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近畿旅客鉄道 佐倉線

明日の鉄道員を夢見る男の物語

全線乗車旅行記 2011年~冬編-第2章

2011年01月05日 | 4番線:「鉄道旅行記」

さて前回は宝殿駅~関西空港駅までの様子を紹介しました。
今回は関西空港駅~橋本駅までの様子を紹介します。

午前8時51分。独特の発車ベルがホームに響き渡ります。

223系0番台を使用した関空快速です。
この列車で乗り換え駅の日根野駅を目指します。

やがて列車は関西空港を後にします。
      
関西空港からりんくうタウンの区間は南海線と線路を共有しています。
(写真4枚目はJR線と南海線との分岐部分の様子です。)

またこの列車は日根野駅で紀州路快速と併結を行います。
      
停車と徐行を繰り返しながら列車は徐々に連結部分に迫って行きます。
そして作業開始から約3分後。併結作業が終わり、列車のドアが開きました。

既に隣のホームには乗車予定の列車が停車していました。

223系2500番台を使用した紀州路快速です。
この列車で阪和線の終着駅である和歌山駅を目指します。

列車は無数の山々を背景に高速で駆け抜けます。
    
列車は和泉砂川を出ると暫くの間、トンネル区間を走行します。
(「車窓に山が多い」のはこれが理由です。)

日根野駅を出発して約30分。和歌山駅に到着しました。
  
この後、私は駅構内の売店で駅弁を購入しました。

まだ時間に余裕があったので駅の外に出ることにしました。
  
駅舎には百貨店や大型商業施設などが併設されています。
また市街地に位置していることもあり、駅構内は常に利用客で賑わっています。

駅の外の空気を吸った後、私は7番線ホームに向いました。
  
105系を使用した普通列車です。
この列車で乗り換え駅の高田駅(今回は橋本駅まで)を目指します。

午前9時50分頃。列車は和歌山駅を後にしました。
    
乗り換え駅の高田駅までは約2時間の長丁場です。
(普段は読書をしない私も、この時ばかりは読書に浸っていました。)

和歌山駅から約1時間。途中の橋本駅に到着しました。
  
この駅は南海高野線と接続していることが特徴です。
(難波方面から特急「こうや」などの列車が運転されています。)

そして列車は再び高田駅に向かい始めました。

今回はここまでです。次回の公開範囲はまだ未定です。


全線乗車旅行記 2011年~冬編-第1章

2011年01月04日 | 4番線:「鉄道旅行記」

はじめに
 今回も画像数の関係から5回(予定)に分けての公開になります。

朝5時00分。今回の旅も宝殿駅から始まります。
  
今日は平日という事もあり、駅構内も前回よりは少し賑わっていました。

そして5時16分。本日1番目の列車がやって来ました。
  
221系を使用した普通列車(明石から快速列車)です。
この列車で乗り換え駅の大阪駅を目指します。

宝殿駅を出発しました。いよいよ長旅の幕開けです。
  
漆黒の山陽路を列車はモーター音を唸らせ、高速で駆け抜けます。
また建物の明かりも車窓から眺めると「流れ星」の様に映るものです。

宝殿駅から約1時間20分。まだ太陽の昇らない大阪駅に到着しました。
  
やはり大阪環状線などの接続駅という事もあり乗降客が多いです。
(所初列車の需要は意外と高いことが分かります。)

そして私はその後、ある目的を理由に京橋駅を目指しました。
(時間の関係上から画像は撮影出来ませんでした。)

列車を降りて隣ホームに移動した直後、既に乗車予定の列車が到着していました。
  
223系0番台+2000番台を使用した関空・紀州路快速です。
この列車で阪和線の鳳駅を目指します。
(前述の理由は「座席を確保する」という事です。)

