チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

人生の半分を過去に生きることがクラシック音楽好きのサダメなんでしょうか?

ガスパール・カサド、原智恵子の結婚(1959年)と来日公演(1962年)

2016-09-10 22:44:46 | 来日した演奏家

(2015年4月1日の記事に情報を追加しました)

【ガスパール・カサドと原智恵子の結婚、1959年】

1959年5月9日、名チェリスト、ガスパール・カサド(Gaspar Cassadó, 1897-1966)氏とピアニスト、原智恵子(1914-2001)さんがイタリア・シエナのスタム・チェチーレ教会で結婚式を挙げました。

お二人の結婚は宗教的な問題から波紋を投げたそうです。原さんは幼時に洗礼を受けたカトリック信者。それだけに先夫・川添史郎氏との離婚とこの再婚は難しいと見られていたそうですが、よかったですね。

 

↑ 仲人はバチカン駐在大使の鶴岡夫妻。日本にいる2人の愛児はスペインに迎えてカトリック系の学校に入れることになったようです。

 

↑ 結婚式でのようす。新婚旅行後はフィレンツェにあるカサド氏の古城に住むことになったそうです。とんでもなく膨大な資産があったようですね。

(以上週刊新潮1959年6月1日号より)

 

【夫妻の来日公演、1962年】

ガスパール・カサド・原智恵子夫妻は1962年に来日しました。

↑『藝術新潮』1962年12月号より

夫婦愛の二重奏」というタイトルのコンサートだったようです。

写真の右下に「夫婦愛などとのんきに聞いてもいられない」という半分悪口のようなことが書いてありますが「フィレンツェに大きな城をもっているカサド夫妻が、悠々自適した余世を演奏活動にふりあてるのは、他人がとやかくいうすじあいのものではない。」(藝術新潮本文より)という一節からも伺えるように、ヤッカミからなんでしょうか?

↑ 小学館新学習図鑑シリーズ26 『音楽の図鑑』より 撮影年月・場所不明

 

。。。今年(2016年)10月に玉川大学教育博物館で「カサド没後50年 原智恵子没後15年記念祭」が開催されるそうです。行かねば!



2 コメント

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原智恵子の前夫と愛児たち (沼辺信一)
2016-09-11 13:50:59
原智恵子の前夫の名は正しくは川添浩史(本名は紫郎)といい、東京・麻布台のイタリア料理店「キャンティ」を経営する傍ら、興行主として吾妻歌舞伎の欧米公演やミュージカル《ヘアー》の日本公演などを手がけた人物です。写真家ロバート・キャパの著作『ちょっとピンぼけ』の訳者としても知られます。
智恵子との間に生まれた「日本にいる2人の愛児」とは、長男・象郎(しょうろう)、次男・光郎のことですね。子供たちは智恵子の思惑が外れてスペイン留学はならず、父の養育のもと日本でしばらく学生生活を送っています。やがて象郎は音楽プロデューサーとして上述の《ヘアー》日本公演や、初期の荒井由実のアルバム制作などに携わり、光郎は浩史の急逝後「キャンティ」の経営を引き継いでいます(2010年没)。
以上の経緯は野地秩嘉のノンフィクション『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)に詳述されています。ご参考まで。
Re: 原智恵子の前夫と愛児たち (チュエボー)
2016-09-12 20:38:23
沼部さま、コメントありがとうございます!

原智恵子さんの二人の息子さんはそれぞれ大活躍されているんですね。知りませんでした。

特に長男象郎さんは「ミュージカル《ヘアー》や初期の荒井由実のアルバム制作などに携わり」、音楽DNAの威力を再認識しました。

『キャンティ物語』読んでみようと思います。川添さんとの離婚の理由はあまり知りたいとは思いませんが、玉川大学の催し物には是非行きたいです。

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