太陽暦と太陰暦の天文台として良いのだろう
立春の日の出と月相 新月の観測点としていたのでは無いか
天文に詳しい人の評価をお願いします。
縄文人の文化レベルを示すもの
暦は4500年前頃には金生遺跡天文台で完成していた。
それは現在でもそのまま通用する。
立春と読み替えて 図はお借りしました
引用ーーーーーー
暦Wiki
二十四節気の変動とうるう年の役割 †
暦上の1年が365日なのに対し、1太陽年の長さは365.2422日ですから、1年かけて軌道上を1周してきてもまだ0.2422日 (=約6時間) だけ足りません。
このため、二十四節気の時刻は毎年約6時間ずつ遅くなっていきます。
2012年は3月20日14時に春分を通り過ぎました。
次に春分を通過するのは365日と約6時間後、つまり2013年の3月20日20時になります。
その次に通過するのはさらに365日と約6時間後、つまり2014年の3月21日2時ごろとなります。同様に、2015年には3月21日8時ごろとなります。
二十四節気の変動とうるう年
このままでは延々と遅くなっていきそうですが、2016年はうるう年のため1日多く、366日あります。
このため、2016年は3月21日14時ごろではなく、3月20日14時ごろになります。
それまで約6時間×4年=約1日だけ遅くなった分が、うるう年で1日増えたことで帳消しされ、だいたい元の時間に戻るわけです。
逆に言えば、こよみの日付と二十四節気 (あるいは季節) が大きく変わらないようにするのが、うるう年を挿入する理由です。
グレゴリオ暦によるうるう年の挿入法 †
4年後にうるう年を挿入するとだいたい元に戻るのですが、0.2422×4=0.9688<1日ですから、実際には少し戻しすぎになります。
このため、1年ごとには約6時間ずつ遅れ、4年目には最初の時間よりも1 - 0.2422×4≒0.03日だけ早くなります。
400年後にはその100倍、つまり3日も早くなります。
この400年で3日のずれを解消するのがグレゴリオ暦導入の目的です。
グレゴリオ暦では、二十四節気は下図のような変化をします。
1年ごとでは約6時間ずつ遅くなります。
4年ごとにうるう年となってほぼ戻るが、少し早くなります。
1800年、1900年、2100年はうるう年ではないので、前に戻らず約6時間遅くなる状態が続きます。
2000年はうるう年なので、少し早くなります。
二十四節気の変動パターン
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2016年,中国の「二十四節気」 (Twenty-Four Solar Terms) が,ユネスコ無形文化遺産に登録されることが決まった.
二十四節気は古代中国,殷の時代より用いられていたとされる暦だが,日本にも早く6世紀にもたらされ,現在に至るまで伝統的な季節感を表わすものとして使用されてきた(国立天文台による用語解説「二十四節気」を参照).
二十四節気は歴とした太陽暦であり,旧暦のもととなった太陰暦に太陽暦の要素を提供したという点で,暦計算上,そして文化的にも重要な役割を担ってきた.二十四節気ファンとしては,ユネスコ無形文化遺産の登録は嬉しい.
二十四節気は,厳密にいえば中国版と日本版とで微妙に異なる歴史を歩んできたが,実際的な点では名称を含めほぼ一致している.