やがて列車は京橋駅を後にします。
    
ラッシュ時間帯を走る関係から走行速度も普通列車と大差がありません。
また美章園から我孫子町までの区間は完全に高架化されています。

京橋駅を出発してから約40分。鳳駅に到着しました。

余談ですがこの駅は以前に特急が停車したことで知られています。

そして鳳駅から乗車する列車がこちらです。
  
103系体質改善車を使用した普通列車です。
この列車で阪和線の支線の終点の東羽衣駅を目指します。

列車は単線に似合わない速さで駆け抜けます。
      
鳳駅を出た列車は直ぐに高架区間に入ります。
そして僅か4分程度で終点の東羽衣駅(写真右)に到着します。

支線の終点の東羽衣駅に到着しました。
      
ここから先程の折り返し列車で鳳駅に戻ります。

折り返し列車に乗車すること約4分。鳳駅に戻ってきました。
  
次の列車まで15分程度の余裕があった為、飲み物と軽食を調達しました。

午前8時11分。次に乗車予定の列車がやって来ました。
  
223系0番台のみを使用した関空快速です。
この列車で本列車の終点の関西空港駅を目指します。

太陽も完全に昇った阪和路を列車はのんびりと駆け抜けます。
      
本列車は日根野まで紀州路快速と併結運転を行っています。
そして空港線内(日根野以遠)に入った途端に本来の走行性能を発揮しました。

鳳駅を出発して約40分。終点の関西空港駅に到着しました。
    
今回はここまでです。次回は関西空港駅から橋本駅までの様子を公開する予定です。


全線乗車旅行記-秋編2 後編

2010年11月11日 | 4番線:「鉄道旅行記」
放出駅で待つ事、約10分。次に乗車予定の列車がやって来ました。

  
201系体質改善車を使用した普通列車です。
この列車でおおさか東線の終点の久宝寺駅を目指します。

放出駅を出ると列車は右側に大きくカーブします。
      
そして左側の片町線と分かれていきます。
近年になって開業したこの路線は高架区間が大半を占めています。

放出駅から約20分。久宝寺駅に到着しました。


そして先程の折り返し列車で放出駅に戻ります。
  
乗車した車両は先程の列車と同じ201系体質改善車でした。

久宝寺駅から約20分。放出駅に戻って来ました。


そして次に乗車する列車がやって来ました。

207系を使用した快速列車です。
この列車で大阪駅の真下に位置する北新地駅を目指します。

やがて列車は放出駅を後にします。
  
列車は途中の京橋駅までは地上区間(写真左)を走ります。
しかし京橋駅を出ると尼崎駅まで地下区間(写真右)を走行します。

放出駅から約20分。北新地駅に到着しました。
  
駅構内は地下鉄と同じ設備が設けられています。
余談ですが駅構内は路線開業当初から全面禁煙とされています。

長い連絡通路を歩いて大阪駅を目指します。
    
真下に位置すると思えない程、この駅は大阪駅からかなり離れています。
ホームから歩き始める事、約15分。ようやく大阪駅の入口が見えてきました。

そして大阪駅から大阪環状線に乗車しました。
    
また芦原橋駅と大正駅では数本の列車を撮影しました。

写真を撮り終えた後、私は大阪駅に戻りました。

ここからまた長い連絡通路を延々と歩きました。

北新地駅のホームに到着した時には既に列車が到着していました。

207系を使用した普通列車です。
この列車で本旅の最終目的地の尼崎駅を目指します。

そして列車はついに大阪市内を脱出しました。

地下区間を走行している間は意外と時間の流れが分からないものです。
このため地上区間に出た時に夜が近づいている事にようやく気付きました。

旅行開始から約5時間半。最終目的地の尼崎駅に到着しました。
  
ちなみに私はこの駅から快速列車に乗車して宝殿駅を目指しました。
この日は日曜日でしたが車内は結構、混雑していました。

本日の旅行の結果は以下の通りです。


 ・新規走破路線…奈良線、片町線、東西線、おおさか東線

 ・新規乗車距離…102.5㎞ 

 ・乗車達成率…19.518%⇒21.571%
  (JR西日本管内)

