goo blog サービス終了のお知らせ 

がく日記

ホイドーズがくの日記。

最終回「こわーいはなし」!!

2009年02月13日 16時25分48秒 | こわーいはなし

ドーーーン カリカリカリカリ。


海の波は何故起こるのか。
答えは風だ。
ミノムシは成虫になると何になるのか。
答えはずっと幼虫だ。
インターネットは便利で、何でも教えてくれる。
K青年は処方箋を片手に自宅のコンピューターを起動させたのだった。

あっという間にページが表示された。

『薬品A』
皮膚病の薬
作用が最も強力

なるほど。
では以前まで使用していた薬との違いは何なのか。
青年はキーボードを打つ。

次の瞬間、過去の記憶が蘇える・・・.





「胃潰瘍かー。ストレスだな。」
「でも僕、ストレスなんて無いと思うんですけど・・・。」
「いやいや。ストレスは目に見えないからねー。考えすぎたんだろう。」


「青酸カリでも飲んだかのような胃をしているよ。飲んでないよね?」


「この病気はね。君のような若者がなる病気じゃないんだけどな・・・。」


「一人暮らし始めたんだよ。花火が観放題なんだぜー。今度来いよ。」


「俺、新しいバンド組みたいんだよね。すげ-バンド。」


「枝豆最高だなー♪」


「最近、手が荒れちゃってさ。薬塗ってるんだよねー。」
「それ。強い薬だから、そんなにベタベタ塗らない方がいいですよ。」



・・・入院より先だ・・・.


『薬品B』
皮膚病の薬
作用は強力
副作用に消化管潰瘍,消化管穿孔,消化管出血がおこることがある。



果たして真実は・・・.

答えは風の中。




第16回「こわーいはなし」!!

2009年02月12日 23時23分53秒 | こわーいはなし

「あらー。これはひどいねー。」


そうだ。
あの時も同じだった。

K青年がまだ実家で暮らしていた学生の頃。
親の理解もなんとか得られ進学した音楽学校。
実技から理論まで学び、
ディミニッシュのディの字も知らなかった青年にとっては
その後の音楽活動にとって有意義なものであったが、
当時の青年ときたら「やっぱりロックは学校で教わるもんじゃねー」とかなんとか・・・。

これが俺のロックだ。とギターを弾きながら腰を掻く。

やがて腰の湿疹は臀部や手に範囲を広げ、
病院に行って治療するが、すぐには完治せず何度も通院したのだった。



そうか。

あの時と薬が違うのか・・・。



つづく

第15回「こわーいはなし」!!

2009年02月10日 02時43分08秒 | こわーいはなし

「うわー。これはひどいですねー。」


K青年は診察を受けていた。
湿疹の出ていた腰に薬を塗りながら医師はそう言うのである。

しかしその後の診察で、
ただの湿疹。薬を塗ればすぐに治るだろう。
と診断され処方された薬を受け取りに薬局へと向かったのであった。

処方箋を見つめながら近くの薬局へと歩く。

何かが違う。

そうか。


鮮明に思い出した。

あれはK青年が一人暮らしを始めるより前の事だ・・・。



つづく

第14回「こわーいはなし」!!

2009年02月09日 01時23分32秒 | こわーいはなし

ジャカジャーーン。 ポリポリ ポリポリポリ。


あの入院生活からどれくらい経ったのだろうか。
K青年は花火が見えるあの部屋から新しい部屋に越していた。

そして青年にとって憧れであったバンド形態での音楽活動も順調で幸せな日々を過ごしていた。

2008年初夏であった。
ライブへの仕上げは万全だ。
今夜もギターを弾きながら背中を掻く。
最近どうも体がかゆい。

腰に湿疹が出ていた。
湿疹は次第に腕、足、胸へと範囲を広げていったのだった。

K青年はあの時の事を思い出す・・・。



つづく

第13回「こわーいはなし」!!

2009年01月31日 01時25分30秒 | こわーいはなし

ズルズルーー。ズルズルズルーーーー。


7日間に及んだ断食治療の甲斐あって、
焼けただれたように黒焦げだったK青年の胃はきれいなピンク色へと戻り退院が決定した。

しかし青年たっての希望で退院を少し延ばし、うどんをすすっている。

やっぱり入院生活で唯一の楽しみという食事の時間を満喫してからでないとな・・・。


こうして長かった入院生活から解放されるのだった。

健康というもの有り難さ。
目に見えないストレス。
沢山の事を考えた。
退屈ではあったがのんびりとした10日間であった。

しかし話は終わりではない。



つづく

第12回「こわーいはなし」!!

