「大阪弁を言語学的に説明すると」のアウトライン
‘18/08/04 「みんなのサマーセミナー」
沼野治郎
旧大阪外国語大学(中国語科)卒、
アメリカで言語学を学ぶ
発表者の経歴
1941年上海生まれ、西宮育ち、現在高槻に住む
大阪外大(上本町八丁目)で学んだ語学好き
30代にアメリカへ留学、言語学を学ぶ(修士)
促音の言語学的分析、山口県周南方言の言語学的説明を試みた
2年間、中国ハルピンで日本語を教えた
1 なんでやねん (なぜなのだ、どうしてなのよ)
な ん で ・・どうして、なぜ
や ・・指定の助動詞。「そうだ」の「だ」
ねん ・・指定の助動詞「や」について、断定する
気持ちを強める助詞。「そやねん」(そうなのだ)。
「ねん」の語源 (「のや」の訛り。意味「・・のだ、・・のよ」)
のや → ネヤ → ネー → ネン
noja > neja > nej, ne: > nen
相手に柔らかく、穏やかに語りかける表現
2 否定表現「・・へん」
例 行かへん、知らへん、書かへん
由来・変化
行きはせぬ>行きゃせん>行かへん
サ行音とハ行音の子音交替 s → h
s → h の弱化
例 おばさん > おばはん それなら>ほな
すみません > すんまへん
* 「きゃ」→「か」は否定が続くので未然形に
3「・・してはる」の「はる」
有力な説
「なさる」がなまり→「なはる」
→「な」が省略され→「はる」
「はる」の活用
未然 連用 終止 連体 仮定 命令
はら はり はる はる はれ (な)はれ
命令形もあるが敬語なので「なはれ」に
→ なさる > なはる、「な」の省略を支持
[s] → [h] について
この現象は「弱化」lenition
発声の方法、時に位置の変化を伴う
〇弱化の2種 i opening 開口
ii sonorization
いずれも強い音から弱い音へ
〇 fricative 摩擦音 debuccalization 発声位置奥へ
[s] → [h]
〇 古アイルランド語 sona(happy) -> hona
4「あかん」 例 麻薬はあかん
変化
埒が明かぬ → あかぬ → あかん
前半省略 akanu > akan
語末音脱落
apocope
apocope の英語例 cup of tea > cuppa tea
photograph > photo
鎌倉三代記 「まだまだと明かぬ評定聞いて居る気はござらぬ」・・埒が明かぬとほぼ同じ意味
省略・脱落
後半省略の例 [一部で全体を表す]
おおきに(ありがとう)
さようなら(ごきげんよくいらしてください)
それなら
そうならば
5-1 えげつない (意味: 露骨、節度を超えている)
語源に二説、その一
いげちない → いげつない → えげつない
(むごい)
上方語源辞典の説明 (新明解語源辞典が紹介)
言葉の変化として無理のない過程で、あり得る変化?
5-2 えげつない
語源に二説、その二
えぐい+ない→えぐっけない→えげつない
いやな 甚だしい
西垣幸夫説
えぐっけない → えげつない
この部分、音位転換(metathesis)ではないか
例 bridd > bird, hros > horse, thridde > third
clapse > clasp, foliage > foilage, cavalry>calvary
6 よう・・せん (意味: とても・・できない)
よう [善う、良う、能う] <副>(ヨクの音便)
下に否定の語を伴って、「とても・・できない」
例文 わてほんまによう言わんわ
古文の「え(得)~せず」の名残り
「人のそしりをもえ憚らせたまはず」(源氏 桐壺)
訳 人の誹謗をも気がねなさることもおでき にならず
7- 1 おもろい7-2 しんどい
1 おもしろい → おもろい 「し」の脱落
例 「お前おもろいやんけ」 (相手を認める表現)
2 辛労(心労)の転
しんろう + い (形容詞化)
→ しんろい
→ しんどい (「ろ」>「ど」 発音の強化?)