全線乗車旅行記-秋編2 前編

2010年11月10日 | 4番線:「鉄道旅行記」

はじめに…
 今回も使用する画像が多い為、2回に分けての公開になります。


姫路駅で昼食を採り終えた後、私は京都駅に向いました。

そして京都駅からはこの列車に乗車します。
  
221系を使用した「みやこ路快速」です。
この列車で奈良線の終着駅の奈良駅を目指します。

基本的に列車は平野部を走行していきます。
  
閑散とした田園地帯を列車は快走します。
また奈良駅付近(写真右)からは列車は高架区間に入って行きます。

奈良駅に到着しました。
  
ここから先程の折り返し列車の「みやこ路快速」で木津駅を目指します。

奈良駅から約10分。乗り換え駅の木津駅に到着しました。

この駅では比較的、時間に余裕があったので駅構内を散策していました。

そして次に乗車する列車がやって来ました。
  
見慣れた207系を使用した快速列車です。
この列車で次の乗り換え駅である放出駅を目指します。

列車は暫くの間、関西本線の列車と並走します。

しかし写真の様に列車は徐々に関西本線の線路から離れて行きます。

木津駅を過ぎると列車は長閑な平野を走行します。
  
松井山手を過ぎると列車は田園地帯から一転して住宅地に突入します。
余談ですがこの路線は大阪府内では最後まで非電化であった路線でした。

木津駅から約1時間。ようやく乗り換え駅の放出駅に到着しました。

今回はここまでです。次回はおおさか東線と東西線の乗車時の様子を掲載する予定です。


全線乗車旅行記‐2010秋編1 後編

2010年10月08日 | 4番線:「鉄道旅行記」
さて中編では三田駅から和田山駅までの様子を紹介しました。
今回は最後の行程である和田山駅から宝殿駅までの様子を公開します。

列車を降りた後、2番線に到着していた下りの「はまかぜ」を撮影しました。
  
現在の気動車では味わえない重厚感のあるエンジン音がまた魅力的です。
また煙を黙々と吐きながら走り去っていく姿は見る者を圧巻させます。

写真を取り終えて、改札口に行った時に、私はある物を見つけました。
  
かつて活躍していた赤レンガの機関庫をモデルにしたジオラマです。
余談ですが本物の機関庫の近くには蒸気機関車時代の給水塔が今も残されてます。

またその上には2枚のポスターが貼られていました。
  
来月7日に「特急はまかぜ」に新型車両が投入されることを告げています。
そして周辺には写真右の様な幟(のぼり)が立っていました。

そして14時56分。今回の旅の華を飾る列車の登場です。
  
新型車両の投入によって姿を消す181系気動車を使用した「特急はまかぜ」です。
この列車で播但線の終端駅の姫路駅を目指します。

発車後の車内の様子がこちらです。

指定券を購入しましたが、空席の多そうな自由席に乗車しました。
しかしこの日は自由席も結構な数の席が埋まっていました。
(この時期でこの混雑はまず有り得ません。)

