GNS クリスチャン人名録

☆今まであるようでなかった世界のクリスチャン著名人名簿。

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クリスチャン・ホソイ

2013年08月02日 | Weblog
■スケートボーダー

 80年代を代表するレジェンド・スケーター。6歳でスケートボードを始め、14歳でプロに転向。芸術的とも言える表現力と独創的なテクニックで瞬く間に頂点へと登り詰めた。しかし、名声とお金は彼をドラッグへと駆り立て、遂に2000年、ハワイのホノルル空港で逮捕。懲役10年の実刑判決を宣告される。しかし、刑務所の中で聖書と出会ったことで本物のクリスチャンに生まれ変わった。それと同時に世界中で彼の早期釈放を願う“フリーホソイ”ムーブメントが巻き起こり、2004年、善行が認められて釈放される。出所後2週間でスケートシーンにカムバックし、自身のブランド、ホソイ・スケートボードを復活させた。現在、カリフォルニアハンティントンビーチのサンクチュアリー教会の牧師を勤める。彼の波乱の人生を描いたドキュメンタリー映画『RISING SON』が最近公開された。(1967年 アメリカ・カリフォルニア州出身)
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Tim Tebow

2012年05月15日 | Weblog
■フットボ-ル選手

 2012年、TIME誌の「世界に最も影響を与える100人」に選ばれ、ロイターなどが行った大統領にしたいQBの1位に選ばれたアメリカ・フットボール界のスパースター。1987年、フィリピンで活動していた宣教師夫妻の間で5人兄弟の末っ子として生まれる。大学時代、彼は人生に大切なものの順番として、1).神に感謝すること、2).家族、3).学業 フットボールは4番目にあげた。スポーツ選手がよく目の下に塗っている墨に《John3-16》と入れている筋金入りのクリスチャン。(1987年 フィリピンマカティ出身)
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デンゼル・ワシントン

2010年06月19日 | Weblog
■映画俳優

 アメリカを代表する映画俳優の1人であり、映画監督、舞台俳優でもある。父親は、デパートで働きながら、二つのペンテコステ教会を牧会していた牧師で、母親は、二つの美容院を経営しながら、夫の教会でゴスペル歌手をしていた。俳優を志す前は、父親の後を継いで牧師になろうと考えていた事もあり、現在でも敬虔なクリスチャンとしても知られている。

 1989年、『グローリー』でアカデミー助演男優賞、2002年、『トレーニング・デイ』で黒人では2人目のアカデミー主演男優賞を受賞。他にも、ゴールデン・グローブ賞とベルリン国際映画祭でも2度男優賞を受賞している。白人女優とのキスシーンをしないことでも有名。(1954年 アメリカ・ニューヨーク州出身)
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ジャネット・リン

2010年02月18日 | Weblog
プロフィギュアスケート選手

 3歳からスケートを始め、12歳でジュニア国内選手権で優勝。1973年まで5年連続全米選手権で優勝したアメリカ女子フィギュア界のエース。1972年、18歳の時に札幌オリンピックに出場。美しい演技によって、芸術点では最高記録を得たものの、着氷に失敗し結果は銅メダル。しかし、演技中に転倒したにも係わらず、終始笑顔を崩さずに滑っていた彼女の前向きさは、全世界で絶賛された。

 その愛くるしい笑顔から、「札幌の恋人」、「銀盤の妖精」と呼ばれ、日本でアイドル的な人気を得、カルピスのCMにも出演。選手村の自室の壁に「Peace & Love」と書き残して日本を離れたが、この建物が分譲アパートになった後も、この言葉は消されずに保存されている。2007年1月、パワー・フォー・リビングのキャンペーンで来日し、ヒルマン元監督らと共に日本人伝道のために出演した。(1953年アメリカ・イリノイ州出身)



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ベー・チェチョル

2010年01月06日 | Weblog
■オペラ歌手

 ヨーロッバで苦学した後、1998年、ハンガリーの劇場で、プッチーニの『トスカ』でオペラ・デビュー。世界的にも貴重な「リリコ・スピント」の声質を持ち、100年に一人の逸材と評価される。日本でもオペラマニアから初心者までをも熱狂させる多くのファン層を獲得し、2004年にドイツ・ザアールランド州立劇場と専属契約を交わす。ところがその翌年、甲状腺癌が発見され、3本の声帯神経と、右横隔膜の神経を切除。突然、歌手としての生命を断たたれることになる。しかし、奥さんと共に懸命のリハビリとトレーニングを続け、遂に2008年12月、奇跡の復活コンサートを日本で遂げる。今は人々に生きる希望と勇気を与える「奇跡のテノール歌手」として、世界的に活躍している。(1969年 韓国・大邸(テグ)市出身)



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スーザン・ボイル

2010年01月01日 | Weblog
■歌手

 学習障害があり、学校ではずっといじめを受けていた。大人になってからも、結婚もせず、定職も持たず、年老いた母親の面倒をみながら、教会でボランティアをしていた。しかし、2009年4月、91歳で亡くなった母親の助言から、イギリスの有名なオーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出演を決意。以後、彼女の人生は一変することになる。

