徒然なる写真日記

趣味に関する事や、日々の中での出来事を脈絡もなく貼り付けていく絵日記帳ブログです

上越・北陸紀行 その1

2009-08-12 00:37:24 | 旅行
夏休みに入ったので
高速のETC割引 上限1000円を使い、車で遠出しよう。
お盆休みは渋滞が激しいだろうから、早めに出かけた。

休日特別割引は 対象日 土曜・日曜・祝日
休日以外は 今年は 8月6/7/13/14日
11月2日    東京・大阪近郊以外は 昼間・夜間とも上限千円(利用1回ごと)

旅の行き先:富山県 砺波市、魚津市  新潟県 新井市
8月7日発  8月8または9日帰着 (結局8/8帰着)
交通費 ガソリン2回満タン約12000円
高速代 etc割引 3回使用 3千円  でした
宿泊:車中箔1日   食費  約2400円   お土産 信州蕎麦 2600円

一人で行ったから、ガソリン代、高速代は割り勘には出来なかったけど、まあ安く上がったんじゃないでしょうかね。

8/7(金)
朝スーパーセンターに買出し。1度高速に乗ったら下りないので夕方までの食料を買い込む。パン、お菓子、ウーロン茶(大) 自転車のボトルゲージ(運転しながら飲むのに) 眠気覚ましブラックガム ・・計820円
一人だしね、S/Aでご当地グルメにありつこうとも思わず、基本的にけちけち路線。

車に 散策用自転車、 デジカメ&充電器、AC/DCコンバータ、 シュラフ(暑くて使わなかった)、マット、登山用ガスバーナ&ガス&食器セット、 お風呂セット(入る時間なかった)、着替え、etc 載せて出発したのは9時近かった。
東北expは北関東道で上信越道とまだつながっていないので使わず、一般道で足利まで。結構遠く時間がかかる。太田市に着いたときは11時になっていた。今日、砺波まで行くとなるとここから550km。 無理なので魚津市までとする
さらに、北関東道が今年から桐生/大田のICが開通したのを知らず(ナヴィにも記載なし)、いつもどおり伊勢崎から乗ってしまい時間ロス。
伊勢崎から高崎ICで 関越expと上信越expの分岐、左へ上信越、藤岡JCTで再度 関越道東京方面からの合流、左折 上信越道へ。

走行距離20万kmを越したマイカーですが、100から120Km/hの巡航速度でエンジン快調。 渋滞もなくスムーズ。


藤岡JCTの上信越道に入ったところだろうか?13:00.


軽井沢 碓氷峠方面は雲に覆われていた。強い夏の日差しがなく、車中温度もそれほど上がらず、エアコンセーブで窓少しあける
途中横川SAで休憩。いつもは湯の丸SAで休憩するけど・・ 別に峠のかまめしを食べたかったわけじゃない。


もうすぐ更埴JCT  厚い雲に覆われ、今年の夏はヤハリ日照時間が少ない。異常気象。


左 中央道東京方面、右 上信越 上越方面


上信越道  北上。


とうとう雨が降ってきた。小布施PAにて休息。2回の観光案内所にてパンフレット類GET。 野尻湖PA付近から 片側1車線区間が多くなる。トンネルも結構ある。H21年中に4車線化の工事を予定しているらしいが・・・ 雨激しく80KM/h走行


北陸道 上越JCTが近づいてきた。左折 富山方面


しばらくは日本海を右手に見ながら・・ というわけにも行かず、トンネル区間が多い。越中境PAにて休息

北陸道分岐から魚津まで92Km


魚津ICで下りて県道を走っています



左手に白い巨大な工場が見えてきた


魚津城後の観光に向かう。天神山への登り。正面は旅館?




吉田記念郷土館。5時に閉館なので見学時間なし。観光パンフをもらってきたのみ。
大河ドラマ 天地人 魚津城の戦い の舞台 上杉軍×織田軍の激戦地

ここから歩きで天神山 頂上を目指す。散歩程度の距離で舗装遊歩道があるので・・

江戸時代のこの付近の民家が移設してある。

石仏群

にこっ


一の丸跡。 二の丸跡は建物があるが、ここは平地
魚津城の戦い(うおづじょうのたたかい)は、天正10年(1582年)に行われた柴田勝家を総大将とする織田信長軍と上杉景勝軍との戦い。

信長が天正10年(1582年)3月11日に柴田勝家・佐々成政・前田利家・佐久間盛政を大将にして1万の軍勢を率い、富山城を攻めさせ奪還した。その後織田軍は軍勢を4万に増やし魚津城へ進撃、上杉氏も約3800の兵を挙げ立てこもり、開戦となった。
魚津城を早くも包囲された上杉方指揮官の中条景泰はすぐに上杉景勝に救援を求めるが、越後国に接する信濃国及び上野国には武田征伐を終えた織田軍が駐屯しており、さらに越後国新発田城主の新発田重家が景勝の領内侵攻の姿勢をとった為、兵を出せず救援を断った。その代わり能登国の諸将、および松倉城主上条政繁や斎藤朝信を派遣した。そして景勝は天正10年(1582年)5月4日に魚津城救援のため、自ら軍勢を率い春日山城を出発、5月19日には魚津城東側の天神山城に入り陣を張った。一方織田軍は5月6日に二の丸を占拠したため、景勝は魚津城に戦を仕掛けられず、信濃国海津城の森長可や上野国厩橋城の滝川一益が景勝の本拠、春日山城を総攻撃する態勢に入ったため、5月27日に退陣を決断した。その後、上杉軍は篭城戦を展開し両軍が決死の攻防戦を繰り広げたが、開戦から3ヶ月後の6月3日に落城を悟った山本寺孝長・吉江宗信・吉江景資・吉江資堅・寺島長資・蓼沼泰重・安部政吉・石口広宗・若林家長・亀田長乗・藤丸勝俊・中条景泰・竹俣慶綱ら上杉方の守将12人が自刃して果て、魚津城は落城し織田軍の勝利となった。
落城前日の6月2日に織田軍の主君、織田信長が明智光秀により討たれ(本能寺の変)、織田軍指揮官の柴田勝家に急報が入ったのは落城の翌日6月4日であり、この急報があと1日早ければ、守将自刃の悲劇は起きなかった。


木々の間から南方の展望 下に工場が見える


工場正門。もうお盆休みに入いているようだ

大きい工場です。空き地の芝生はサッカー場になりそうな広さ

夕暮れ時の前を走る県道

この地方の古いつくりの民家

魚津市内へ

このスーパーで晩御飯と明日の昼食までの食料をget。 スパゲッティ、カルボナーラソース、サラミ、ポカリ粉末、カップラーメン、お買い得パンセット。以上1200円。ホタルイカは・・今回pass

駅までいくと、たてもん祭りのちょうちんが飾ってある
じゃんとこい魚津祭り開催中で、海岸沿いは交通規制中。潮風を枕に眠るという望みはNGとなった。その他の観光地の 蜃気楼展望台、海の駅、漁港、水族館など
時間の関係上PASS


富山よりの滑川市、滑川道の駅で車泊。雨が降ってきて車内蒸し暑い。スーパーで買ったスパゲティを茹でて晩飯とする。少しわびしい。ここはホタルイカ博物館や海洋深層水施設も併設している。 1夜明けた 朝7時ゴロ出発。


富山湾の朝。蜃気楼が見えるのは3月から6月だと。


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