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産経新聞前ソウル支局長 名誉毀損は“有罪”? 違法性阻却 産経新聞の責任

2015-12-30 06:16:26 | 評論
産経前ソウル支局長 名誉毀損は成立している 「違法性の阻却」は適用されず メディアの責任
~検証 産経新聞記事朴大統領名誉毀損事件~


無罪判決 産経前ソウル支局長
 12月17日、ソウル中央地裁は韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を記事で傷つけたとして罪に問われた産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(49)に対し、無罪判決(求刑懲役1年6カ月)を言い渡した。李東根(イドングン)裁判長は判決公判の冒頭、韓国外交省が文書を提出し、日本側が善処を求めていることに配慮してほしいと要請してきたことを明らかにした。
判決では 「わが国が民主主義制度をとっている以上、言論の自由を重視せねばならないのは明らかだ」と述べている。
また公人である朴氏に対する名誉毀損罪の成立は認めなかったが、前支局長のコラムを「虚偽だった」と断じ、さらに私人としての朴氏の名誉が傷つけられたことを認定している。
「言論の自由」を認めた当然の結論だろう。しかし、名誉毀損については、完全に“無罪”ではなかったのである。

  問題になったのは前支局長が執筆し、昨年8月3日の産経新聞の電子版に掲載された「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という見出しの記事だ。
  客船セウォル号沈没事故に関連するコラムで、朴大統領が事故直後に姿を見せなかった「空白の7時間」に関するさまざまな「うわさ」があるとして、韓国紙・朝鮮日報のコラムを引用して「朴大統領と男性の関係に関するもの」というコメントを付け加えた。
 この記事に対し、大統領府は「責任を追及する」と公然と反発し、市民団体の告発を受ける形でソウル中央地検が捜査し、2014年10月、「朴大統領を誹謗(ひぼう)する目的で虚偽事実を広めた」として、情報通信網法における名誉毀損(7年以下の懲役または5千万ウォン以下の罰金)で在宅起訴した。
起訴された前支局長は長らく出国を禁じられた。
報道を巡る名誉毀損については、日本は勿論、世界の先進国では、民事上の損害賠償で解決を図るのが通例で、刑事事件として訴追するのは極めて異例である。
 韓国の名誉毀損罪は被害者以外でも告発できる。今回は市民団体による告発だった。韓国の法律では、被害者の意思に反して起訴はできないと定めているので、朴大統領が早い段階で処罰を望まないと表明すれば、前支局長は起訴されなかった。起訴は朴大統領の了解のもとに進められたと考えても合理性はある。
今回の判決で、裁判長は判決の言い渡しを始める前、外交省から検察側を通じて、裁判所に提出された文書を読み上げた。極めて異例の展開である。
日本政府は、韓国側による訴訟取り下げなど、今後の日韓関係への影響を考慮し、善処を強く求めてきた。
 これに対し、韓国外交省当局者は韓国法務省に文書を提出して、日韓関係に配慮するよう異例の要請を行ったことを明らかにした。この要請は、法務省から検察当局、裁判所に渡った。外交省当局者は「韓日関係を担当する機関として、日本側からの要請を法務省に伝えるのは業務の一部だ」と説明した。
緊張化している日韓関係を反映して揺れ動いたまさに政治的な裁判であった。
 
12月22日、ソウル中央地検は、判決を受け入れ、控訴しないとする文書を同地裁に提出し、無罪判決が確定した。
この“無罪判決”の直ぐ後に、従軍慰安婦問題で、「最終的かつ不可逆的に」解決が確認され、日韓関係の改善の歴史的な進展が実現された。
政治的には極めて意義のある“無罪判決”だったが、名誉毀損についてメディアの責任問題は放置されたままだ。


