あの人を武道館へ連れて行きたい

「毎日お前を笑わせるから」と約束したあの人は逝ってしまった。「あなたが夢見てた武道館。あたしがこれから連れて行く…」

HERO

2006-03-13 | チョップファミリーの集い

2003年1月31日

「虎太郎(コタロウ)、次ぼくにやらせてって言ったの?言わなきゃいつまでたってもやらせてもらえないよ!」
「わかってる。言うよ・・・」

どうして、この子は弱虫なんだろう。小さい頃から気の強かった私には歯がゆく思えてならない。

滑り台に1人で上れるようになった2歳の頃からそうだった。
次から次に上ってくる子供たちを先に滑らせ自分は上で待っている。
たまにやってくる年上の子などに促されるか、誰も居なくなってから滑る。

よく来るこのスーパーのオモチャ売り場でも、いつまでも順番を待っている。
幼児向けのパソコンゲーム機は人気商品でいつも先客がいる。
それも、この年頃で人が待っているから少し遊んで譲ろうなんて子供はおらず
飽きるか、親が迎えに来るまで止めるわけもない。
いつも虎太郎は 「ぼくは順番に並んでいるぞ!」といった感じでゲームをしている子の
すぐ後に立ち、ひたすら順番を待っている。
私から見ていて呆れるほど長く前の子がやっていても、何も言えない。
そして、やっと自分の番になると目をキラキラさせながらゲームを楽しむ。
いつも後ろで前の子たちの様子を眺めているので、やるたび腕を上げているのが笑えるが・・・。

この事で、私は何度も虎太郎を怒ってきた。もっと自己主張するように。
いつも怒られるのをわかっていて、オモチャ売り場に来ると自分の待っている姿を見られまいと
「ママは向うに行って、お買物してきて。ちゃんと言えるから。 あっちいってよ。」
と私を遠ざけるようになった。

虎太郎のプライドも考え、私も放っておくことにした。
しかし買物をする振りをして時々そっと覗きに行く。勿論、虎太郎は待っている。
ひどい時は、強そうな子に割り込まれて呆然としていた。
またある時は、やっとの思いで自分の番になりゲームを始めると後ろに並ぶ子がいた。
どうするのかと思えば、あっけないほど短い時間で交代してあげたりしている。
情けない。

男の子達に人気のハリケンジャーショーを後楽園ゆうえんちに見に行った時のこと。
虎太郎は悪者が出てきてからショーが終わり会場を出るまでの間、ずっと冷たい手をして
身体をブルブル震わせていた。
聞くと悪者が怖いわけではなく、戦いが怖かったそうだ。
そして普通は、「また来たい!」と言うはずが
「もういい。」だって・・・

今週の水曜日、コタの風邪もだいぶ良くなったので午後から2人で買物に出かけた。
いつものようにオモチャ売り場に直行すると、さすがに平日
あのゲームをやっている子は少なく1人だけ。待つ子もなし。
「ママ、お買物すぐ済むから、あそこでコーヒー飲んでるよ。コタもゲーム終わったら
 ジュースを飲みにおいで!」
「うん。わかった。」

なのに虎太郎は、なかなか来なかった。いつもより遅かった。
もしかして、またずっと待っているの? いや割り込まれたか?
それとも変な人にでも・・・?
私の所からゲーム機のある所は見えないので急に心配になりコーヒーの途中で席を立った。
すると自分でも遅すぎたとわかってか、私の顔色を窺うような顔つきで店の入口に
すごい勢いで走りこんできた虎太郎と出くわした。
「おそい!またどうせ待ってたんでしょ。いい加減にしなさい。」
私は、虎太郎の頭にげんこつを軽くのせた。すると
「ちがう!ちがうよー。ぼくの前にいた、お兄ちゃんがすぐ代わってくれたんだ。
 すぐにだよ。だから、いっぱいやってきちゃったの・・・。」

ごめん。虎太郎。

すぐ代わってくれた、お兄ちゃんの話をとても嬉しそうにしている虎太郎にハッとさせられた。
いつも待っている虎太郎は、すぐに代わってくれた事をこんなにも喜んでいる。
その優しさに感動している。

