不定期刊ZUBORA

思い立ったが吉日と思った瞬間やめたくなる、そんな日々の繰り言を綴る不定期刊行日録

コラム「風」 がんは容赦なく人を襲う:三室 勇

2008-07-26 16:32:47 | ジャーナリスト・ネットから
▼現代死因の一番はがんである。脳卒中、心筋梗塞がそれに次ぐが、この2つは血管の病気といっていい。同質の病気で場所が違うだけだ。がんはまだ完全な原因究明に至っているわけではなく、未知を多くを含んでいる。50歳代後半になると、だれもが、いつでもがんになる危険は孕んでいる。

▼評論家の立花隆は自分が膀胱がんになった話を『文藝春秋』で連載している。実に正確に発端となった症状から診断、治療にいたる経過を解説している。これを読むと、基礎的な知識が得られるといった内容になっており、がんのメカニズムを含めて理解したい人には、一読をすすめる。

▼『文藝春秋』8月号に立花隆と7月10日に亡くなった戸塚洋二との対談が掲載されている。戸塚洋二は次期ノーベル賞候補といわれていた物理学者である。彼は奥飛騨にある「スーパーカミオカンデ」で1998年にニュートリノの質量測定に成功した。これまで質量がないとされてきたニュートリノに質量を認めたことで、大きな物理学上の発見につながるとされ、その後の実験が期待されていた。

▼ところが2000年に戸塚洋二は大腸がんであることがわかった。それ以前に下血があったが、痔疾と思いこみ、放置していた。その後かなりの出血があり、近医に受診したところ3センチの腫瘍がみつかり、大きな病院に行くようにいわれ、国立がんセンターで即切除して、それですんだと考えた。

▼2001年にスーパーカミオカンデの光電子増倍管が6779本も割れてしまう。その復旧に何年もかかると予想された。戸塚は、この復旧の陣頭指揮をとって、不眠不休の活躍をして、なんとか一年で実験装置を回復させる。実は、その間にがんは転移していたようだ。

▼2004年に左肺に転移が2つ発見され、抗がん剤治療を行う。2005年に右肺に10個転移が発見される。さらに脳にも転移が発見され、治療が追いつかない状態になり、医師から余命19ヵ月と宣言されてしまう。

▼物理学者、戸塚洋二は検査データの解析を行い、がんが2倍になる速度を計算するとか、注射回数と腫瘍マーカーの変化をグラフ化するとか、科学者魂を発揮している。このデータ解析は、がん専門医にも参考になるもので、貴重な解析手法を開発したことになる。

▼脳に転移すると、時に譫妄(せんもう)状態に陥る。突然、興奮して訳のわからないことを口走るといった状態になる。しかし、ここでも科学者、戸塚はそうした自分を観察している。内的な体験を絵にして残している。「一つ目の葉っぱのおばけ」が見えたのだという。実にあっぱれと思うほどの自己観察ぶりである。

▼その彼も7月10日に亡くなった。対談の最後の方で、仏教と物理学は似ている話をしている。この考え方は、確かに一部の科学者で認知された考え方だ。たまたま生きているこの宇宙は消滅する運命にある。人が死ぬように。自分自身、生きて20年先に死ぬのであれば、今死んでもそれほど変わらないではないか、そう考えたという。生きていることの不思議をつきつめて考えた科学者だからいえる諦念かもしれない。