徒然なる写真日記

趣味に関する事や、日々の中での出来事を脈絡もなく貼り付けていく絵日記帳ブログです

宇都宮戦跡巡り~ 桜通り/鹿沼街道付近

2016-07-19 19:04:21 | 自衛隊基地祭他ミリタリー関連
2016 5/21 ピースバス


軍隊商い
第14師団の設置により軍道(現桜通り)や清住通り周辺ではさまざまな軍隊・軍人相手の商いが隆盛した。

軍道(現桜通り)
軍道には軍隊商いの店が続々開店した。また開道と同時に両側2kmにわたってソメイヨシノが植えられ、成長開花し始めた
大正中期から戦後まで花見の名所として宇都宮随一の賑わいを見せた。花見時にはサーカスやお化け屋敷などの見世物小屋、
茶屋、露店などが立ち並び、連日千人の見物客が訪れた。

清住通り
江戸時代から日光街道として宿屋や商家などが立ち並び賑わいを見せていたが、14師団設置以降、軍隊関係の鍛冶屋、
馬具屋、軍服屋等も続々と開店、また食堂、自転車屋、薬屋、雑貨屋、床屋など、軍人や一般客の店も沢山できた。
戦前、戦中を通じて軍人さんが日曜日などに店に群がり大変な活況だった。
ちなみに兵隊さんによく売れたのは「饅頭」だったとか


地図上に見える鉄道は 宇都宮人車鉄道。人力のトロッコ列車が 裁判所から城山の荒針駅(現城山市民センター)、
大谷まで走っていた。大谷石を運ぶ路線も兼ねていた様だ。のちに東武大谷線となる

軍御用達の店
両商店街の店は、やってくる軍人さんに商品を売るだけでなく、兵舎に出入りして食糧や日用品などの商いもした。
出入りの商人は年に1度、軍隊で行われる入札で決定され、通行証をもらって兵舎に入るときはこれを提示する
ことになっていた。この通行証を持った店を「軍御用達の店」といい、これらの店は売上金の3%を軍に上納した。


武蔵屋(現桜通り十文字付近)
大正5年ごろから軍隊相手の食糧や酒を取り扱う店として開店。軍御用達の出入り商売も始め、騎兵隊、車重隊、
野砲連隊にも頻繁に出入りして順調に発展した。また除隊土産店としても手拭、お盆、灰皿、除隊服(背広)など
幅広い品ぞろえで人気があった。

現在の武蔵屋。 看板は残っているがインド料理店になっていた


上の地図で2軒隣にある ”明治屋”は同じ名前の割烹料亭が現在、地方合同庁舎西側にある。 
しかし現在の明治屋のあった場所は元連隊長官舎だったようだ。

現桜通り十字路にあった 師団長官舎 (現在は地方合同庁舎)


地方合同庁舎のもみの2本の大木は当時の物らしい


鹿沼街道を少し東に行くと、憲兵隊本部があった場所がある。現在空き地となっている
跡地は以前、保健所>>県公害防止研究所となり 現在空き地となっている。コンクリートの塀は当時のままらしい


兵隊にとっては鬼より怖い憲兵隊、民間人は鬼より怖い特高警察といわれた


営門があったところだろうか



道路を挟んで対面にあるのは 現在は関東財務局、 以前は海軍人事部があったらしい


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