来していた――。

「杉〇並区が欲しい~」
「杉〇並区だけでいい~」

 JR阿佐ヶ谷駅から南北に続くケヤキ並木、中杉通りが青梅街道に突き当たる丁字路の南側、成田東四丁目と五丁目の境に新たな侵略者が出現した。

「杉〇並区が欲しい~」
「土地が平らなのがいい~」

 全長は手前にある東京靴流通センターの入る五階建てのビルを上回っている。手があり、足があり、ヒトのように二足歩行をしているが頭が無い。全身はカピバラの体毛のようなもので覆われ、胸には地球上でもっとも有名な日本製の猫のキャラクターに酷似した模様がある。それが単なる模様なのか「顔」なのかは判別できないが、過去の侵略者の中にその類例がない事から、全く未知の生物である事が解かる。文字通り全宇宙から続々と侵略者が杉〇並区に襲来しているのだ。

「七夕祭りが欲しい~」
「どこでもやってるお手軽感がいい~」

 他の侵略者同様、具体的ではあるが侵略の理由としてはまるでなっていない理由を吐き出しながら、ゆっくりと青梅街道に歩みを進めている。目的は目前の杉〇並区役所だろう。
 夏にはゴーヤ、へちま、朝顔などで緑のカーテンが作られる区役所前の広場には、すでにテレビ東京、MXテレビ、JCOMを中心に日本中のメディア、さらに多くの野次馬が集結していた。そして彼らの目的は侵略者などでは、もちろん無い。
「接収ー!接収ー!」
 すずらん通りの方角から一人の少年が声を上げ走って来た。その高く掲げられた右手にはツヤ消し素材の表面に「Pocket Pi-Pi」と刻印された、モバイルWi-Fiルーター程の大きさのセルリアンブルーの電子機器が握られている。
「これ持って!」
 少年は野次馬の中の一人、二十代前半の黒髪のセミロング、ボーダーのタンクトップにデニムのミニスカートを履いた女にその電子機器を預けた。
「は、はい!」
 女は慌てたように頷くが、その表情の中には微かな「野心」とも言えるものも見え隠れしている。
「これより東京都条例に従って!…」
 少年はいきなり女のタンクトップを掴み鎖骨のあたりまで捲り上げる。一斉にメディア、一般人のカメラがその様子を狙う。少年はさらに、そこに現れた迷彩柄のブラにも手をかけ、
「あなたの乳首を接収する!」と叫んだ。
 後に写真週刊誌紙上で明らかになった、90センチDカップの形の良い乳房が露わになる。少年は両手を女のやや大きめな、しかしやはり後に「それがかえってイイ」と言われる事となる乳輪の上に添え、親指と人差し指で乳首をゲーム機のコントロールスティックのように挟み込んだ。「びくっ」っと身体を震わせる女。「くいっ」と乳首をコントロールする少年。

 侵略者の目の前には、巨大な鶏卵を思わせるロボットが立ちはだかっていた。

「いつまでアレを放置しておくおつもりですか!」
 ストレートのロングヘアーにシンプルな濃紺のパンツスーツに身を包んだ女は、侵略者とロボットが眼前で組み合う杉○並区役所の応接室で、ひとりの男と向き合っていた。
 女の名前は善福寺養子。女弁護士。司法試験に大学在学中に合格、以来女性の人権保護を中心に今日(こんにち)まで活動してきた。
 男の名前は天沼後朗。杉〇並区長。常に不必要な威圧感を必要以上に周囲に振りまいて今日(こんにち)まで生きてきた。
「放置?侵略者は今、全力で排除してるじゃありませんか」
「とぼけないで!」
「とぼける?何を?」
 天沼の右口角が愉快そうに上がった。天沼にとって女は見下す対象か、性の対象でしかなく、言ってみればそれは「侮蔑」の一言に集約される。
「あ、あの…あの…女性のチ、チク…」
「はあ?女性のなんだって?」
 天沼は心から愉しんでいた。

