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淨泉亭閑日録

平戸淨泉の雑記帳です。不定期更新します。

A02 生誕と幼年時代

2014-07-10 11:10:29 | 美術史メモ

印象派の巨匠クロード・モネは、1914年11月14日にパリで生まれた。

Rue Laffitte

生誕地のパリ第9街区ラフィット通り (rue Laffitte) 45番地の5階は、ノートル=ダム・ド・ロレット (Église Notre-Dame de Lorette) というの教会の正面にまっすぐ続いています。Wikipediaにある右の写真では、教会のさらに奥にはモンマルトルの丘が見えます。


以下の青字は英語版Wikipedia - Claude Monet。

モネは父クロード・アドルフ・モネと母ルージー・ジャスティン Aubrée モネの二男で、両親は親の代からのパリジャン。 1841年5月20日、地元のノートル=ダム・ド・ロレット教会で洗礼を受け、オスカル・クロードと命名される。 両親は彼をオスカルと短かく読んだ。(彼の若いときの作品には、"O. Monet"のサインがある。) カソリックの洗礼をうけたモネだが、のちには無神論者になった。

1845年に一家でノルマンディのル・アーブルに移った。父親はモネを雑貨屋にしたがったが, 本人は芸術家を目指した。ちなみに母親は歌手であった。

教会の中に入る

 

  • オスカルなんて『ベルサイユのばら』みたいで、ヒゲオヤジのモネからはイメージしにくいが。。。
  • 生家をストリートビューで見たときに、確かに1階は下町商店で2回以上がコンドミニアムという、パリによくある(ありすぎる)ベージュ色の建物だったので、父親はもともと雑貨屋だったのかな。親の代からのパリジャン夫婦が、どんな事情でパリを離れたのか?
NotreDameDeLoretteFacadeSud

A01 モネと印象派

2014-07-09 21:47:18 | 美術史メモ

この美術史メモは巨匠クロード・モネを中心に印象派の歴史を記述します。

印象派とは?(以下は英語版Wikipedia - Impressionistより訳出)

Claude Monet, Impression, soleil levant

印象派とは19世紀の絵画芸術運動であり、パリで活躍したアーティストのグループが起源である。フランスの因習的な芸術社会からの激しい批判にさらされながらも、独立した展覧会を連続して開催することで、1870年代~1880年代には突出した存在になった。この運動の名前はクロード・モネの作品『印象、日の出(Impression, soleil levant)』に由来する。この絵が、批評家のルイス・レロイ (Louis Leroy) を挑発して、パリの新聞 Le Charivari の辛口批評欄で「印象派」という新語が生まれた

印象派の絵画の特徴としては、小さく細いが目には見える筆の跡、屋外での構図、光りの(時間経過の効果も含めての)質的変化の描き方の正確性、描く対象の日常性、人間の知覚や体験の決定的要素としてのうごきの包摂、非凡な視角、などがあげられる。ビジュアルアートにおける印象派の発展によって、他のメディアでもこれを模倣する様式が生まれ、印象派音楽 (impressionist music) 印象主義者 (impressionist) として知られるようになった。

ルイス・レロイの批評(以下は英語版Wikipedia - Louis Leroyより訳出)

印象、確かにそのとおりだ。私が印象を受けたからには、何らかの印象があるには違いない ― この制作態度のなんと勝手気ままなことか? この海景画よりは、壁紙の模様の下絵のほうがよっぽど完成度は高い。


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