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日々の移ろい

熱田神宮は 夫のふるさと

我が家へ呼び寄せる前は、

姑は名古屋市熱田区の家で、
息子三人を育て舅を見送り、1人で約25年ほど 住んでいました。

夫にとって 、熱田神宮は

年に何度もお参りしたり、遊び場であり、
池の亀を捕まえてきては 叱られ戻しに行ったり、、

思い出尽きぬ場所と聞いています。

久しぶりに、初詣でもない七五三でもないこの時期に、
車を走らせ お参りしてきました。東駐車場に車を停めて。


神宮内は木々に囲まれ ひんやり。


外国の方も観光目的でしょうか?多く見られました。



本殿前に 長い列をなしていましたが、
横から お賽銭を入れ、手を合わせました。
姑と 母の 穏やかな時を願い。






ここで、度々 結婚式の光景を見かけましたが、今日はお日柄が良くないのか?静かでした。


熱田神宮1900年の歴史なる、ボードが掲げられていました。






三英傑と熱田神宮との関わりの説明文だけじっくり読みました。


そして、令和時代へ。


信長 寄進の 塀。



宝物殿(夫は何度も入っているから と鑑賞せず)


令和3年にオープンした東海五十三次の宮宿をイメージした帆船と回廊。
(宮きしめん)さん、(きよめ餅)さんが出店した休憩処も。
「こんなのが出来たのか!?」

と、久方ぶりの熱田神宮の変わりように 驚きです。

家の三人娘は
ここの結婚式場付随の写真館で、成人式のお写真を写していただいています。

あれから、何年たったの?

また、長女はここで、
若かった姑と、母を伴い
「七五三を と祝ったわね」と、懐かしみながら、、




さて、お昼ごはんは?と、

勿論、(蓬莱軒のひつまぶし) が食べたいのは山々ですが、

土日は、 朝早くから記名し予約をしても、三時間待ち と、耳にしていますから、

諦めて、、

熱田蓬莱軒さんのひつまぶし 最後に食べたのは?

そうそう、七年前の父の納骨のあと
母と2人で 夕方の空いた時間に(と言っても一時間は待ちました)頂いた記憶が。

それなら、新しく出来た熱田駅ビル【ミュープラット】内の

鈴乃屋さんで

自然薯と田楽御膳を頂きました。久しぶりの自然薯は違いました!

夫は おお!と、
熱田駅周辺の変化に 喜んだり、、

さて、帰る前に

実家跡地を覗いていこう、と車でゆっくり周辺を走らせ、、

また空き家となっている従姉妹の家の前を通って 「この辺は変わらないなあ」

夫の記憶を辿った 一日ともなりました。





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