 ロボットは鶏卵を思わせる、と書いたが、手もあり足もある。ただ胴体と思しきタマゴ形の部分は天辺に切れ込みがあり、首回りは蛇腹になっている。見方によっては「亀頭」と見る事も出来た。

「と、とにかく!アレは自衛隊の仕事でしょ!」
 窓外で繰り広げられる侵略者とロボットの戦闘を指さし、善福寺養子は微かに赤らんだ自分を恥じるように天沼に詰め寄った。
「そんな事したら近隣諸国がうるっせえじゃん」
 天沼は事もなげにオフレコでしか言えない事をオフレコだから言う。
「だったら……少年に乳房どころか乳首をイジラセルなんて、女性に対するセクハラ以前に児童虐待…!あの子からアレを取り上げてせめて国が…!」
「おやおやこれは弁護士の先生とも思えないお言葉。いいですか?「Pocket Pi-Pi」および「Pi-Pi対応ロボット エッグゲッター」は故林逃(にげる)博士…いや、故 故林逃博士から故林責(せめる)くんが正当に相続したものであり、相続税もきちんと払っている。これを取り上げる事は国家の根幹を揺るがす事。そうではありませんか?」

 少年、故林責は女の乳首をコントロールする。しかし、僅かにぎこちない。そのぎこちなさがPi-Pi通信によって乳首からエッグゲッターに送られ、杉〇並区役所前の郵便局を破壊した。一方で、その予測しえない動きがかえって乳首を提供する女自身の反応を敏感にする。そして、その様子は周囲を囲む選ばれなかった他の女たちを嫉妬させ、メディアを通じて目撃する者たちも含め、男たちを勃起させた。

「それに…」
 窓外に目を移していた天沼が続けた。
「多少の損害を補って余りある補助金が国から下りている。なにしろ、侵略者は杉〇並区しか欲しがっていない。逆に言えば杉〇並区でその被害を食い止めているのだから、当然と言えば当然の事だがね」
 天沼は何がおかしいのか微かに笑う。というより、今まで男女を問わず人を見下して来たため、その表情は常に半笑いだ。
「また、全宇宙から来る侵略者、その戦闘シーンを見に全世界から観光客にお越しいただいている」
「経済効果…。本音はそこか……」
 善福寺養子は呟き、今まさに「戦闘シーン」に釘付けになる区役所前広場の男たちを見下ろした。
「だったら……。だったらソレ専任の人間を置けばいいじゃありませんか…」
 「ソレ専任?例えばストリッパー?AV女優?その手の人間なら問題ないと?今度は職業差別ですか。これまた弁護士の先生とは思えないお言葉」
 天沼はそれが有用であれば正論も言う。いや、正論も利用すると言った方が正確か。
 善福寺養子は天沼から目線を外し、再び窓外を見下ろした。
「ただ」
 天沼は続けた。
「決してソレを嫌がっている女性ばかりではない事もご存知ですよね?先生」
 善福寺養子の目にもその女たちの姿は映っていた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 女の絶叫と共に侵略者が轟音を立ててケシ飛んだ。
荒い息を吐いて責の足元に座り込んだ女は、この後今までの女たちと同様、グラビアで露出した後、CS放送のパチンコ番組のアシスタントをキャリアの頂点とする事となる。
「お姉さん。エッグゲッターを帰還させないとならないからもう少し協力してね」
 女の乳首を再びコントロールする責の表情からは勝利の余韻を読み取る事は出来なかったが、微かにその股間は硬く隆起しているように見えた。