ずっと待っていれば争いは起きない。
自分の少しの我慢でみんなが楽しくできる。誰も嫌な思いはしない。
そして少しの我慢のあとは何より自分も楽しいのだ。

ママは、これからもうオモチャ売り場でのことは何も言わないよ。
優しく、素直に育ってくれて有難う。
君はパパの子だよ。

その晩、虎太郎は耳の痛みを訴え近くの緊急病院に行くことになった。
流行のインフルエンザで高熱の赤ちゃんが多く待っていた。
その後も救急車で運ばれてくる人がいたりして、中耳炎らしい虎太郎はどんどん後回しにされた。

夜間緊急入口の赤色灯。大学病院の中は昼とは違い緊張感のある空気が漂っている。
待合室には不安げな家族達。
何度もこんな病院の景色を見たよな。
トシちゃんと幾つもの病院を探して歩いた。
具合が悪くて抱えてきたこともあった。
辛かった。
病院には希望がなかったから・・・

痛くて泣き叫ぶ虎太郎を抱きかかえ、私もこの病院の雰囲気に押しつぶされそうだった。
虎太郎も辛かった。私も辛かった。
早く診てもらい出たかった。

やっと呼ばれ診察室に入ったのは3時間後だった。
診察室には事務的な感じの女医さんが1人。

「お父様とお母様の年齢から聞かせて下さい。」
「私は33歳です。主人は2年前亡くなっていますので居りません。」
「ご家族に大きな病気をされた方がいらっしゃいますか?」
「はい、主人は大腸ガンが肝臓に転移して亡くなりました。」
「そうですか。わかりました。じゃ虎太郎くん、お腹から見せてくれる?」

診察が終わり処方箋を貰って院内薬局の時間外窓口に。
そこは、先ほどの待合室のように人が居らず暗いロビーに窓口だけ蛍光灯が光っていた。
2人きりで薬が出てくるのを待った。
時計は11時を指すところで、痛みも峠を越して泣き疲れていた虎太郎は肩を落とし
私の隣で椅子に深く腰掛けていた。
「眠くなったでしょ。帰ってすぐ寝ようね。ママも眠いよ。」
頭を撫でてやると、すくっと立ち上がり私の前に立った。
コタの目からは、みるみる涙がこぼれた。

「ママ。ごめんね。ぼくが風邪なんかひいたから、こんなに病院に
 いっぱい居なきゃいけなくなったんだよね。ごめんね。」
泣きじゃくる虎太郎を抱きしめて私も泣いた。

パパ。虎太郎の中に居るの?
コタは5歳だから人の気持ちをこんなに察することなんて出来ないはずだよ。
パンツの中に右手を半分入れて寝る癖、布団からはみ出て上へ上へ行くこと、
背中に生えてる毛、ほくろ。計算が得意なところ。どれも、じゃーも2号としか思えない。

昨年、小脳梗塞から復活したミスチルの桜井さん。彼は復帰後『HERO』をリリースした。
とてもいい曲だった。
あの曲を聴いてチョップの『ヒーロー』を思い出してくれただろうか?
歌詞も曲も違うけれど、そこに2人の共通点を私は感じ取った。
きっと2人とも、ものすごく弱い面を持っていたんだってことを。
いつも強くありたいって願っていたんだってことを。

優しい人間は、時に先を越されたり我慢をしていたりする。
その代わりに、他人より多くの心の琴線を持って生まれて来ているのだと思う。
ふとした事に気付けたり、優しさに人より感動できたり。
そのたくさんの琴線を爪弾き、多くの人にエネルギーや感動を与えてくれるのだ。

虎太郎は、トシちゃんが残してくれた人生の方程式の続きを教えてくれた。
これからも、まだまだ新しい発見をしていけそうだ。

虎太郎は、カブトライジャーが好きだそうだ。
ハリケンジャーの中で一番強いから・・・

*この文章は命日(1/31)に、彼の為に集まってくれる仲間達に向け書いているものです。2003年1月31日配布。


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