* 類似の例 「面倒」から「めんどい」

8 語彙(二つ)
1 「なおす」、大阪弁で「片づける」
物や人を適当な場所や位置におさめるという意味 が平安時代からあった(堀井令以知)。東京生まれ、東京育ちの夏目漱石が小説に多用。
2 「さら」、大阪弁で「新品」
説明1 語調を整える接頭語「さ」が「あら(新)」についた。
説明2 「更」からきた可能性。改めるという意味がある。唐書「更新辞也」(更とは新しいという言葉なり。沼野)
9 アクセントの特徴 (高さアクセント)
語尾が上昇 (尻上がりアクセント)
〇● 海、空、松、箸(←→共通語では ●〇)
○○● すずめ、掃除、左、うさぎ / 目が痛い
○○●○○
頭高アクセント(上とは逆)
●〇 山、川、夏、町、橋、犬、馬、花、月、雨、耳
中高アクセント
〇●〇 バナナ、トマト、はしご、最後、(かぶと虫)
* 関西方言のアクセントは「方言マーカー」、際立っている。
10 おわりに
言語の変化について
1 話し手は効率、能率性を求め、最小限の努力で疎通を図ろうとする。→音声面の簡略に向かう
2 社会の変化、世代の交代、他地域の人々との接触により絶えず変化していく。
3 元の形、また変化の過程がある。そして、どの方言にも個性、存在価値があって相互の間に優劣はない。
* 方言の研究にはまだまだ隙間がある(異説がある、定説がないものが割合多い)
「わて」
語源
ワタクシ > ワタシ > ワタイ > ワテ
[ku] 脱落 [sh]脱落 [ai]→[e]
母音の融合
〇参考例
たいへん > てぇへん ・・したい > ・・してぇ
・・しない > ・・しねぇ たかい(高い) > たげ(ぇ)
東北弁
おまえ > おめぇ
子音の発声位置
橋の端を通って箸を買うてきて。
● ●● ●
〇 〇
橋の端を通って箸を買うてきて。
参考にした資料(一部):
大西拓一郎「現代方言の世界」2008年
真田信治編「方言学」2011年(その中の高木千恵「関西方言の実態」)
小学館「日本国語大辞典」1973年
堀井令以知編「上方ことば語源辞典」1999年
John T. Jensen, “Principles of Generative Phonology: An Introduction” 2004
アンケート
1 面白かったですか? 1)はい 2)いいえ 3)まあまあ。( 60% 50% 40%OK )
2 わかりやすかったですか? 1)はい 2)いいえ 3)まあまあ
3 1) 大阪弁に誇りを感じた 2) 大阪弁はやはり方言(おかしい) 3) どちらでもない
4 この講座は役にたちましたか? 1) はい 2) いいえ 3) まあね
5 その他(何でも)
‘18/08/04 「みんなのサマーセミナー」

沼野治郎
旧大阪外国語大学(中国語科)卒、
アメリカで言語学を学ぶ
発表者の経歴
1941年上海生まれ、西宮育ち、現在高槻に住む
大阪外大(上本町八丁目)で学んだ語学好き
30代にアメリカへ留学、言語学を学ぶ(修士)
促音の言語学的分析、山口県周南方言の言語学的説明を試みた
2年間、中国ハルピンで日本語を教えた
1 なんでやねん (なぜなのだ、どうしてなのよ)
な ん で ・・どうして、なぜ
や ・・指定の助動詞。「そうだ」の「だ」
ねん ・・指定の助動詞「や」について、断定する
気持ちを強める助詞。「そやねん」(そうなのだ)。
「ねん」の語源 (「のや」の訛り。意味「・・のだ、・・のよ」)
のや → ネヤ → ネー → ネン
noja > neja > nej, ne: > nen
相手に柔らかく、穏やかに語りかける表現
2 否定表現「・・へん」
例 行かへん、知らへん、書かへん
由来・変化
行きはせぬ>行きゃせん>行かへん
サ行音とハ行音の子音交替 s → h
s → h の弱化
例 おばさん > おばはん それなら>ほな
すみません > すんまへん
* 「きゃ」→「か」は否定が続くので未然形に
3「・・してはる」の「はる」
有力な説
「なさる」がなまり→「なはる」
→「な」が省略され→「はる」
「はる」の活用
未然 連用 終止 連体 仮定 命令
はら はり はる はる はれ (な)はれ
命令形もあるが敬語なので「なはれ」に
→ なさる > なはる、「な」の省略を支持
[s] → [h] について
この現象は「弱化」lenition
発声の方法、時に位置の変化を伴う
〇弱化の2種 i opening 開口
ii sonorization
いずれも強い音から弱い音へ
〇 fricative 摩擦音 debuccalization 発声位置奥へ
[s] → [h]
〇 古アイルランド語 sona(happy) -> hona
4「あかん」 例 麻薬はあかん
変化
埒が明かぬ → あかぬ → あかん
前半省略 akanu > akan
語末音脱落
apocope
apocope の英語例 cup of tea > cuppa tea
photograph > photo
鎌倉三代記 「まだまだと明かぬ評定聞いて居る気はござらぬ」・・埒が明かぬとほぼ同じ意味
省略・脱落
後半省略の例 [一部で全体を表す]
おおきに(ありがとう)
さようなら(ごきげんよくいらしてください)
それなら
そうならば
5-1 えげつない (意味: 露骨、節度を超えている)
語源に二説、その一
いげちない → いげつない → えげつない
(むごい)
上方語源辞典の説明 (新明解語源辞典が紹介)
言葉の変化として無理のない過程で、あり得る変化?
