*** june typhoon tokyo ***

Janet Jackson@日本武道館

 蔓延る差別への強烈なアンチテーゼを見舞いながら、多様性とエンターテインメントを貫徹した快演。

 2015年11月の〈アンブレイカブル・ワールド・ツアー〉(記事→「Janet Jackson@さいたまスーパーアリーナ」)以来、約3年ぶりとなるジャネット・ジャクソンの来日公演〈ステイト・オブ・ザ・ワールド・ツアー2019〉の日本武道館公演の二日目を観賞。3万円のGOLD席や1万8000円のS席は完売したものの、前回のツアー同様、残念ながら全席ソールドアウトにはならず。2階席両サイドの一部が黒幕で覆われ、ジャネットでも収容1万クラスはフルに埋まらないのが、久しく日本の音楽シーンにおけるR&B/ブラック・ミュージックの低迷を示しているのかもしれない。
 とはいえ、集ったファンの熱はかなりのもの。ジャネット愛に溢れる人ばかりで、グッズは開演前に品切れという盛況ぶり。20年ぶりの日本武道館公演を目前に今や遅しとその時を待ちわびていた。

 公演が決まって「おや?」と思ったことがあった。それは本ツアータイトルが〈ステイト・オブ・ザ・ワールド〉だということ。「ステイト・オブ・ザ・ワールド」は1989年発表のアルバム『ジャネット・ジャクソンズ・リズム・ネイション・1814』(通称『リズム・ネイション』)の収録曲の一つだが、何故30年前の曲名をツアータイトルにしたのか……その答えは冒頭の2曲に刻まれていた。

 元来、このツアーは2016年に〈アンブレイカブル・ツアー〉として予定していたものが、ジャネットが妊娠したことで中断になり、長男エイサの出産後に2017年9月より〈ステイト・オブ・ザ・ワールド〉と名を変えてスタートしたもの。米・ルイジアナ州ラファイエットを皮切りに北米各地を廻り、約1年半を経ての最終公演が日本武道館2デイズとなった。その間、50歳で出産するも、2012年に極秘結婚したカタールの大富豪ウィサム・アル・マナと出産3ヵ月後に離婚、さらに、言葉によるDVの後遺症、ツアー復帰のための30キロの減量……と自身においての苦悩や不満と同時に、相変わらず止むことのない米国での黒人への差別に苛立ち、憤怒していたのだろう。警察による黒人への暴力、人種や性への差別などの映像や垂れる血糊を背景に(おそらく警官によって殺された)市民の名前がスクリーンに投影され、銃声が鳴り響く。そして、繰り返される“We want Justice”(我々に正義を)の文字。それが現在の世界の情勢、“ステイト・オブ・ザ・ワールド”なのだと。

 怒りの表情のジャネットが続けて「ザ・スキン・ゲーム(パート1)」へ。 同曲はUS版シングル「カム・バック・トゥ・ミー」のカップリングで(“パート2”もある)、ジェイムス・ブラウン曲調の掛け声やホーンが使われるファンク色のある楽曲だが、そのメッセージは辛辣。黒人の“肌”への差別と“いかさま、いんちき”のダブルミーニングで(名前こそ出さなかったがトランプ大統領への批判・非難だろう)世情に蔓延る腐敗をこき下ろすと、続く「ザ・ナレッジ」では“Prejudice”(偏見)、“Ignorance”(無知)、“Bigotry”(偏見、意固地)、“Illiteracy”(無学、無知、非識字)と立て続けに語りかける言葉に対して“ノー!”をオーディエンスに拳を掲げながら説いていく。
 ツアーを冠した「ステイト・オブ・ザ・ワールド」こそ披露しなかったものの(他公演では披露した箇所もあったようだ)、人種や性への差別、薬物、ホームレスなどの社会問題を掲げたアルバム『リズム・ネイション』収録曲を(2017年~2019年という)現代に提起することがどういう意味なのか、それを知って欲しいという彼女の憤りと心からの願いが冒頭のセクションで誇示されていた。