名誉毀損は“成立”している?
 12月18日、産経新聞は、「前支局長に無罪 言論自由守る妥当判決だ 普遍的価値を共有する契機に」という見出しで「改めて、この裁判の意味を問いたい。公判の焦点は何だったか。それはひとえに、民主主義の根幹を成す言論、報道の自由が韓国に存在するか、にあった。裁かれたのは、韓国である」と「主張」で掲載した。
民主主義社会の根幹である言論を守り、批判、論評の自由を確保するのは鉄則だろう。その点では筆者はまったく異論はない。
しかし、加藤前支局長のコラムを読むと、掲載された内容については大いに疑念がある。今回の判決では、韓国の法律に基づけば、名誉棄損は成立しないという判決だったというういだけで、仮に日本の刑法に基づけば名誉棄損は成立していると考えるのが合理的だろう。産経新聞のコラムは日本語で掲載され、日本国内で報道された。メディアとしての責任は、日本の国内の法体系や倫理で検証されなければならない。
産経新聞は、「言論の自由は守られた」と胸を張るのには、筆者は相当違和感を覚える。メディアとして責任は本当に果たされていたのだろうか。≪韓国検察に猛省求める≫としているが、産経新聞も「猛省」する必要があるのではなかろうか。


加藤前ソウル支局長の記事は?
 産経新聞の記事(12月17日)の表現を引用すると「304人の死者・行方不明者を出したセウォル号沈没事故当日の昨年4月16日、(1)朴大統領の所在が分からなかったとされる7時間がある(2)その間に、朴大統領が元側近の鄭(チョン)ユンフェ氏と会っていたとの噂がある(3)そのような真偽不明の噂が取り沙汰されるほど、朴政権のレームダック(死に体)化は進んでいるようだ-というのが内容」である。

 以下にその要旨を記載しよう。

 「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」(要旨)
 旅客船事故当日の4月16日、朴大統領が7時間にわたって所在不明となっていたとする「ファクト」が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態となっている。
 7月7日の国会運営委員会に、大統領府秘書室長の姿があった。政府が国会で大惨事当日の大統領の所在や行動を尋ねられて答えられないとは…。韓国の権力中枢とはかくも不透明なのか。
 こうしたことに対する不満は、あるウワサの拡散へとつながっていった。朝鮮日報の記者コラムである。「大統領をめぐるウワサ」と題され、7月18日に掲載された。
 証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。
 ウワサの真偽の追及は現在途上だが、コラムは背景を分析している。『大統領個人への信頼が崩れ、あらゆるウワサが出てきているのである』
 朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ。」
 (2014年8月3日に産経新聞ウェブサイトに掲載  出典 朝日新聞 2015年12月18日)

日本の裁判所では「名誉毀損」をどう考えているか?
 日本の刑法では、「第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」と定められている。
 刑法で定められている犯罪なので、逮捕される可能性もあるし、懲役刑を科せられる可能もある。
 また民法でも定められていて、名誉毀損が成立した場合は損害賠償請求の対象となる。
 但し現実には、名誉毀損を巡る争いは日本も含めて世界の先進国では、民事上の損害賠償で解決を図るのが主流で、刑事罰が適用されることはほとんど無い。

 その一方で、憲法が保障する基本的人権の主要な一部である「表現の自由」や民主主義の基礎である「国民の知る権利」をどう担保するかも極めて重要である。
 名誉毀損の法体系でも、「表現の自由」や「国民の知る権利」については十分配慮している。
「公共の利害に関する場合の特例」である。

「(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。

3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」


 新聞や雑誌、テレビなどのメディアが報道する場合に、要件を満たせば「名誉毀損」が「免責」されるという条文である。
 報道や論評、批判などの「言論の自由」を保証しようとするのがその目的である。
 法的な解釈としては、「違法性の阻却」されている。本来は違法性が存在するが、一定の要件を満たせば違法性は阻却され、免責されるという意味である。

