備忘録

同伴者向けの記録です

足柄峠

2017年12月06日 | 日記
【足柄城址の一の郭】 
1536年に小田原城主・北条氏綱が足柄城を築城。1590年豊臣秀吉の小田原攻めの際は、佐野城主 北条氏忠が足柄城代となって守備するも、徳川勢の井伊直政の攻撃を受け落城した。 





金時山    
湯気の上がる箱根・大涌谷が見え、足柄峠から金時山まで歩くと約80分。


【新羅三郎義光吹笙の石】金時山が見える。


「古事記」には、東国からの帰路日本武尊やまとたけるのことが足柄峠を越えるとき亡妻を偲んで「阿豆麻波夜あづまはや(わが妻よ)」と嘆いたことから足柄以東の東国を「あづま」と呼んだと伝える。 足柄の坂より東なので「坂東ばんどう」ともいう。

箱根外輪山の最高峰足柄山は、神奈川・静岡県境にある足柄峠を中心とする山地。
足柄山の金太郎として名高い金太郎伝説の山でもある。
金太郎は足柄山中で赤竜と山姥の間に生まれた子という。金太郎は東国から上洛する途中の源頼光に見出され頼光の家来になった。この時、坂田公時さかたのきんときと名付けられ、その後頼光四天王の一人として、大江山の酒天童子をはじめとする妖怪退治に活躍する。


【足柄の関所跡】 昌泰2(西暦899年)坂東に群盗が蜂起したため足柄峠に関所を設け石の上に手形を差し出させて通行させたと伝える。

【足柄聖天堂しょうでんどう
日本三体聖天尊(浅草聖天、生駒聖天、足柄聖天)の一つ。
ご本尊は大聖歓喜双身天(1.8m)で、インドから京都にもたらされ、京から空舟に乗せ海に流すと、相模の早川に漂着した。それを弘法大師が自筆の「足柄山」と云う額と共に奉納したと伝える。
ただし、本尊は「秘仏」とされ、一般公開されていない。





金太郎の石像
 

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