  2

 故林責。十才。実は中〇野区民だ。
 (杉〇並区との位置関係は、杉並区と中野区と全く同じ)
 早稲田通りを挟んで杉〇並区と隣接する、中〇野区大和町の込み入った住宅街にはやや似つかわしくない、洋館風の住宅と大型の倉庫を思わせる研究棟を擁した広大な敷地に「故林研究所」はある。
「上上下右上左右…」
 責は責自身には価値もわからない西洋の調度品に囲まれた、ただ、だだっ広いリビングのソファーに一人腰掛け、両手を中空に差し出すようにしてブツブツ呟きながら、エアーで乳首をコントロールする練習をしていた。そして、その股間はやはり硬く隆起しているように見えた。
「上上下右上左右…」
 責は母親似のその目が、やや人より大きく見える程度で特別特徴のある容姿でもなく、学校でも特別な存在では無かった。  「無かった」というのは、現在の状況の中では何時侵略者が現れるのかもわからないという物理的な側面はもちろんあったが、学区の関係で被害の全くない中〇野区の小学校に通っていた責は、杉〇並区をいくら危機から救ったとしても中〇野区の住民、特に小学校の父兄にとってはただ単におおっぴらに女の乳首を弄り回す困った存在でしかなく、また、いじめの対象になりやすいという勝手な判断で学校に通う事そのものを宙に浮かされ、責任を取りたくない大人たちによって棚上げにされ続けていたのである。
「上上下右上左右…」
 だから今日も責は一人ソファーに腰掛け、エアーで乳首をコントロールしていた。
「なんで…この時いつもチンコが硬くなるのかなあ……」
 故林責。十才。性の目覚めはまだ訪れていない。

「責。ご飯でござる」
 リビングのドアを開け、一人のスーツ姿の老齢の執事を付き従えた、エプロン姿で手に、お玉を持ったツインテールの少女が声をかける。しかし、エアーでの乳首コントロールに夢中の責はブツブツ言うだけでこれに気付かない。
「ちっ!無視するなんて扶養家族のくせに生意気でござる」
 少女は故林ひなん。責の妹。母親似のやや大きめな目が責とも似ている。「Pocket Pi-Pi」および「エッグゲッター」以外の全ての遺産を相続していた。責は現在その資産で文字通り養われているのである。
「上上下右上左右…それに…何か…何かが違う…あの時と……」
 乳首コントロールに没頭する責は、一人ブツブツと呟き続け、ひなんはそれを苦々しく見つめた。
「……この仕返しは十年後の今日、膝カックンで返すでござる」
 ひなんは十年後その想いを果たす事となる。

  3

「阿波踊りが欲しい~」
「二番煎じがいい~」

 数年前、高円寺駅北口前に整備された広場に新たな侵略者が現れた。やはり人型だが全身をキャンバス状の生地が覆い顔と言わず腕と言わず足と言わず、ジッパーのようなものが取り付けられている。試しにYKKのロゴを探してみるが見当たらない。
 すでに乳首の接収は終わり、純情商店街のロゴが刻まれたアーチの手前で侵略者とエッグゲッターは手四つの状態で膠着している。乳首の提供者は三十前後の日常会話がちょっとエロく聞こえてしまうようなタイプの女で、この後、乳首提供者の中では最も成功を収め、キャリアの頂点では月63万円稼ぐ事となる。
 責たちを取り囲むメディアと、やらしい眼で女を見る男たちと、いやらしい眼で女を睨む女たちの後方に善福寺養子がいた。もちろん責は気付かない。まだ、善福寺養子の存在自体を知らないのだから当然ではあったが、存在を知っていても本来乳首コントロールに集中していて気付くはずは無かった。しかし、善福寺養子はそこに疑問の余地を感じる程に責が乳首コントロールに集中していないのを感じていた。その証拠にエッグゲッターは手四つから押し込まれ、今ブリッジの状態で腹の上に侵略者を乗せていた。

