小説『生活小説』

『生活小説』の実戦・実戦版です。半分虚構、半分真実。

(30) インディアン・サマーの前。 1

2004年08月30日 | 小説+日記
 高橋と杉山美加は、ふたりで観覧車に乗っている。下の客室では子供連れの家族が、上では年の離れたカップルが、窓の外を眺めている。ねえ、高橋君、どうしたの、黙り込んじゃって。いや、別に。ほら、ディズニーランドが見えてきた。あれが、スプラッシュマウンテン。ほら、海。すごい、すごい、海、すごいね。ねえ、ほら高橋君、海だよ。高橋君、海好きじゃん。僕は海、好きだよ。ね、ね、好きでしょ、いいよね、海、広くて、青くて。船、船、ほら、昔の船。なんて言うんだっけ?帆船だよ。そうそう帆船。うわあ、よし!くぁ!と高橋は声を出した後、首を振って、両手で頬を叩く。どうしたの、高橋君?!びっくりするじゃん。いや、ごめん、目が覚めた。寝てたの?いや、そういうことじゃなくて。なあ、美加、キスしよう。いいよ。下の窓から子供がのぞいている。美加、あっちが新宿?そうだね、だから、あのあたりが、事務所かな。そうだろうな。じゃあ、あっちが俺の家あたり?それで、その向こうが美加の家かな。うん、そうだね、高橋君の家だね。美加、もう一度、キスしよう。うん。下の客室で、子供がこちらの二人を指差し、窓を叩いてはしゃいでいる。親がそれを止める。高橋君、見世物じゃないんだから。ごめんごめん。ねえ、ほら、あれがスプラッシュマウンテン。そうだね。なんだか、ここ、傾いてない?ほんとね。そろそろもっとも高い位置に到達します、とアナウンスが流れる。水族館があそこで、あっちがスプラッシュマウンテンね。美加、ディズニーランドにこだわるね。だって、いっしょに行きたいじゃない。いいんだよ、別に行ったって。なんか、とげのある言い方するのね。杉山美加の携帯電話が鳴る。杉山美加は、着信の相手の表示を見て、留守番電話に切り替える。いいんだよ、出たって。例のあいつからよ。うちの事務所の羽田君。もう、ほんとにしつこい、しつこい。ふん、いいじゃん、そいつとディズニーランドに行けば。美加とだったら、美男美女で、さぞかし、ミッキーとミニーも嫉妬するんじゃないの?うわ、なんか、いやな感じのこと言うのね。でも、明日、羽田君と仕事で会うのよね。憂鬱、憂鬱、すごい憂鬱。いいんじゃないの?別に。変に意識するからだめなんだよ。ほおっておけよ。そう、出来ればいいけどね。出来ないかもしれないの?そんなんじゃないけど。だから、当分、俺とどこかに行こうって言ってるのにさ。無理よ。わたし、仕事好きだもん。俺より?うーん、ディズニーランドよりは好き。ほら、スプラッシュマウンテン。おい、美加、ごまかすな。ごまかすなよ、しっかり、数えろよ、空手青年。ナカムラはソファに横になりながら、計算機にむかっている空手青年を眺めている。ナカムラさん、どうします?結構な額になりますよ。じゃあ、とりあえず、適当に手続き済ませて、うまく流して、あとは、あっちにお任せ。どうする?お前、リムジンでも乗る?あんまり、そういう無駄使いはいやだなあ、成金みたいじゃないですか。しょうがねえじゃん、成金になっちゃったんだから。税金対策にいろいろ使うよ、悪いけど。ナカムラさん、そういうの嫌いじゃなかったの?いいの、いいの。とりあえず、次の仕事をうまく仕切れれば、なんてことはないよ。ナカムラさんにそういう才能があったとはね。いや、才能は全然無いよ。とりあえず、もうどうなったっていいと思ってるから、変な度胸がついちゃってさ。ふん、そんなもんですかね。そんなもんだよ。

2 コメント

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嘔吐 (united_pot)
2004-09-09 18:10:49
退院したけど、頭うたれて、高橋はもうやばいんじゃないかって思う今日この頃。

美加の感情の持ち方が好きです。

ナカムラへの興味はちょっとづつ少なくなってきちゃったよ。

入院中の空手青年の言葉がけっこう効いていたから、ちょっと空手青年にもしゃべらしてください。
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Unknown (ichi-raw)
2004-09-09 18:49:39
ナカムラさんは今後、大活躍の予定ですが、スケジュールの都合で、次シーズンの出場は危ぶまれてます。しかし、今までの協力関係もありますので、なんとかなると思います。空手青年は、もともと口数が少ないので、滑舌から鍛えなおしておきます。美加ちゃんは、ぼくも好きなので、さらに、はっちゃけてもらいます。高橋は、村上春樹ショックで、犬も寄り付きません。「アフターダーク」は読み終わりましたか?
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