 考えてみると、ツアーのヴィジュアル(この記事のトップ画像)はジャネットが道化師を模した表情。“あなたは滑稽な言動をして楽しませるだけの道化師よ”とでも言わんばかり、とは考え過ぎか。それに、さまざまなタイプの身体的特徴のダンサー(ジェンダーもさまざまかも)を集めていて、一見背丈が揃ってない感じだが、それこそがダイバーシティ(多様性)ということ。多様性の時代にいつまで白人至上主義をやっているの? という声を暗に示していたのかもしれない。

 ジャネットの登場に興奮していたオーディエンスも流れる惨憺たる映像に息を呑み、歌詞や映像に次々と現れる言葉の意味が解らないオーディエンスもその空気の重さを感じ取って、当初の喚声も次第に消えていく。ステッキを片手に眉をひそめながら歌うジャネットを追っていると、「ザ・ノレッジ」のラスト・フレーズ“Get the point? Good, now let's dance.”(私の言いたいことが解かったかしら? そう、それなら、これから踊りましょう!)に合わせて、重厚なメッセージは扉を閉める。しゃがれ声のミッシー・エリオットがスクリーンに映し出されて「Burnitup!」へ。ここからは一気に彩りを変えてのダンスショーへといざなうジャネット。「ナスティ」「フィードバック」「ミス・ユー・マッチ」「オールライト」「ユー・ウォント・ディス」という前回公演でも披露したメドレーで再びオーディエンスの喚声の渦を生み出していった。

 ステージの曲構成はそれほど変わらず、以前からのファンも新規のそれも楽しめる“オールタイム・ジャネット・ヒッツ”がベース。メドレー展開が多いが、ダンサーとのフォーメーションダンスを絡めて、随所に見所を構築していく。DJセクションやヴィデオを映しながらバンドがインスト演奏するインタールードを挟んではいるものの、ほとんどMCなしのノンストップでラストまでやり切る姿は、激しいダンスゆえに当然リップシンクや音源を被せての歌唱もあるが、まさに圧巻の一言。PVを含めたヴィデオをバックに、バンドとダンサーと忙しなく動く照明だけの比較的シンプルなステージながらも、ゴージャスに見えてしまうのは、ジャネットの存在感とダンサー含めたパフォーマンスの訴求力ゆえ。そこに数々の耳馴染みのヒット曲が綴られていくのだから、オーディエンスは彼女らの一挙手一投足に歓喜し、身体を揺らすことに抗えないのも自然の理か。おそらく安室奈美恵のライヴを観たことがあり、この日がジャネットのライヴ初体験という人は、安室が憧れ、やりたかったことの原点がここにあると実感したのではないだろうか。

 また、ダンス・チューンだけがジャネットの持ち味でないことを証明したのが、中盤での「アイ・ゲット・ロンリー」や「エニイ・タイム、エニイ・プレイス」というミディアム。激しく畳み掛けるダンス曲群とは打って変わって、しっとりとヴェルヴェットの肌当たりで沁み込ませていく。この歌唱の引き出しの多さも長きにわたりスーパースター足らしめている才能の一つだ。

 見所の多いなかでトピックとして挙げられるのは、まず「トゥゲザー・アゲイン」の後半でスクリーンに映し出された、昨年死去した父ジョセフ・ジャクソンの写真。なかには幼少期のジャネットとの2ショットも。子供たちとの確執や暴力も取り沙汰された父ではあるが、やはり親子の情は消えず。天に指さしてのトリビュートは軽快なポップ・サウンドとともにというのも、ジャネットらしい愛情表現といえそうだ。

 次にスプーキー・ブラックの「アイドル」のBGMに乗せてのヴィデオ・インタールードから自身が経験したDVをテーマにした「ホワット・アバウト」への流れ。ジャネットが時に苦痛の表情を浮かべながら自らの手で顔を汚していくモノトーン風のヴィデオには悲痛や悲哀が漂い、その流れを受けてメランコリックとエッジのあるロックを行き来する「ホワット・アバウト」では男女ダンサーによる喧嘩を端で見せていく。終盤、女の怒りを受け止めきれず女を叩く男に“Damn you!”と一喝するジャネット、そして訪れる静寂……という展開は、苦悩続きの結婚生活を投影したのかもしれない。「ホワット・アバウト」自体は1997年のアルバム『ヴェルヴェット・ロープ』収録曲ゆえ、直に結婚生活を歌ったものではないが、これまでライヴで封印してきたこの曲を約20年後に再び歌うというのは、前述した『リズム・ネイション』の曲を今の時代に歌わざるをえない状況という境遇にも似ている。