 一年前─。

 深夜、十一時。故林研究所の研究棟の中から空気を切り裂く「シュン」「シュン」という音が漏れ続けていた。その日、詰将棋の九手詰めが初めて解けた興奮からなかなか寝付けなかった責は、その「シュン」「シュン」という音に導かれるように研究棟の正面入り口に立ち、研究棟から漏れる微かな光を顔に受けるようにして中を覗き込んだ。
 正面奥には父が開発中だといっていたロボットがあった。たしか名前は「エッグゲッター」名前の由来を執事に話していたのを聞いた覚えがある。「精子」には「ブロッカー」「キラー」「エッグゲッター」の三種類があり、「エッグゲッター」のみが卵子と受精できるのだと…。しかし、責には何の事を言っているのかは理解出来なかった。
 「シュン」「シュン」という音は、そのエッグゲッター…というよりも、その巨体からは似つかわしくない腕の動きが、文字通り空気を切り裂く音だった。そして、責はその時初めてエッグゲッターからの光を受けてシルエットとなっていた父、逃と母、扶子(ふうこ)の存在に気が付いた。
 母はその手に携帯電話のようなものを握り、責が好きだった、淡いピンク色のニットのセーターを鎖骨のあたりまでたくし上げ、責が小2まで吸っていた大好きな乳房を露わにしていた。そして、その両乳首を向かい合って座る父の指が細かく細かくイジっていた。
「上上下右上左右…」
 父が呪文のように繰り返す。
「はあはあ」 
 責似のやや大きな目を苦しげに細め喘ぐ母。
「シュン」「シュン」
 さらにエッグゲッターの両腕はその速度を増していた。
「敏感すぎる…敏感すぎるんだ…」
 父が言う。
「だって…だって…」
 母が言う。
「シュン」「シュン」
「はあはあ」
「シュン」「シュン」「シュン」
「はあはあはあ」
「シュン」
「ぴちゃっ…」

 父と母は責の目の前でエッグゲッターに潰された。

 純情商店街前の戦いは、エッグゲッターがプロレスでいうところの「鎌固め」でギブアップを取って侵略者にはお引き取り願う事が出来た。しかし、いつものように股間を微かに硬く隆起したままエッグゲッターの帰還作業に入った責の眼に、光るものを見たように感じたのは、善福寺養子の思い過ごしであったのだろうか……。

   4

 JR荻窪駅の西、青梅街道と環状八号線の交差する辺り、桃井一丁目の雑居ビルに「善福寺法律事務所」はある。二十九才の若さで女性の人権保護を中心に活動しながら、個人事務所を独力で立ち上げたのは、ひとえに彼女自身の能力の高さに起因する。しかし、事務所には彼女の他にスタッフはおらず、それは社会のそして女性たち自身の女性の人権保護に対する意識の低さも露呈していた。
「そもそもなんで通信工学が専門の故林逃博士が、侵略者も襲来していなかった一年以上前に迎撃用ロボットの開発に取り組んだんだろう…」
 飾り気のないスチール製の事務机の上で、その日送られてきた郵便物を整理しながら善福寺養子は一人呟いた。
「うん…?」
 やや厚みのある角3の茶封筒に善福寺養子の手が止まった。差出人名には「爺や」とだけある。封筒を開けると中には見覚えのあるネイビーブルーのカバーを施した手帳が入っていた。
「「ほぼ日手帳カズン」だ…」
 善福寺養子も色違いの物を愛用していたのですぐに気付いた。表紙を開け、ページをめくる。すぐに持ち主がこの手帳を日記帳代わりに使っていたのがわかった。
「「一月五日…」」
 手帳は二〇一一年用だった。
「「今日も妻が身体を求めて来る。研究が忙しいと言っても聞かない。結局三回戦」」
「「一月七日。今日も妻が聞かない。三人目が欲しいと言う。結局二回戦」」
「「一月十日。子供たちで野球チームを作りたいと言う。結局三回戦…」」
 日記にしてもあまりにもストレートすぎるその内容に、やや呆れつつも、顔を赤らめながら養子は呟いた。
「研究…三人目…まさか…」
「「一月二十日。研究と妻の欲求を満たす通信装置の開発に着手」…こ、これPi-Piの事…?この手帳は故林逃博士の日記!」
 そう思って改めてネイビーブルーのカバーを取ってみると手帳の表紙には「故林逃」と大書してあった。善福寺養子には割とこういう、うっかりな所があるが他人には決して見せないので、可愛げがないと評されている。そして、それが損な事も知っている。
「もしかして…」
 善福寺養子の頭にはある疑念が浮かび、それを確認する為、故林逃博士の日記帳を読み進めた。
「そうか…。エッグゲッターは戦闘用ロボットなんかじゃなく単なる添え物……」
 日記帳を読み終えた善福寺養子は確信を込めて呟く。
「Pi-Piシステムの本質は……大人のおもちゃ!」