和田山から生野までは車内を散策していました。
    
編成の大部分を占める普通車の様子です。
座席は民営化後の改造で交換されたフリーストップ式のリクライニングシートです。

勿論、座席背面に装備されているテーブルもまだまだ使用可能です。
  
ちなみに大きさは弁当1個と500mlペットボトル1本が置ける程度です。
グリーン車の肘掛けに装備される物よりも圧倒的に使い勝手が高いです。

乗降ドアには現代では貴重な存在である折り戸が採用されています。
  
戸袋を必要としない為、過去には寝台客車などでは積極的に採用されていました。
しかしそれも現在では過去の話です。

洗面台やトイレの様子は登場時とあまり変わっていません。
    
ちなみに以前、洗面所に設置されていた冷水器は撤去されています。
また写真右はトイレ内に設置されている換気用の窓です。

再び席に戻ると列車は既に生野駅を後にしていました。
    
景色を眺めるに程好い速度が「長閑な旅」を演出してくれます。
また非電化区間は架線柱が立っていない為、眺めも良好です。

そして今回は寺前から福崎までの車窓動画を撮影しました。
これは以下の動画で完全ノーカットでハイビジョン画質で再生可能です。


そして和田山駅を出発して約1時間後。播但線の終端駅である姫路駅に到着しました。

この駅からは列車の進行方向が変わる為、座席の転換を促す放送が流れます。
しかし大半の乗客はこの駅で降りてしまいます。

列車の出発を見送って、私は次に乗車する列車の到着ホームに行きました。

そして最後に本日乗車する列車がやって来ました。

223系2000番台を使用した普通列車です。
この列車で最終目的地の宝殿駅を目指します。

列車は先程まで停車していた姫路駅を急いで後にして行きました。

姫路駅から数分間は山陽新幹線の線路と並行して走行します。
ちなみに御着駅の近くには新幹線の保線車両の車両基地が存在します。

旅行開始から約9時間。出発駅であり最終目的地でもある宝殿駅に到着しました。
  
列車を降りた後、私は改札を出て家路を目指します。


ちなみに今回の旅行の結果は以下の通りです。

 
 ・新規走破路線…加古川線、福知山線

 ・新規乗車距離…146.3km

 ・乗車達成率…16.587%⇒19.518%
  (JR西日本管内)

全線乗車旅行記‐2010秋編1 中編

2010年10月04日 | 4番線:「鉄道旅行記」
さて前編では宝殿駅から三田駅までの様子をご紹介しました。
今回は三田駅から和田山駅までの様子を公開します。

さっきまで乗っていた列車を降りて休む間も無く、下り線ホームを目指します。

やって来たのは223系6000番台を使用した丹波路快速です。
この列車で乗り換え駅である篠山口駅を目指します。

やはり上り列車と同様に大勢の乗客を乗せ、列車は駅を後にしました。
  
駅を出てしばらくすると進行方向の左側に車両基地が見えてきました。(詳細は不明です。)
加古川線と同様に、長閑(のどか)な田園の中を快走します。

乗り換え駅である篠山口駅に到着しました。
しかしまだ時間に余裕があるので駅周辺を散策してみました。

  
駅舎は近年に建て替えられたと思われる感じの橋上駅舎です。
また駅には「浪花食堂」と呼ばれる駅弁販売店が直結しています。

ちなみにこの駅には下の写真の様に8本の留置線が設置されています。
    
留置されている車両は、ドアを全開にして次の出発までの一時を寛いでいました。

そして再びホームに戻ると次の列車が入線してきました。
  
183系を使用した「特急北近畿7号」です。この列車で和田山駅を目指します。
この区間は普通列車の本数が乏しい為、特急に乗車することを決めました。

指定券を取りましたがあえて自由席を利用します。
  
客室に入った途端、私は自由席の乗車率の低さに驚きました。
やはり長距離を利用する人は指定券を取る傾向があることが分かります。

そして発車後に車内販売で沿線の有名駅弁である「かにずし」を購入しました。
  
酢飯とカニという飽きの来ない組み合わせがまた食欲をそそるものでした。
これで値段が千円以下なので購入する価値は十分にあると思います。

駅弁を食べ終えた後、私は車内を散策してみました。

まずは先頭車両の1号車のグリーン車の様子です。
    
カーペットが敷かれた車内には大型のシートが配置されています。
座り心地は文句なしですが、窓割が一致してない点が玉に傷です。

ちなみに列車がトンネルに入ると車内はこんな感じになります。

温かみのある照明が上質な空間を演出してくれます。
一瞬ですが高級ホテルのような雰囲気が味わえます。

続いて2号車から4号車に連結されている普通車の様子です。
  
車内はフリーストップ型のリクライニングシートが配置されています。
基本的にシートピッチが変更されていないので窓が無い座席はありません。

また普通車の背面テーブルの上にはチケットホルダーも装備されています。
  
ちなみにチケットホルダーの下には右の写真のような注意文が明記されています。
(しかしこれまでに紛失や盗難に遭遇したことは一切ありません。)

