小説『生活小説』

『生活小説』の実戦・実戦版です。半分虚構、半分真実。

(28) 誰かの存在と、その時間。 2

2004年08月23日 | 小説+日記
 特に問題はありませんよ、たぶん、精神的なものが影響してらっしゃるんでしょうね、とりあえず、頓服のお薬を出しておきますから、ゆっくり、休んでください、いえいえ、こういうことはよくあることですから、まあ、仕方ないでしょうね、とにかく、休むのが一番です。そう医者は言う。高橋は受付で薬をもらう。付き添っていた、永田に説明する。ごめんね、ありがとう、でも、大丈夫だからさ、いいよ、一人で帰るから。永田は心配そうに、高橋の目の奥をのぞきこむ。高橋は永田の肩を、ぽん、と叩く。永田は、うなづいて、去っていく。後ろ姿を見送りながら、高橋は、自責の念にかられそうになりながらも、電話でタクシーを呼んで、仕事場へ向かう。流れていく景色を見ながら、少しめまいを起こしそうになる。信号待ちをしている間に近寄ってくる人間がいたので、誰かと思うと、仕事仲間だった、栗山で、コツコツと窓をノックするので、ドアを開けてもらう。やあやあ、高橋、久しぶりじゃん、なにやってたの? あ、新橋までお願いします。逆方向だよ。高橋は財布の中のタクシークーポンを確認する。すまんすまん。なあ、高橋、このあいだの建築うんぬんの話、知ってる? ああ、聞いたけど。あれ、決まったよ。名古屋での仕事だけど、なんだか、いい話だよ。へえ。だから、週に二日は俺、名古屋なの。はあ。でも、一人で名古屋はつらいよな。お前のとこの、杉山美加とか永田ちゃんみたいな、彼女を連れて行ければな。へえ。そしたら、人生、楽しいだろうな。優しそうだし。そうかな。そりゃそうだよ。あの子たちの顔見れば分るよ。へえ。なあ、高橋、お前どうなんだよ、最近。いい女とかいるの? いや、別に。お前もさあ、もう若くはないんだから。大きなお世話だよ、栗山は女の話かプロレスの話しか出来ないの? そんなことないって。あのさあ、なんだか、頭痛がしてきた。高橋君、また、そんなこと言っちゃって。いや、本当に。ごめん。降りるよ。おいおい、大丈夫か? 高橋はタクシーから降りると、道端で嘔吐する。あらあら、高橋、酔ってたの? いや、薬飲めば大丈夫だから。大丈夫だから。高橋君はそんなに簡単な人間じゃないから。杉山美加は、ユカリを相手に、コーヒーを飲んでいる。ダメだよ、ダメ。ちゃんと、美加が、縛り付けておかないと、高橋君、すぐどこかに行っちゃうよ。そういう問題じゃないって。あのさあ、ユカリは恋愛の話か、ファッションの話しか出来ないの? そんなことないって。私だって、結構、真面目にいろいろ考えてるんだから。美加にそんなこと言われるなんて思わなかったなあ。最近、なんだか、美加、真面目だもんね。そんなことないけどさ。携帯電話の着信音が鳴る。あ、羽田君かな? 美加、また新しい男? ちがうの。仕事先で一緒になったひとなんだけど、どこからか電話番号知ったらしくて、しつこく電話掛かってくるのよね。美加、そんなの無視しときなよ。でも、なんだか、悪いし。はい、杉山ですけど、ああ、どうも。

(27) 誰かの存在と、その時間。 1

2004年08月23日 | 小説+日記
 こうして、二人きりで、喋るのって久しぶりじゃない? と永田が言う。そういえば、そうだね、と高橋。二人のそばを、五十歳を超えていると思われるウェイトレスが、せかせかと動き回っている。まあ、特に、急用があるという訳ではないんだけど。永田は、窓から、曇り始めた空を見る。ただ、なんとなく、高橋さんと会っておかなきゃいけないんだろうなあ、と思ったのね。別に合う必要はなかったと思うんだけど、と高橋が言う。近くまで来たし、会っておくのが筋だとは思うし。悪いことではないと思うけど。それから、会話は、仕事の話になり、事務所の話になり、高橋が今、取り組んでいる企画の話になった。永田ちゃんはどうなの? これから、どうしていくの? いままで、通りにやっていくわよ。だけど、たまに辞めたくなるときがあるけど。全部、なにもかも、やめて、どこかへ行きたい。遠い、とおい、どこか。別に、距離が遠いところじゃなくて、なんか、こう、精神的に遠いところ。そこで、どうするの? まあ、少しのんびりしようかな、と永田は微笑む。高橋さんにも捨てられちゃったしね。おいおい、捨てたのは君でしょ。わたし、そんなに器用な人間じゃないし。頭もよくないし。おまけにずるいしね。うつむき加減に、時折、髪に手をやりながら、永田は言う。そんな永田を高橋は見つめている。多分、いいことあるんじゃない? なんの根拠もないけどさ。ウェイトレスがやってきて、空いたお皿、お下げしてよろしいでしょうか、と言う。あ、どうぞ。ついでに、私自身も片付けてもらおうかしら。意味分らないよ。わたしも、自分で言っていて、意味がわからなかった。二人は笑う。少し、混乱してるみたい。ぼくだって、混乱してるよ。どうも、最近、混乱してる。でも、仕様がないよ。全部、自分が積み上げて来た結果だもの。別に後悔してるわけじゃないし。あ、ごめん、ぼく、ちょっと、トイレに言ってくる。うん。高橋は立ち上がるが、どうも、歩き方がふらついているなあ、と永田が思った瞬間、高橋は倒れる。永田はすぐに駆け寄る。いやいや、大丈夫だから、と高橋は言うものの、まっすぐに立てない。とりあえず、タクシーで病院に行きましょうよ。いつもの病院でいいんでしょ? すまないね、ほんとに。高橋と永田を載せたタクシーは、総合病院へ向かう。もっと、急げませんか?任せておいて下さい。任せておいてください、と杉山美加は山崎に返事をする。なんだか、最近、急成長だね、美加ちゃん。評判いいよ。ありがとうございます。なんだか、このごろ、調子も良くて。それは何より。なんだか、業界でも君のファンは多いんだぜ。あの、なんていったかな、企業用のVTRの件でうちにきた、そう、ナカムラさん。彼なんて君のかなりのファンなんだぜ。ああ、ナカムラさんですか。そうですか。ええ。そういうのは大事にしておくと、あとあと助かるよ。ええ。そうですね。杉山美加はトイレの鏡に自分の顔を映す。笑みを浮かべたり、不機嫌な顔をしてみたり、怒った顔をしてみせる。高橋くんは、今、何をやってるのかな? 明日は何をするのかな? 明後日は? その次の日は? わたしも高橋君もどんどん、進んでいくけれど、どこか、方向が違う気がする。でも、それは悪いことじゃないし。わたしが高橋君のことを大事にして、高橋君がわたしのことを大事にしていれば、二人の距離はなんとでもなるし。甘いかな? わたしの考え、甘いかな? だけど、絶対、どうにかしてみせるよ。絶対に。