   5

「責。おいしいお茶がはいったでござる」
 スーツ姿の老齢の執事を付き従えたエプロン姿のひなんが、アフタヌーンティーのセットを持ってリビングに現れた。しかし、ソファーに座り国語辞典を両手にブツブツと呟く責はソレに気付かない。
「ビンカン…ビンカン…感じ方がするどい事……」
 責はまた、一年前のあの夜の事を思い出していた。
「あの時…」

「シュン」
「ぴちゃっ…」
 エッグゲッターの腕が空気を切り裂いた。

「動きが今と全然違う…?でも、なんで……?」
 ブツブツと呟く責に完全に無視された格好となったひなんも低く呟いた。
「扶養家族の分際で……。この仕返しは十年後の今日「バカ」って書いた張り紙を背中に貼って返すでござる」
 ひなんは十年後、この想いも果たす事となる。
「ジリジリリ」
 玄関で呼び鈴が鳴った。
「私が行ってまいります」
 ひなんの後ろに付き従っていたスーツ姿の老齢の執事がそう言って玄関の方へ向かって行った。

「善福寺養子様。お待ちしておりました」
 玄関先で自分が名乗る前にそう言われた善福寺養子は動揺した。動揺したが咄嗟に口をついて出た言葉には確信があった。
 「爺や、ですね?」
「はい」
「なぜ私の事を?」
「何度か現場でお見かけしておりましたし、天沼区長の所に出入りされているのも知っておりました」
「………なるほど。ではなんであの手帳を私に?」
「あなたなら責様を元の普通の小学生に戻してくれると思ったからです」
 冷静に見えていた爺やだが、声がやや震えているように養子には聞えた。
「責様は目の前でご両親を……今は自分が操っているエッグゲッターに殺されています。にもかかわらず、杉〇並区を守るという大義の元、傍若無人に振り回される大人たちの欲望の犠牲となり、小学校に通う事すら出来ていないのです!」
 爺やは興奮を抑える事が難しくなっていた。興奮して興奮して、割とうまく収まっていたロマンスグレーのカツラがその存在を主張し始めていた。
「どうして、どうして!責様お一人がこんな目に……」

