病は気から…とは、良く耳にする。
いくら健康に気をつけていても病になるし、
逆に不摂生していても病にかからないこともある。
しかし、不摂生は長くしていると、やはりどこかにストレスは溜まるもの。
不摂生は改善しないといけない。
今の病院事情はどうかわからないけど、
10年くらい前は、治る人が優先…治療法がない時点で
自宅療養が可能な容態なら…退院を余儀なくされるケースもあった。
病は早期発見が重要と身を持って経験したよ。
身内なり、友人なり…
たまたまではあるけれど、
本人が重大な病であること、
そして、これからのことを…
本人に話さざる得ないという
シチュエーションに居合わせる
ということがあった。
特に、本人に癌告知とか、結構身に堪えるモノである。
もちろん…どうするかは、
本人が決めることだけれど。
自分が促す方向というのが…
本人に対して必ずしも良いことなのか?
と考える。
だって一番辛いのは本人だから。。
必ずしも完治する治療法がない場合だってある訳で、
治療法がある場合でもリスクゼロはあり得ない。
抗がん剤治療とかは、自分じゃないから知れば知るほど…かなり気を使うものだ。
とはいえ…まだ、命あるうちは、
不治の病であろうと可能な限り
『人らしく活きる』
ことが重要なのだと思う。
だから、その方向に促すしかないと今でも思っている。
半身不随、失語症…加えて末期癌…
何重苦であろうと、
活きようと本人が思っていれば、
人らしく活きられる。
周囲には、心配でしょうがない人が多い一方で、身近にいる人はなるべく…
気にかける一方で普通にしてる
ことが秘訣かも知れない。
介護生活で得た一経験に過ぎなくて…
それが万人に通用するかはわからず…
何が正しくて、間違ってるかはわからないけれど…
とにかく、みんながみんな悲観的な思考というのは
病にはあまり良くないのは確かなようだ。
本人、医師そして周囲との信頼関係が良好であれば、あるほど良くなる可能性があるのかも?
人は独りではないから…
命あるうちは、活きること…
諦めたらダメなんだよ。
人それぞれいろいろ取り囲む環境は
違えど…
そうであって欲しい。
まだまだ未熟者ながら…
去年の9/17の出来事を思い出しつつ
『病は気から』
とは良く言ったものだと…
想ふのでありました。。
いくら健康に気をつけていても病になるし、
逆に不摂生していても病にかからないこともある。
しかし、不摂生は長くしていると、やはりどこかにストレスは溜まるもの。
不摂生は改善しないといけない。
今の病院事情はどうかわからないけど、
10年くらい前は、治る人が優先…治療法がない時点で
自宅療養が可能な容態なら…退院を余儀なくされるケースもあった。
病は早期発見が重要と身を持って経験したよ。
身内なり、友人なり…
たまたまではあるけれど、
本人が重大な病であること、
そして、これからのことを…
本人に話さざる得ないという
シチュエーションに居合わせる
ということがあった。
特に、本人に癌告知とか、結構身に堪えるモノである。
もちろん…どうするかは、
本人が決めることだけれど。
自分が促す方向というのが…
本人に対して必ずしも良いことなのか?
と考える。
だって一番辛いのは本人だから。。
必ずしも完治する治療法がない場合だってある訳で、
治療法がある場合でもリスクゼロはあり得ない。
抗がん剤治療とかは、自分じゃないから知れば知るほど…かなり気を使うものだ。
とはいえ…まだ、命あるうちは、
不治の病であろうと可能な限り
『人らしく活きる』
ことが重要なのだと思う。
だから、その方向に促すしかないと今でも思っている。
半身不随、失語症…加えて末期癌…
何重苦であろうと、
活きようと本人が思っていれば、
人らしく活きられる。
周囲には、心配でしょうがない人が多い一方で、身近にいる人はなるべく…
気にかける一方で普通にしてる
ことが秘訣かも知れない。
介護生活で得た一経験に過ぎなくて…
それが万人に通用するかはわからず…
何が正しくて、間違ってるかはわからないけれど…
とにかく、みんながみんな悲観的な思考というのは
病にはあまり良くないのは確かなようだ。
本人、医師そして周囲との信頼関係が良好であれば、あるほど良くなる可能性があるのかも?
人は独りではないから…
命あるうちは、活きること…
諦めたらダメなんだよ。
人それぞれいろいろ取り囲む環境は
違えど…
そうであって欲しい。
まだまだ未熟者ながら…
去年の9/17の出来事を思い出しつつ
『病は気から』
とは良く言ったものだと…
想ふのでありました。。