2009年01月28日 00時16分08秒 | こわーいはなし

ポーーーーーン。お食事の用意ができました。


K青年の食事も用意されていた。
レントゲン検査の結果は良好で、少しずつ食事を出そうという院長の判断からだ。

しかし食事とは言えども、お粥の上澄みだけで完全に液状のものであった。
だがもう屋上に逃げなくてもいいのだ。
すっかり仲良くなった同部屋の入院患者とそろって食事をとった。

「食事が入院生活で唯一の楽しみですよねー。」

ある入院患者がそう言った。
まったくその通りである。

徐々にK青年も一分粥、三分粥、五分粥と米も食べられるようになっていったのである。


そして入院から10日目の朝。

再び内視鏡検査を受ける事になる。
検査結果次第では退院。

検査結果は・・・。



つづく

第11回「こわーいはなし」!!

2009年01月27日 01時43分38秒 | こわーいはなし

ゴク ゴク ゴクッ プハーーーーー。


毎朝体重を計っていたが、みるみる体重も落ちていく。
何も口にすること無く点滴のみの生活を始めて7日目の朝だった。

いつも通り朝食後に入院患者のベッドを医師らが回る回診が行われていた。

「調子はどうですか?」

「もう痛みは無いですね」K青年は答える。

医師らで少し話をし、院長は続けた。

「じゃあKさん。明日レントゲン検査をしましょう。」

「はあ・・・」



レントゲン検査に特に何も期待していなかったが、
看護士から検査の話を聞きK青年は心躍らせた。

消化器系のレントゲン検査では「バリウム」を使用し、
検査後はバリウムをきれいに排泄する為に液状の「下剤」も飲むというのだ。

どちらも不味い不味いという評判を聞いていたが、
7日間飲まず食わずだった人間がどのような感想を言うのか・・・


この世の物とは思えないほど最高の味わいだった。
下剤なんて甘くて美味かったな。

検査結果は・・・。



つづく

第10回「こわーいはなし」!!

2009年01月20日 00時45分09秒 | こわーいはなし

ポーーーーーン。お食事の用意ができました。


入院生活5日目。
この8人部屋の病室もベッドは全て埋まっており
患者はそれぞれ食事を取りに行くが、
もちろんK青年には用意されておらず、
相変わらず点滴のみを打ち続ける生活が続いていた。

ご飯もダメ。
水もダメ。
煙草もダメ。

発狂寸前であった。

同部屋の7人の患者は
いつまで経っても食事のない青年を気遣ってカーテンを閉めて食事を済ませた。

いつからかあのアナウンスが聞こえるとK青年は点滴を持って屋上に行くようになっていた。

屋上に上ると花火の音。


はあ。何もかもが恋しい・・・。


当たり前の事がこれほど大切だとは。と考えながら花火を見つめた夏の終わり。


しかしそんなK青年にチャンスが訪れる。

断食治療7日目の朝だった。



つづく

第9回「こわーいはなし」!!

2009年01月06日 23時59分56秒 | こわーいはなし

「急性の多発性胃潰瘍です」


K青年はどのようにして診察室まで来たか覚えてない程だったが
院長のその言葉で完全に目が覚めた。

院長は続ける。

「青酸カリでも飲んだかのような胃をしているよ。飲んでないよね?」

青年はうなずく。

「とにかく物を食べたり薬を飲んだりしたら
 胃が破けてしまうかもしれない。
 胃に負担をかけない為にこれからしばらく点滴のみです。
 自然治癒です。 
 もちろんご飯もダメ。水もダメ。入院しましょう」

それを聞いたK青年はまだ寝ぼけていたのだろうか。

「煙草は?」

「もちろんダメです」

入院生活の始まりであった・・・。



つづく

第8回「こわーいはなし」!!

2009年01月06日 00時24分13秒 | こわーいはなし

ポーーーン。ガガーーーーーー。


K青年は車椅子に乗せられエレベーターの中にいた。
しかし内視鏡検査の恐怖に気絶してしまったのではない。

この病院では内視鏡検査の際、
静脈麻酔薬を使用し無痛で検査をする事が出来たのだ。

ベッドに横たわり口にカメラを入れられ少し苦しかったところまでしか思い出せない。

何処へと向かっているのだろうか。

体が浮いているようだった。
酒に酔ったときや煙草を吸ったときのようなそれとは異なり、
まるで夢の中にでもいるかのようであった。

長い廊下を進むとベッドが並んでいた。

「こちらで少し休んで下さい。起きる頃には結果が出ますので。」

K青年は気絶したようにまた目を閉じたのだった・・・。



つづく

第7回「こわーいはなし」!!