「接収ー!摂取ー!」

 そう叫んで責が玄関先に姿を現した。もちろんその手にはPocket Pi-Piが握られている。

「なみすけが欲しい~」
「特に話題にならない感がいい~」

 善福寺養子の背後に早稲田通りを渡った先、馬橋公園の辺りに居るであろう侵略者の上半身が見えていた。最近襲来した侵略者の中でもさらに人型に近いように見える。ただし頭部、手、足はまん丸く鉄球を思わせる。そしてそれらは細い鉄の棒のようなもので繋がれ、胴体部分はペイズリー柄のダウンベストのようなもので覆われていた。
「取りあえず杉〇並区に入って!」
「えっ?」
 責は善福寺養子の手を引き故林研究所の正門を抜け、早稲田通りに向かった。善福寺養子の視界の隅に爺やが映った。その顔に刻まれたシワが「たのみます」と読めたのは錯覚だったのだろうか?
「はい、コレ持って!」
 早稲田通りを渡った先、杉〇並区高円寺北四丁目で責は善福寺養子にPocket Pi-Piを手渡した。
「ちょ、ちょっと待って。是非あなたに話したい事があるの」
 二人の周囲はすでにメディアと野次馬に囲まれている。まさか自分が「対象者」になるとは想像だにしていなかった善福寺養子は狼狽した。しかし、責の耳にはすでに善福寺養子の声は届いていないようだった。
「これより東京都条例に基づき!あなたの乳首を接収する!」
 責の宣言と共に善福寺養子のジャケットとブラウスのボタンははじけ飛び、機能性だけを意識したシンプルなデザインのブラに包まれた、小ぶりだが形の良い乳房が姿を現した。

「ちょっと待って!」

 取り囲むメディアの音声さんが、一斉に音を絞るほどの大声はさすがに責の動きを止めた。
「ちょっと待って……」
 次に発した声は善福寺養子自身、呆れるほど小さくそして震えていた。
 杉〇並区役所の区長室では天沼がテレビ画面越しにその様子を見下ろしていた。

「いい…?」
 善福寺養子は責を諭すように、いやそれ以上に自分の動揺を鎮めるように落ち着いたトーンで言葉を発するように努めた。
「エッグゲッターは戦闘用ロボットなんかじゃないの」
 ここまで言った時、はだけた胸元に気付いた善福寺養子はPocket Pi-Piを持っていない左手でブラウスとジャケットを掻き合わせた。
「Pocket Pi-Piは大人のおも…ゲームなの!」

「古着屋が欲しい~」
「必要以上に店が多いのがいい~」

 エッグゲッターの登場がいつもより遅いからなのか、侵略者は馬橋公園周辺の建物をいい感じに壊しながら、杉〇並区を自分好みにリフォームしているようだ。その轟音にやや気圧されながら、善福寺養子は続けた。
「いつかゲームの性能なんか遥かに超えた侵略者が必ず現れるわ…。その時言い訳なんかきかないのよ」
 故林研究所のリビングでは、ひなんのいれたおいしいアフタヌーンティーを楽しみながら爺やがテレビ画面を注視している。
「あなたがこんな重い十字架背負って、侵略者と戦う必要なんてないの!…………………………ましてや多くの女性が人前で胸を晒すなんて……」
 責はずっと黙っている。話が難しくて解らないからなのか、自分なりの考えがあってなのか。ただ、善福寺養子の脳裏には、小学校で責の担任だった女教師に話を聞いた際に言っていた「割とこんな子です」という言葉が浮かんでいた。
 あたりにはただ侵略者のリフォームの音だけが響いていた。と、そんな状況に業を煮やしたのか、意外な、善福寺養子にとっては意外な発言が新たな展開を生んだ。
「もー。なーに?乳首さらす勇気もないんなら杉〇並区から出てってよ」
 善福寺養子が虚を突かれたように振り向くと、そこには微かに見覚えのある女が野次馬の群れの中から一歩足を踏み出していた。善福寺養子の記憶に間違いがなければ、彼女は「豊満ちちこ」というインパクトだけを狙ったゲスい芸名で数年前一瞬だけ注目されたグラビアアイドルだった。その後AVに行ったという噂を聞いた事があったが、この女も例の手法で注目を集め、復活を狙っているのだろう。
「責くん。私の乳首を接収して」
 そう言うと豊満ちちこは体のラインを必要以上に強調したライダースジャケットのジッパーを下ろし、文字通り豊満なその乳房を自ら披露した。
 善福寺養子がやや呆れ、一方では今までの自分の活動が全て無為に帰してしまったかのような、やり切れない想いで豊満ちちこの顔を見つめていると、別の方角、いや正確に言えば四方八方から女たちの声が聞こえてきた。
「だめだめ。その女がやらないなら私よ。私の乳首を接収して」
「私よ私。私の乳首よ」
「あなたみたいなスライム乳。責くんが選ぶ訳ないでしょ」
「あなたこそその断崖絶壁、良く人前に晒す勇気あったわね」
 女たちが当たり前のように次々と乳首を晒していく。
「責くん。私の乳首」
「接収して」
「責くん」
「乳首」
「接収」
「接収」
「乳首」
「コントロール」
「接収」
「乳首」
「乳首」
「乳首」
「責くん」
「接収」
「乳首」
「乳首」
「コントロール」
「乳首」
「乳首」
「乳首」
「乳首」
「乳首」
「乳首」