◆ 名誉毀損の「違法性の阻却」の3要件
(1) 報道が公共の利害に関する事実を伝えていること=「公共性」
(2) 報道の目的が専ら公益を図るものであること=「公益性」
(3) 報道内容が真実であると証明されること。また、この証明がない場合でも、報道時点で、メディア側にその内容を真実と信じるだけの相当の理由があったこと =「真実性」
 この「違法性の阻却」の3要件から「産経新聞の記事」を検証してみよう。
 今回の裁判は、韓国内で行われたので日本国内は関係ないとは決して言えないだろう。産経新聞は、日本国内で発行される新聞で、記事を読んだのは日本の読者がほとんである。日本国内で名誉毀損がどのように扱われているか、検証することは意味があるだろう。

「公共性」「公益性」は認められるか
 セウォル号沈没事故の対応をきっかけに、「朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ」とコメントする記事は、単なる政治家の私生活などを伝えるゴシップ記事とは違い、細かな表現はともかく、全体として政治コラムになっているという印象である。「証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ」という表現は、「公共性」「公益性」があるかどうかは判断が分かれるところだが、「朴政権の混迷ぶり」を伝える記事の中で、ファクトの一つとしてストリーに密接に結びついているので許容に範囲に入ると思える。ソウルの裁判所でも記事の「公共性」「公益性」も認めた。
「真実性」は認められない!
 問題は、「旅客船事故当日の4月16日、朴大統領が7時間にわたって所在不明となっていたとする「ファクト」が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態」にとなったとし、その「ファクト」として、「大統領をめぐるウワサ」と題された朝鮮日報のコラムを引用して、「証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ」と記述した点である。
 朝鮮日報のコラムを引用したにしても「うわさ」で記事を書いている。
 日本の名誉毀損の「違法性の阻却」の要件に「真実性」の証明が定められていて、「報道内容が真実であると証明されること。また、この証明がない場合でも、報道時点で、メディア側にその内容を真実と信じるだけの相当の理由があったこと」が求められている。
 産経新聞の記事が掲載された当時、記者がその内容を「真実と信じるだけの相当の理由」が存在していたかどうかがポイントである。
 しかし、「相当の理由」は「うわさ」である。「うわさ」は「真実と信じるだけの相当の理由」として認められないのは間違いないだろう。
 「うわさ」と注釈をつけても、「公然と事実を摘示」したことには変わりはない。東亜日報に記事を引用と記載したところで、免責にはならないのは当然だ。
 結論を述べると、「うわさ」で書かれた記事は「真実性」の要件を満たさないので、「違法性の阻却」は認められず、名誉毀損が成立するのである。
 産経新聞の記事は無罪ではなくて、名誉棄損の罪に問われるのである。
 仮に国内の新聞が安倍首相を「うわさ」を元にプラーベートな事柄を批判したらどうなるかを想像して欲しい。
 朴大統領は韓国の元首、外国の元首を「うわさ」で批判するのはメディアの倫理として如何なものか。
 公判でも記事で書かれた「うわさ」が事実かどうか争われている。
 2015年3月、裁判長は公判で、元側近の男性らの証言や大統領府への出入記録などから朴大統領と男性は事故当日には会っていないとの見解を示した。加藤前ソウル支局長も、2015年4月、産経新聞に手記を掲載し、この見解に「異を唱えるつもりはない」として認めている。 つまり「事実」ではなかったことが明らかになっているのである。
 ちなみに、産経新聞の記事の引用元になった朝鮮日報は、名誉毀損に問われていないのは明らかに不公正である。日本のメディアを狙い撃ちにしたと思われても致し方ないだろう。

 新聞や雑誌、テレビなどのメディアの「報道の自由」と「国民の知る権利」を守るために、名誉毀損に関して「違法性の阻却」という“特権”をメディアは与えられている。それだからこそメディアに課せられた責任は重い。その重みをしっかり自覚し、報道の倫理を守らり、国民からの信頼感を維持しなければならない。「報道の自由」を守る責任はメディア側にもある。
産経新聞は検証員会を設置し、この問題の経緯を冷静に検証する必要があると思う。「うわさ」で記事を書いた記者の責任やその記事を掲載したメディアの責任は問われるべきだろう。
民主主義と「報道に自由」はメディア側で守らなければならない。




2015年12月19日
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廣谷  徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute
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