ど~も伊舞なおみです

伊舞の東京その2 荻窪

荻窪で稽古。
昨日話題にした高円寺から二駅。
そうだな、荻窪ラーメンとして知ってる人も多いかな。
大きな屋台と言った感じの駅前の一杯飲み屋は、いつもサラリーマンと若者で賑わっている、
とても庶民的な町

そして、私には特別な町。昔、住んでいた町なのだ。
ちょっとワクワクしつつ稽古場に向かう。
あ、この商店街は、駅に行くとき通った道。
母と手をつないで歩く自分。
ぼんやりよみがえる記憶。
この神社でよく遊んだ!夏休みのラジオ体操はここだった。
クラスの男の子が決闘するとかいって見に行ったこともあったなあ。
決闘!なんて大げさな表現(笑)今の子供たちもこんなこと言うのかしらん?
それからこの角にまだ新しい「ママレンジ(注)」が捨ててあってさ、
びっくり大興奮。友達みんなの宝物にしたっけ。
稽古場はまさに小学校の近くで、道中テンションあがるあがる。

稽古終わり、みんなと一旦別れて、昔住んでいた家を見に行くことにする。
「そういうのってさ、がっかりするから、やめといた方がいいよ」
とか言われたけれど、ま、なかなか来ることもないしね。
もうその家がないことは知っていた。ハイツか何かに変わっているらしい。
それでも、吸い寄せられるように、歩き出す。
小学校低学年までしかいなかったのに、学校からの帰り道を不思議と覚えている。
結構遠い。子供の足だとかなり大変な道のりだったろうなあ。
この角を曲がるともうすぐ家だ・・
もう景色もはっきりわからないほど暗い道。でも、近づくにつれドキドキが高まってくる。
記憶より遙かに狭い路地。
家々のほとんどは新しくなっているけれど、空気感、道の感じ、すべてが妙に懐かしい。

いまだにしっかり覚えている当時の住所。
その番地のプレートを見つめ、しばし、ぼやっとする。
普段は思い出すこともない記憶のかけらがどっと押し寄せてくる。
大人になるまで住んでいたら、こうはいかなかったんだろうな。
小さい頃の記憶で止まっている土地だからこそ、
一瞬にして、ちびっこだった自分を思い出せる。ある意味マジックだわね。

私が幼い頃、父は転勤が多かった。
単身赴任なんて発想はなかったあの頃。当然一緒に引っ越し・転校。
辞令はいつも結構突然だったから、両親は大変だったろうな。
私自身も、
不安もいっぱいだったし、なにより友達と離れるのは寂しかった。
でもね、そのおかげで、今私にはふるさとがいっぱいある。
各地に友達がいる。
そこに立つだけで、特別な想いにひたれる場所がたくさんあるわけで、
これってお得な気分でしょ!?

ほんの少しの時間だけれど、素敵なタイムトリップ。
そっか、想い出は誰もが持っているタイムマシンなんだ。
おおっ、ちょっといいこと考えたんじゃないの?あたし。
駅から帰宅の道を急ぐお父さんたちとすれ違いながら、
だらだらにやにや・・。
思い出にひたっていた荻窪での伊舞は、
間違いなく怪しい人物になっていたのだった(^^;)


注:ママレンジ 
お笑い芸人じゃないよ。ちょっと高級なおままごとグッズ。
レンジといっても電子レンジではなく、ガスレンジをモデルにしたもの(ガスじゃないけど)
本当にホットケーキが焼けるという当時にしては画期的な玩具で大ヒット。
実際は、安全重視のあまりか、あまり熱くならないので1枚焼くのも恐ろしく時間がかかった。それも直径5センチぐらいの超ミニホットケーキしかできない(笑)
それでもあこがれの玩具だったんだなあ・・
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