「ダメだよ」

「条例で一度指名された人は拒否出来ない事になってるからね」
 責はまるで熟練のティッシュ配りのフリーターのような淀みない動きで、善福寺養子の機能性だけを意識したシンプルなデザインのブラを鎖骨の辺りまで捲り上げ、小ぶりだが形の良い乳房を露わにした。
「あ…っ!」
 小さな驚きの声を上げたのは善福寺養子、ではなく責だった。
「あっ?」
 その不自然な言葉に善福寺養子はオウム返しに聞き返していた。

 そう─―。
 この時、小2まで母、扶子のオッパイを吸っていた甘えん坊の責は完全に理解していた!
Pi-Piシステムは母、扶子の乳首を基に開発されたものであり、その全能力を発揮する為には母、扶子の乳首が必要不可欠であった事を!
そして今、責の眼の前に母、扶子のソレと瓜二つ…いや、全く同一のソレがあったのだ!

 責は、ゆっくりと善福寺養子の両乳房に懐かしさもあったのか、震える手を伸ばした。そして、善福寺養子の控えめな膨らみに手のひらを添えると、親指と人差し指の付け根の位置で年齢の割に淡い発色の乳首を固定した。
「あふっ…!」
 こんなオープンスペースでは発した事のない吐息が善福寺養子の口から零れ落ちた。その事実に狼狽した善福寺養子が気持ちを立て直そうとした時…

「クンッ」

 責の右親指が微かに善福寺養子の右乳首を動かした。
「あ…んんんっ」
 善福寺養子は声を押し殺す為、目をキツク閉じたが意味をなさなかった。せめて責の不意な責めに対応しようと再び目を開けると、ついさっきまで影も形も無かったエッグゲッターがリフォーム中の侵略者の前に立ちはだかっているのが見えた。

「クイッ」
「くふっ…」
「ククンッ」
「ん…んんっ」
「クンッククンッ」
「あっふ、あっふ、あっふ」

 羞恥と快感の間で身をよじりながら善福寺養子が過ごした時間はわずか数秒だったはずだ。にも関わらず善福寺養子の目の前には今、侵略者のダウンベストと思しきもののグレンチェックの裏生地がヒラヒラと舞い、ソレがリバーシブルだった事を印象付けているだけだった。

 まさに一撃。
 これがシンクロ率100パーセント。
 Pi-Piシステム(おとなのおもちゃ)の能力だった!

 善福寺養子は下半身に力を入れる事が出来ず、荒い息を吐きながら責の足元で女座りで一人呟いた。
「わ…悪くない……」
 責も、まだ現場でたたずむエッグゲッターに目をやりながら、一人呟いた。
「これが正しいかは、今はわからない。」
 責の目は潤んでいるようにも見えた。
「でも、僕とお父さんお母さんを繋ぐ物はコレしかないんだ……」
 善福寺養子は責を見つめた。
「責くん…性の目覚めはまだなのね……」
 責の股間は、はっきりと硬く隆起していた。