車内を散策している時に、私は少し変わったものを見つけました。

車体番号板の下には「JR西日本 鷹取工場 平成8年改造」と明記されています。
かつて存在した鷹取工場の面影を残している貴重な存在です。

そして乗車から約40分。福知山駅到着の前に車内チャイム付きの放送が流されました。
これは以下の動画でハイビジョン画質で再生可能です。


到着前放送を収録した後、列車は進行方向右側の山陰本線と合流しました。
  
近年になって高架化されたこの区間は比較的、見晴らしの良いものでした。

そして列車は福知山駅に到着しました。
  
停車時間が長いので先頭車両を撮影することにしました。
同じ先頭車両でも色々な種類があるので観察する価値はあります。

長い停車時間を終えて、列車は福知山駅を後にしました。
  
美しい自然の中を列車はのんびりとした速さで駆け抜けます。

そして乗車から約1時間半。ようやく和田山駅に到着しました。

この駅は播但線との接続駅ということもあり、結構な数の乗客が降りていきました。

いかがでしたか。次回は和田山駅から宝殿駅までの様子を公開する予定です。

全線乗車旅行記‐2010秋編1 前編

2010年10月02日 | 4番線:「鉄道旅行記」
今日、私は北近畿方面に乗りつぶし旅行に出かけてきました。
今回は加古川線と福知山線の残り(三田~福知山間)を制覇することです。

なお今回はあまりにも画像が多いので3回に分けて公開します。
今回は宝殿駅から三田駅までの様子を紹介します。

それではいざ出発進行!

毎回の事の様に旅行は宝殿から始まります。
  
自販機で茶を購入した後に駅看板を撮影しました。

そして本日1番目に乗車する列車が入線してきました。
  
221系を使用した普通列車です。この列車で加古川駅を目指します。
土曜の朝という事もあり比較的、空いていました。

加古川駅を降りた後、中間改札を経由して加古川線ホームを目指します。
  
一見、普通の自動改札機と思うかもしれませんが実は違います。
本来の改札は駅舎に入ってすぐの場所に存在します。

そして本日2番目に乗車する列車が入線してきました。
  
125系を使用した普通列車です。この列車で厄神駅を目指します。
座席は1+2列配置のクロスシート中心のセミクロスシートです。

そして程なく列車は加古川駅を後にしました。
  
加古川駅を発車した列車は、次第に山陽本線の線路を離れていきます。
この区間は線内でも比較的、需要が高いので約30分間隔で運転されています。

そしてほんの15分程度で厄神駅に到着しました。

次の列車まで30分近くあるので駅舎に上がって撮影をしていました。
余談ですがこの写真は駅近くの車庫に向う様子を撮影したものです。

そしてホームに戻ってしばらくすると次に乗車する列車がやって来ました。
  
103系3550番台を使用した普通列車です。この列車で西脇市駅を目指します。
座席は125系と異なり全て横1列のロングシートです。

1分もない停車時間を終えて列車は駅を後にします。
  
前の区間と異なり、景色は殆ど右の写真のような黄金色の稲穂の田園ばかりでした。
(左の写真は加古川を渡っている時の様子です。)

厄神駅から約40分後。ようやく西脇市駅に到着しました。
  
かつてはこの駅は鍛冶屋駅まで伸びる鍛冶屋線が存在しました。
しかしこの路線は国鉄民営化後の3年後に廃止されました。

歩道橋を渡って隣のホームまで行くと次の乗車予定の列車が停車していました。

最初に乗車した125系と同じ普通列車です。この列車で終点の谷川駅を目指します。
この区間は需要が低いことから全列車に1両で運転可能な125系が運用されています。

乗客も両手の指で数えられる程度の状態で列車は駅を後にします。
後方運転台の場所がフリースペースだったので、そこから車窓を眺めていました。
  
駅を出てしばらくすると左のような写真の場所を通過しました。
一見、複線化されるのかと思うかもしれませんが違います。
これは古くなった鉄橋を架け替える為の線路です。