5-2 えげつない
語源に二説、その二
えぐい+ない→えぐっけない→えげつない
いやな 甚だしい
西垣幸夫説
えぐっけない → えげつない
この部分、音位転換(metathesis)ではないか
例 bridd > bird, hros > horse, thridde > third
clapse > clasp, foliage > foilage, cavalry>calvary
6 よう・・せん (意味: とても・・できない)
よう [善う、良う、能う] <副>(ヨクの音便)
下に否定の語を伴って、「とても・・できない」
例文 わてほんまによう言わんわ
古文の「え(得)~せず」の名残り
「人のそしりをもえ憚らせたまはず」(源氏 桐壺)
訳 人の誹謗をも気がねなさることもおでき にならず
7- 1 おもろい7-2 しんどい
1 おもしろい → おもろい 「し」の脱落
例 「お前おもろいやんけ」 (相手を認める表現)
2 辛労(心労)の転
しんろう + い (形容詞化)
→ しんろい
→ しんどい (「ろ」>「ど」 発音の強化?)
* 類似の例 「面倒」から「めんどい」

8 語彙(二つ)
1 「なおす」、大阪弁で「片づける」
物や人を適当な場所や位置におさめるという意味 が平安時代からあった(堀井令以知)。東京生まれ、東京育ちの夏目漱石が小説に多用。
2 「さら」、大阪弁で「新品」
説明1 語調を整える接頭語「さ」が「あら(新)」についた。
説明2 「更」からきた可能性。改めるという意味がある。唐書「更新辞也」(更とは新しいという言葉なり。沼野)
9 アクセントの特徴 (高さアクセント)
語尾が上昇 (尻上がりアクセント)
〇● 海、空、松、箸(←→共通語では ●〇)
○○● すずめ、掃除、左、うさぎ / 目が痛い
○○●○○
頭高アクセント(上とは逆)
●〇 山、川、夏、町、橋、犬、馬、花、月、雨、耳
中高アクセント
〇●〇 バナナ、トマト、はしご、最後、(かぶと虫)
* 関西方言のアクセントは「方言マーカー」、際立っている。
10 おわりに
言語の変化について
1 話し手は効率、能率性を求め、最小限の努力で疎通を図ろうとする。→音声面の簡略に向かう
2 社会の変化、世代の交代、他地域の人々との接触により絶えず変化していく。
3 元の形、また変化の過程がある。そして、どの方言にも個性、存在価値があって相互の間に優劣はない。
* 方言の研究にはまだまだ隙間がある(異説がある、定説がないものが割合多い)
「わて」
語源
ワタクシ > ワタシ > ワタイ > ワテ
[ku] 脱落 [sh]脱落 [ai]→[e]
母音の融合
〇参考例
たいへん > てぇへん ・・したい > ・・してぇ
・・しない > ・・しねぇ たかい(高い) > たげ(ぇ)
東北弁
おまえ > おめぇ
子音の発声位置
橋の端を通って箸を買うてきて。
● ●● ●
〇 〇
橋の端を通って箸を買うてきて。
参考にした資料(一部):
大西拓一郎「現代方言の世界」2008年
真田信治編「方言学」2011年(その中の高木千恵「関西方言の実態」)
小学館「日本国語大辞典」1973年
堀井令以知編「上方ことば語源辞典」1999年
John T. Jensen, “Principles of Generative Phonology: An Introduction” 2004
アンケート
1 面白かったですか? 1)はい 2)いいえ 3)まあまあ。( 60% 50% 40%OK )
2 わかりやすかったですか? 1)はい 2)いいえ 3)まあまあ
3 1) 大阪弁に誇りを感じた 2) 大阪弁はやはり方言(おかしい) 3) どちらでもない
4 この講座は役にたちましたか? 1) はい 2) いいえ 3) まあね
5 その他(何でも)
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