   6

「やっぱり、善福寺養子様の乳首と扶子様の乳首は同一のソレでしたか」
 爺やは、ひなんのいれたアフタヌーンティーをおいしくいただいた後、テレビを消し、ティーセットの片づけを始めた。
「逃様と扶子様の情事を毎晩、出歯亀していたのが役に立ちました」
 ひなんは責においしいアフタヌーンティーを飲んで貰えなかった事で泣き疲れ、今はソファーで小さな寝息をたてている。
「善福寺養子様に関してはワタクシの若い頃からの様々な出歯亀経験からの推測でしかありませんでしたが、まさに打ってつけの方がそうであった事は誠に喜ばしい。この世には自分とそっくりの人間が三人はいると言いますが、乳首となるとその確率はどうなのでしょうねえ…?」
 窓の外には帰還するエッグゲッターの姿が見えて来た。今頃、扶子の乳首と全く同一のソレがコントロールされているのだろう。
「いずれにしても、逃様が開発したものはご子息である責様が相続されるのが当然。今でこそ対侵略者用兵器としてその所持が認められていますが、将来いつ国家戦略の中に組み込まれ、かつての財産税のような形での資産没収のような事態が起こらないとも限りません…。執事にまで身を落としたこの老人の一族のように……」
 爺やは自嘲気味にクスリと笑ったが、その目はそれとは正反対の感情を浮かべていた。
 正直、爺やは自身の中にある逃、扶子夫妻への複雑な感情を否定出来なかった。その事が、先代夫妻も含め逃、扶子夫妻の情事を出歯亀するという行為に繋がっていたと、自身の性癖を正当化してもいた。しかし、責、ひなんへの想いは純粋なものだった。自身が財産税によって路頭に迷ったのが、今のひなんとちょうど同じ、五才の時だったのだ。
「そんな事のないように…いや、責様とひなん様には決してそんな事をさせないように、エッグゲッターにまだ眠っているその全能力を発揮できるようにしておかないと……」
 ひなんが目を覚ました。
「爺や…責はもう帰ったでござるか?」
 目をこすりながら、ひなんが言う。
「まだですよ」
「今日の晩ごはんは、責の大好きな武蔵野うどんにするでござる」
「そうですか」
「うん、そうでござる」
 ひなんがにっこり笑った。




後記

「乳首コントローラーPi-Pi」は二、三年前に一度漫画で描いたものを一年程前、内容を一部変更して短編小説にして賞に応募し、ボツになった物です。
小説として書いた当時はボツになってもシナリオとして残るから、その時はまた改めて漫画にしようと思っていましたが、正直今は4コマやショートを描くのが手一杯で、今後ページ物を描く気力も無さそうなので、今回ブログに載せる事にしました。
まだページ物のアイデアのストックがいくつかあるので今後も少しずつ小説にでもして行こうかと思っていますが、その気力すらどうなるか自分でも分かっていません。  (14年1月30日記)


*サイドバーの「カテゴリー」から
 それぞれの漫画を個別にまとめ読みする事ができます。

「ドイプー」

2014-01-10 17:05:31 | カワノヒロシの過去のお仕事

14年1月~17年3月「プチロゼ」(秋水社)
*1~3話…14年9月「今月のわんこ生活」(秋水社)に再録。
*14年11月~「秋水社ORIGINAL」のクレジットで携帯サイト等で配信開始。

13年に配信や掲載された「猫忍!」や「不機嫌そうなネコ」からの繋がりで
声を掛けて貰って描く事になった作品です。

「読み切りだけど、先もあるかも…」という事だったので
まずはプロットを三本提出。

ブログにも載せている「ポメのすけポメたろう」。
「猫忍!」に一瞬だけ出て来たモモンガ忍を主人公にした「悲運!モモンガ忍!」。
そして「ドイプー」。

結果「ドイプー」が採用となり
ネームを三本提出。
原稿完成後に無事連載決定となりました。
一回でも長く連載が続くように頑張りたいと思います。

あと、「ポメのすけ~」も「モモンガ忍!」も時間と機会があれば
どこかで描きたいと思っています。


*「プチロゼ」は女性向け成人誌ですのでご注意下さい。