西脇市駅を出発して約30分後。終点の谷川駅に到着しました。
  
列車を降りた後に駅舎の外に出てみましたが駅前には殆ど何もありませんでした。
ちなみにこの駅は通勤時間帯には数本の特急が停車するようです。

駅舎を眺めた後、私はホームに戻って次に乗車予定の列車を待っていました。
  
やって来たのは223系5500番台を使用した普通列車です。
この列車で乗り換え駅の篠山口駅を目指します。
座席は2+2列配置のクロスシート中心のセミクロスシートです。
しかし新快速と顔が殆ど同じなので、何か旅に出た感じがしませんでした。

しかしこちらの考えを他所に列車は駅を後にしました。
  
この区間は主に渓流沿いと田園付近を走行します。
速度も景色を眺めるのにちょうど良い速さでした。

途中の丹波大山駅で下り列車の通過待ちをすると聞いたのでホームに出てみました。
  
通過してきた列車は183系を使用した北近畿号でした。
単線区間にもかかわらず、かなりの速さで通過して行きました。

そして丹波大山駅から約10分後。乗り換え駅の篠山口駅に到着しました。
  
ここから223系6000番台を使用した丹波路快速で三田駅(未乗区間)を目指します。
この区間は大阪方面に向かう乗客が多いので始発駅から立客が数名いました。

立客は停車駅を重ねるごとにどんどん増えて行きました。
そして三田駅から約30分後。折り返し駅の三田駅に到着しました。

駅構内は比較的、開放感のある近代的な構造をしていました。
ここで係員に切符を見せて改札を通った後、再び改札を通って次の列車に乗り換えました。
(この区間までの乗車券を「行き」の分設定したからです。)

今回はここまでです。次回は三田駅から和田山駅までの様子を公開する予定です。

ミニ鉄道旅行記~京都編(高画質版)

2010年03月30日 | 4番線:「鉄道旅行記」

芦屋駅で路線データ用の音源を収録中にこんなことを思いました。
「せっかく大阪まで出てきたのに、こんな早くに何もしないで帰るのも面白くないのでは。」と。
そしてその電車の中で、京都駅まで足を伸ばすことに決めました。

大阪駅まで戻り、時刻表のページをめくりながら乗車する列車を考えてみました。
そして決定した列車を待つために11番ホームにやって来ました。
    


そして、乗車することを決めた列車がこの列車です。
    
683系4000番台を使用した「特急サンダーバード」です。
また4000番車は唯一、貫通先頭車がグリーン車になっていることが大きな特徴です。

 

それでは車内の様子です。今回は5号車(普通車自由席)に乗車しました。
  
車内の様子は681系や683系と異なり、全ての座席が青系で統一されています。
またテーブルや荷物棚、電光掲示板の大型化もされています。

新大阪を発車後の車内ですが、平日の昼時ということもあり空席にも比較的、余裕がありました。
  
新快速と同じ線路を走行するとはいえ、違った気分を堪能することが出来て面白かったです。
ちなみに私が京都駅を降りた時には乗客が少し増えて、若干でしたが立ち客も発生しました。

その後、私は33番ホームで山陰本線(JR嵯峨野線)の列車を撮影してました。

線路が行き止まりな為、正面から撮影することも出来ます。

またその後、京都駅ビルの上層階にある展望台に行くことにしました。

改札を歩いてエスカレーターと階段をひたすら上っていきます。
歩いている最中に後ろを振り向くとかなりの高さまで上ったことが分かるはずです。

そしてようやく上層階の展望台に到着しました。
  
ここからは眼下を走行する列車の姿を眺めることが出来ます。
余談ですが写真右の中央部分に停泊している車両は新幹線用の保線車両です。

駅構内のHeart‐In(NEWDAYSの西日本版)で生八橋を購入した後、大阪駅に戻ってきました。
  
改札前の電光掲示板には「雷鳥号」の文字が表示されていました。
数年前までは当たり前であった光景が来年の3月を境に失われようとしています。
(写真右はその掲示板の付近に貼られていた『大阪station‐city誕生予告』のポスターです。)