目黒博 Official Blog

日本の政治と社会、日本のリベラル、沖縄の「基地問題」、東アジアの外交・安全保障、教育などについて述べていきます。

香港の人権弾圧と日本人の鈍感

2020-12-10 18:45:44 | 日本の外交
香港では、日本でも有名な黄之鋒氏、周庭氏などの民主派活動家や、元立法会(議会)議員、メディア関係者たちが次々と拘束され、有罪判決も出ている。香港からの脱出を試みた12名の活動家は検挙され、その所在は現在も不明だ。

戦前の日本の治安維持法にも似た、香港国家安全維持法が制定されたのは本年6月30日。この法律を根拠に香港政府は民主派全体を力でねじ伏せようとしている。

習近平指導部支配下の中国本土だけでなく、現在の香港もまた、恐怖政治に覆われつつある。

多くの欧米諸国は、中国共産党政府と香港政府による人権無視の政策を非難している。しかし、力の信奉者である習近平指導部は「香港は中国の一部だ。内政干渉するな」と強硬に反発し、その姿勢を変える兆しは見えない。

一方、香港問題に対する日本政府と日本人全体の反応は鈍い。

11月24日、王毅外相との会談後の共同記者会見で、茂木外相は尖閣問題での王毅氏の一方的な発言に毅然と対応しなかったうえに、香港問題については「懸念」の表明にとどめた。

自民党外交部会や主要メディア、ネットで、茂木氏の「弱腰」に対する批判が噴出した。

だが、その批判は、尖閣諸島における王毅外相の高圧的な発言に反論しなかったことに集中し、香港問題への反応は少なかった。元来、日本政府は中国当局による人権抑圧には、できるだけ触れないようにしてきた。これは日本外交の伝統でもある。

1989年6月4日の天安門事件後、中国は先進諸国から経済制裁を受けた。その中国に真っ先に支援の手を差し伸べ、国際社会への復帰に尽力したのは日本であった。結果として、日本は中国の無罪放免を促し、その強圧的な体質を助長したと言える。

本年7月29日に、香港問題を懸念する国会議員有志が「対中政策に関する議員連盟」(JPAC)を設立した。中谷元、山尾志桜里両代議士が共同代表を務めるこの議連には、自民の他、立憲民主、国民民主、維新、無所属などの議員38人が名を連ねる。(11月13日現在)

だが、公明党と共産党の議員が参加していないため、この議連は超党派になっていない。

公明党は中国と太いパイプを持つ。それだけに、中国に批判的な議連には参加しにくいという。逆に言えば、近い関係にあるからこそ、率直な批判的意見を伝えられるはずだ。それができなければ、中国政府による「人道に対する罪」の共犯者になってしまう。

日本共産党は、香港問題で中国共産党を最も激しく批判した政党だが、「対中政策」と銘打つ議連は、「反中国」のニュアンスを含むので参加しないという。しかし、この際、党の建前を捨て、議連に参加して右寄りになりがちな流れを食い止めるべきだろう。

議連の顔ぶれはやや寂しい。党の重要な役職についている議員は玉木雄一郎(新)国民民主党代表ぐらいである。自民党については、親中派の二階俊博幹事長がにらみを利かしているため、参加をためらう議員が多いと言われる。

議連は、人権侵害に加担した関係者に制裁を加えるマグニツキー法を制定しようと活動中という。しかし、来年の総選挙をめぐる立場や思惑も交錯し、展望は明確でない。

経済界の動向はどうか。コロナ禍が始まったころ、マスクその他の医療・衛生用品は中国が一時的に輸出を制限したため品薄となり、パニックが起きた。これをきっかけに、経済界にサプライチェーンの中国への過度な依存に対する危機感が生まれている。

しかし、いち早くコロナを収束させ、経済を復活させてきた中国に期待する企業も多いのも現実だ。人権問題にかまけて企業経営を苦しくするわけにはいかない、との本音も覗く。

経済界は自民党の最大のスポンサーである。中国の抱える人権問題を見て見ぬふりをする経済界の姿勢が、自民党、ひいては菅政権の方針に大きな影響を与えている。

また、私立大学の一部では、中国人留学生は重要な収入源になっており、中国批判を敬遠する傾向がある。教授たちが、香港問題について発言することは歓迎されないのだ。

学問の自由を唱える大学がこの有様では、日本の人権感覚は鈍いと断罪されても仕方がないだろう。

このように、自民党、経済界、公明党、大学などの対中ソフト路線は、良くも悪くも分かりやすい。中国利権や友好関係が絡むからだ。

筆者はむしろ、「リベラル」勢力の消極的な姿勢に、もどかしさと憤りを感じる。香港問題では、立憲民主党などのリベラル系議員だけでなく、護憲派の有識者や文化人からの強いメッセージは聞こえてこない。

彼らは戦争や基地の問題については大いに発言するが、こと中国の人権問題には沈黙する。護憲派の視界には「人権」は存在しないのだろうか。

リベラル勢力が中国批判を躊躇し、沈黙すれば、日本における香港問題の議論においては保守系右派が主導権を握る。偏狭な民族主義の立場から、感情的な中国・中国人批判につながって、「中国人は出ていけ」という主張が全面に出かねない。

中国習近平指導部の暴走を容認するのか、それとも毅然と反対を表明するのか、日本は大きな分かれ道に立っている。その意味で、リベラル側が中国の人権弾圧に厳しく批判を加え、存在感を示せるかどうかは重要である。

リベラル陣営が音なしの構えを続ければ、保守陣営内の中国利権グループと民族主義的右派ばかりが目立ち、人権問題抜きの対中政策論争となる。それは避けたいものである。