亀と鴎の挑戦

トリニータや千葉ロッテなどスポーツ観戦を中心に投稿します!

TRINITA 20th Anniversary No.2「俺とトリニータの歩み(後編)」

2014-06-06 22:50:50 | トリニータ20th
前回の続きです。


2008年「ドームに通う楽しみ」観戦回数:14回

大分の方に大学進学が決まり、念願というか、ついにトリニータが身近になった瞬間がやってきた。
当時は交通手段が自転車しかなく、ドームまでの坂がぶっちゃけきつかったけど、それでもトリニータの為なら疲れなんて感じないくらいドームまで通うのが楽しみだった。
思い出深いのはナビスコ準決勝の名古屋戦かな。ナビスコ決勝進出が決まった瞬間は、今まで見たことのないくらいの盛り上がりだったのは覚えている。



2009年「ほんの一筋の光」観戦回数:10回

観戦した試合ほとんど負けて、とても悔しい思いをした一年だった。
ただその中で印象深いのは、後半ロスタイムの逆転勝利をした名古屋戦かな。あの瞬間何が起こったのか、現実と向き合うのに時間がかかったのは今でも記憶に新しい。
ドームのざわめきもしばらく冷めることはなかったし。名古屋からしたら思い出したくない敗戦だろうね。
あとは高松の2発で勝った清水戦かな。あとは暗い話題ばっか。



2010年「ファン→サポーターになった瞬間」観戦回数:16回

J2に降格して、トリニータ熱が冷めるかと思ったらそうでもなく、むしろここで支えなければいけないと感じた。
これまでの俺とトリニータの歴史を見てもわかるように、既にトリニータが生活の一部と化していた。経営が苦しい今こそ、トリニータを微力ながら救いたいという気持ちが芽生えた。
これまで買っていなかったシーズンパスを新規購入し、観戦も極力足を運ぶようにした。レベスタまで足を運んだ。鴨池まで応援に行った。
もうこれでファンなんて言わせない。立派なサポーターだ。



2011年「感じる伸びしろ」観戦回数:15回


田坂体制初陣。選手も大幅に代わり、新生トリニータのスタートであった。
毎試合毎試合課題が残るようなゲームが続いていたが、試合ごとに修正するのが目に見えていて、応援しがいのあるチームへと成長していった。
就職が決まった自分へのご褒美でレプユニを購入した。背番号8。今でも愛用している。
九州以外の初めてのトリニータ観戦(IN徳島)も経験。逆転勝利という最高の思い出。



2012年「Uターンでも変わらず」観戦回数:15回

地元に帰省して、観戦回数が減ると思ったらそうでもなく、暇があれば大銀ドームに向かっていった。
ただ単に車持ち始めたばっかで運転したかったのと、試合が日曜が多く融通が利いたのが一番の原因だけど。
片道2時間かかるのは正直体力的にも金銭的にもきつい部分はあるが、それでも勝ち点3のために戦う選手たちの頑張りを見て、俺も頑張らなきゃなと思える。
この年は、結果を残せた試合が多く、運転も苦にならなかった年であった。
初の東日本トリニータ観戦もこの年(IN栃木)。3-0と完ぺきな内容。




2013年「かけ離れた」観戦回数:14回


3年ぶりのJ1で、正直トリニータよりも弱いチームが3つくらいはあるだろと楽観していた部分はあった。
しかし蓋を開けてみればトリニータの1弱。何もかもがJ1で通用しなく、結局1つも勝った瞬間を見ることなく終えた一年になってしまった。
J1のレベル、観客数の伸び悩み、鳥栖に九州の象徴を奪われた、テレビでの扱いの低さ、何もかもが俺が思い描いていたJ1とかけ離れていた。もっとJ1って楽しいところじゃなかったのかと。
地元のローカル局からも報道が減るという屈辱。ウイニングゴールがあった時代が懐かしい。



2014年「20年、さらにその先へ」観戦回数:6回(第16節終了時点)


今年でトリニータは20年目を迎えます。俺もトリニータを応援して14年目となります。
この20年で選手はがらっと替わりましたが、応援してくれるサポーターのために、勝ち点3を目指して戦う選手の姿はいつの時代も受け継がれていると思います。
今の選手もそう。なんだかんだ言っても現在はプレーオフ圏内間近の7位。よく頑張ってくれているよ。



明日の岐阜戦もおそらく行けると思う(まだ100%決まりではない。ただ限りなく100%に近い。)。明日も、そしてこの先も、期待に胸を膨らませてトリニータの聖地に向かうとする。



じゃこの辺で

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