 番組出場の際、ミュージカル女優のエレイン・ペイジのようになりたいと語ったところ、会場は年齢と容姿のギャップの大きさに失笑が漏れ、審査員も呆れ果てた。ところが、彼女が歌った「夢やぶれて」の最初のワンフレーズで空気は一変。審査員は驚きの表情を見せ、会場は大きな歓声と拍手の渦に包まれた。デビューアルバムは、発売初週に70万1000枚という驚異的セールスを記録。米国ビルボードでも首位を獲得。2009年に初来日し、NHK紅白歌合戦で「夢やぶれて」を歌った。(1961年 イギリス・スコットランド出身)



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ヒョードル・エレミネンコ

2009年11月18日 | Weblog
■格闘家

 ウクライナ人の両親の元に産まれ、11歳からサンボ・柔道を始める。24歳で日本でプロデビュー。現在、『総合格闘技界全体で最強』つまり、世界最強の男と言われている。性格は普段の生活も試合時も、冷静沈着で大人しく、描絵やイラストが趣味。格闘家という人物像からは想像もつかないような可愛らしい絵を描く。富士急ハイランドのジェットコースターのファンで、来日時には必ず行くのが習慣になっているという。教会はロシア正教。(1976年ロシア・ルハンシク州出身)



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金賢姫

2009年04月15日 | Weblog
■元北朝鮮工作員

 外交官の父親を持ち、4歳までキューバで生活する。1982年、朝鮮労働党工作員に召還されてスパイ教育を受ける。大韓航空機爆破事件を実行したのは23歳の時。逮捕時に自殺を図ったが、奇跡的に一命を取りとめる。事件の同年、死刑宣告を受けたが、政治的配慮によって翌年に特赦。その後、聖書にふれてヨイド中央浸礼教会で受洗。1997年、元国家安全企画部員の男性と結婚。2009年、日韓両政府が日本人拉致被害者家族会からの要請を受け、田口八重子さん(拉致被害者で彼女の日本語教師)の長男との面会が実現した。文芸春秋社から何冊か著作が出版されており、その印税は航空機事故の被害者家族の補償に宛てられている。(1964年 北朝鮮・平壌市出身)


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Sylvester Stallone

2008年11月13日 | Weblog
俳優・映画プロデューサー

 ヘルズ・キッチンと呼ばれるニューヨークの無法地帯で、イタリア系の父親と、アイルランド系の母親との間に生まれ育つ。少年の頃は、言語障害と脆弱な性格のため、常にいじめの対象だった。マイアミ大学の演劇学科に入学するものの、授業料を支払えず2年で中退。その後、ニューヨークに戻り俳優を志すが、顔面麻痺とあまりに典型的なシチリア人風貌のため、54回オーディションに落ちる。ポルノ映画出演やクラブの用心棒などで日銭を稼ぐ極貧生活が長く続いたが、1975年、自ら脚本・主演したB級低予算映画『ロッキー』が、何と同年のアカデミー最優秀作品賞を受賞し、世界的な大ヒットを記録。一夜にして世界的スターとなったアメリカン・ドリームを体現した。

 16年ぶりのロッキーの続篇、「ロッキー・ザ・ファイナル」の冒頭に、彼が経営するイタリアン・レストランの片隅で聖書を読んでいる男が登場する。「人生ほど重いパンチはない。だが大切なのは、どんなに打ちのめされても、こらえて前に進み続けることだ」、「自分より強い相手と戦い、うちのめされる事で本当の自尊心が生まれる」などの台詞に、彼のハンディキャップを克服しながら、常に前向きな人生を志す姿勢が現れている。以前、過去の自分の汚点を消すために、昔出演していたポルノ映画の権利を買い取るという話が持ち上がった時、彼は、「人はキリストによって新しくされるのだから、自分の力で汚点を消そうと努力する必要はない。どんな過去があろうと大丈夫。神に心を向ければ誰もが生まれ変わることが出来るのだ」と言って、その映画の権利を買い取ることをしなかった。(1946年 アメリカ・ニューヨーク州出身)


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Dwayne Samuel Hosey

2008年10月18日 | Weblog
■野球選手

 1997年から98年にヤクルトスワローズに在籍した非常に明るい性格の選手で、「ホージー太郎」という愛称を持つ。入団当初は野村監督から「ただ明るいだけの選手」、落合監督には「史上最低の助っ人」などと酷評されていたが、実は日本の投手たちの特徴や癖を書き込んだノートを常に持ち歩くなどの勉強熱心さを持っていた。他球団からそれほど研究されなかったことが功を奏し、開幕戦から大活躍。シーズン終盤までジャイアンツの松井選手と本塁打王を争い、見事タイトルを獲得。その年のヤクルト日本一に貢献した。主の十字架教会から、『ホージー太郎一代記』という彼の信仰本が出版されている。(1967年 アメリカ・ペンシルバニア州出身)


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