 そして、何と言っても兄マイケル・ジャクソンとのデュエット「スクリーム」。前回公演ではマイケルとの別れと愛を強調した演出だったように思うが、この公演では既にマイケルの運命をも背負ったジャネットが、しっかり私が意志を受け継いでるよと天へ向かって証明するようなアクトに。「スクリーム」のPVが流れてこれまで以上の喚声が渦巻く中、一瞬背後のスクリーンへ身体を向け(十字を切ったような気もする)兄の存在を確認した後、“Let's go, Michael!”と叫んでからのダンスには、より力強さをたぎらせていた感が。“キング・オブ・ポップ”マイケルとの友情を噛み締め、ダンスと歌へ注ぎ込むと、ジャネットの代表曲であり、多くのフォロワーや影響力を生んだ「リズム・ネイション」へ。単にマイケルの妹だけではない“クイーン・オブ・ポップ”としての矜持をここで露見させるタフネスは、ナツメロなどとは無縁の、なお成長曲線を上昇させているジャネットの生命力の証でもある。「スクリーム」から「リズム・ネイション」というこれ以上ないクライマックスで終えることも可能ながら、敢えて昨年リリースした最新曲「メイド・フォー・ナウ」を組み込んできたのもその表われ。「デスパシート」のヒットでも知られるプエルト・リコのスター、ダディー・ヤンキーとのコラボレーションによる、レゲトンやソカあたりのカリブ・テイストの明るいサウンドで陽気に踊ってのエンディング。“トキオ、アイシテル!”と叫んでのステージアウトにさらなる歓喜と感謝の声が波打つなか、興奮の90分が幕を閉じた。

 52歳とマイケルの生涯年を超えたジャネット。地球環境や人種、社会などさまざまな問題に触れてきたマイケルの意志を継ぎながら、紆余曲折を経て得た多くの経験を楽曲やパフォーマンスへと昇華するステージの姿には、一切の翳りはなし。可能なれば満員のオーディエンスで迎えたかったところだが、それでも日本武道館の時空に巻き起こった熱狂は何にも代えがたいものとなった。やはり、ジャネットの下に集う者、全てが“We are a part of the Rhythme Nation”(リズム・ネイションの一人なんだ)ということを実感しながら、足取り軽く武道館を後にしたのだった。

◇◇◇

<SET LIST>
00 VIDEO INTRODUCTION
01 The Skin Game, Part I
02 The Knowledge

~Medley Section~
03 Burnitup!
04 Nasty
05 Feedback
06 Miss You Much
07 Alright
08 You Want This

~Medley Section~
09 Control
10 What Have You Done For Me Lately
11 The Pleasure Principle

12 INTERLUDE(contains of“Dammn Baby”“Night”)
13 Love Will Never Do(Without You)

~Medley Section~
14 When I Think Of You
15 All For You
16 All Nite(Don't Stop)

17 When We Oooo
18 Doesn't Really Matter
19 DJ INTERLUDE
 Feel It Boy(Original by Beenie Man & Janet Jackson)
 R&B Junkie
 Whoops Now
 Escapade
 Somebody Is Tonight
20 VIDEO INTERLUDE
 Come Back To Me
 Let's Wait A While
21 I Get Lonely
22 Any Time, Any Place
23 What's It Gonna Be?!(Original by Busta Rhymes feat. Janet Jackson)
24 No Sleep
25 Got 'til It's Gone

~Medley Section~
26 That's The Way Love Goes
27 So Much Betta
28 Throb
29 Together Again

30 VIDEO INTERLUDE(BGM of“Idle” by Spooky Black a.k.a. Corbin)
31 What About
32 You Ain't Right

~Medley Section~
33 If
34 Scream
35 Rhythm Nation

36 Made For Now(Original by Janet Jackson X Daddy Yankee)(include member introduce)

<MEMBER>
Janet Jackson(vo)

Deejay Aktive(DJ)
Errol Cooney(g)
Eric“Pik Funk”Smith(b)
Mike Reid(ds)
Daniel Jones(key,Music Directer)
(back vo)
(back vo)
(Dancers)8名
Alexandra Carson
Denzel Chisolm



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