ブログを書き始めて、もう四年近くになりました。
最初の頃は、内容が内容だけに、個人や場所が特定されないように、この 「goo ブログ」 と、「FC2ブログ」で、交互に書いたりしていたので、この「goo ブログ」だけを読んで下さる方だと、過去の記事を遡っても、登場するナナさん、先生、そして私(イヴォンヌ)の関係や、人物像が判り難いと思います。
当初は、あえて判り難くすることが目的で、バラバラに書いていたのですが、最近は、開き直って、ここのブログだけに絞っているので、開き直りついでに、三人の人物像を改めてご紹介してみます。
ナナさん :
バツイチの元主婦で、ピアノ教室の教師。 凄い美人で、私より三歳年上。
もともと、東京生まれで、ピアニストを目指して音大を卒業した。
しかし、卒業目前の時期に、交通事故で御両親とも亡くなってしまい、卒業と同時に、親戚の強い勧めで見合い結婚して、N市に嫁いだ。 (ナナさん曰く『親戚に厄介払いされた』)
お子さん(男の子)も、もうけたが、ご主人や、義父母との折り合いが悪く、将来を見据えて一大決心をし、内緒で風俗(デリヘル)嬢の仕事に就く。
その美貌と気品で、業界では 《お昼のナンバーワン》 と呼ばれ、勤務していた午前~夕方の時間帯で、指名数トップを誇っていた。
※ なお、詳しいことは、「Touch Me」(タッチ・ミー)という私が書いた小説をご覧ください。
御主人の暴力(DV)がきっかけとなり離婚し、東京に戻って自宅マンションで近所の子供達にピアノを教えたり、区のカルチャーセンターで、ピアノ教室の講師をしている。
上記の小説の中に書いたが、後輩の風俗嬢と、ひょんな出来事からレズビアンに目覚め、バイセクシャルとなった。
先生 :
私が勝手に 「先生」 と呼んでいるだけで、そもそもは、都内の建設関係の会社に勤めていた(らしい)。
仕事で、N市へ出張して宿泊した際に、風俗嬢のナナさんと出逢った。
ナナさんが離婚し、東京に戻って以降、マンション探し、ピアノ教師としての職探し等、献身的にナナさんを支えてきた。
詳しい事情は知らないが、定年前に会社を辞め、今は、知り合いに頼まれたビルの管理人をして、悠々自適に暮らしている。
オーディオをはじめとする電気工作や、プロ並みの工具を揃えた日曜大工、自転車・車いじり等々、多趣味で博識。
(だから私は、先生と呼んでいる)
昔は、何人もの女を泣かせたと思われ、今でも お盛んなHな初老の おじ様。
私(イヴォンヌ) :
両親の離婚後、父と二人(一時期は、妹(ケイト)も含めた三人)で、G県で育った。
なお、父は、フランス人と日本人との間に生まれたハーフ。 だから、私はクオーターということになるが、外見上は、百パーセント日本人。
イヴォンヌは戸籍上の本名だが、普段は、日本名の通称名で通している。 ナナさんや、先生など、ごく限られた人だけが、私を本名で呼ぶ。
私は、地元で就職していたが、父の死後、転勤して東京へ。
テニスと水泳で鍛えたスポーツ・ウーマンだったが、膝を傷めて以来、テニスはご無沙汰している。
私が水泳に通っていたプールと、ナナさんが講師をしているカルチャーセンターがすぐ脇だったこともあり、いつしか言葉を交わすようになり、友達となった。
亡くなった妹が残した文章に刺激され、私も何か書いてみたいと思っていた矢先に、ナナさんから数奇な経験話を聞き、それを基に上記の 「Touch Me」 を書いた。
そのナナさんの経験の詳細を訊く内に、ナナさんにレズを教え込まれ、私も、いつしかバイセクシャルに。
また、私が無謀にも、秋葉原で真空管式のアンプ(組み立てキット)を買い、悪戦苦闘していた時、ナナさんのパトロンである先生を紹介され、組み立てを手伝ってもらった。
ナナさんに何度も、先生を 『誘惑しちゃえ』 と唆されていたが、ナナさんの彼(パートナー)である先生と、そんな関係になることは、あり得ないと思っていた。
後になって判ることだが、先生もナナさんから 『イヴォンヌを押し倒しちゃえ』 と言われていたそうで、互いに好感を感じていた先生と私が (ナナさん公認の) 男女の関係となるのに、時間は掛からなかった。
ナナさんに言わせると、私は『恋多き女』だそうで、自慢にはならないが、男性経験数は、ナナさんを遥かに凌ぐそうだ。
妹は、早くに結婚したが、私は独身主義で、メンヘラを自認している。
以上、今更ながら、私達のプロフィールを書いてみました。
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