2009年01月05日 00時27分07秒 | こわーいはなし

ズバシコーーン。ズバシコーーーーーン。


痛みで目が覚めた。
カーテンの隙間からは陽が射し込んでいる。
朝までは持ちこたえたがまた痛みが出てきたのである。


K青年は救急車ではなく母親の運転する車で大きな病院へとやってきた。
○○胃腸病院という医院だったが、
内科だけでなく外科や皮膚科も診療しており随分と混雑していた。
受付で手続きを済ませてから2時間程待たされたところでようやく呼ばれたのであった。

問診の後に触診。
それからK青年は急遽、内視鏡検査をすることになった。

胃カメラだ・・・。



つづく

第6回「こわーいはなし」!!

2009年01月04日 19時26分03秒 | こわーいはなし

プカーーーーーーー。プカーーーーーーー。


やけくそになっていた。
特急列車の喫煙車両で煙草をふかす。
煙を吸い込む度に激痛を感じるが、もうどうでも良かった。

これが最後の一服になるかもしれないしな・・・。

なにせ夜には救急車で運ばれるかもしれないのだから。


K青年は実家に帰り先程出された薬を飲んだ。
胃薬か。
果たして痛んでいるのは胃なのだろうか。

ところが暫くすると痛みは和らいできたのである。
このまま治ったりしないだろうか。

病院は明日の朝にしよう。

K青年は目を閉じたのだった・・・。



つづく

第5回「こわーいはなし」!!

2009年01月03日 00時01分18秒 | こわーいはなし

ググーーウッ。ポンポンポン。グーーウッ。


診察を受けていた。
K青年の祖父よりも遥かに歳が上であるように見えるその院長は
触診をしながら症状を聞いて難しい顔をした。

「胃穿孔の可能性があるな・・・。」

そしてこう続けたのである。

「この小さな医院にはレントゲンも無ければ内視鏡も無い。
 お薬を出しますが、夜中まで痛むようだったら救急車を呼んで下さい。」




・・・救急車!?


K青年は行きよりも重い足取りでアルバイト先へ戻っていた。

「何がお大事にどうぞだ。千三百円の仕事じゃないぞ。ヤブ医者め。」

この日からK青年はアルバイトを長期で休むことになったのだった・・・。



つづく

※胃穿孔ー胃壁に穴があくこと。胃潰瘍が進行し起こることが多い。
 胃の内容物が腹腔に漏れ出すため急性腹膜炎を起こし、救急手術が必要となる。
※やぶ医者ー診断や治療の能力が劣った医者。下手な医者。ヤブ医者。

第4回「こわーいはなし」!!

2009年01月01日 23時41分16秒 | こわーいはなし

ピンポーーン。ピーンポーーーーン。


ふらつきながらも大通りから脇道に入った所にある病院のベルを鳴らす。
上司が電話帳から病院の場所を調べて手書きの地図を持たせてくれていのだ。
しかし入り口には鍵。

K青年が何回かベルを鳴らすと女性の声で応答があった。
昼休みのようだったが事情を説明すると診てくれるようで中へ通してくれた。
紙に名前と住所と症状を書いて待つように言われ、激痛と闘いながらも待つK青年。
とっくに書き終わり、院内を見渡して気付いた。

んー。この病院は家と繋がっているようだな。

しかし先生がなかなか現れない。

暫くすると奥の通路に人影が。
白衣を羽織りながらよろよろと歩いて診察室の方へ入って行った。

K青年は目を疑った。

これはこれは・・・。

どう見てもお爺さんだ。
どうやらここの院長はお爺さんのようだ・・・。



つづく

第3回「こわーいはなし」!!

2008年12月31日 23時16分45秒 | こわーいはなし

ズバシコーーン。ズバシコーーーーーン。


今まで味わったことの無い激痛。
盆休みが終わり再びアルバイト生活に戻ってすぐの事だった。

学生の頃から続けて居酒屋で働くK青年は、
いつも通り昼から出勤し店の掃除、開店準備作業に汗を流す。
すべてはいつも通り。
そして昼の賄いの時間がくる。

一生忘れないであろう。

献立は焼き魚だった。
海外産のシマホッケより小振りではあるが身がしまり美味と定評の
北海道は宗谷岬直送の真ホッケ。
この楽しみな賄いのひとつであるホッケの開きを目の前にK青年は涎を飲み込む。

しかし、どうもおかしい。

楽しみだったそれを飲み込む度に腹部に激痛が・・・。
「キリキリ」「ギュー」等の痛みを表す擬音ではもはや表現することは出来ない。
全身から吹き出す脂汗。
止まない激痛。
もはや地獄であった。

近くの内科の病院に行く事になる。

そして・・・。



つづく